第6話 魔法





 雨が降った翌日は、とても晴れ渡ったいい天気だった。まるで、雨なんて降ってなかったとでも言うような空。だが、踏み締めている大地に視線を向ければ、茶色く濁った色に変色し、湿っているのがわかる。


 まるで、夢でもみている気分だ。こんな乾季の真っ只中に、あんな一晩中降り続けるような雨が降ったということも。それが、ワラオヌスが呼んだであろう雨であることも。


 先程、ワラオヌスが自分の力についてわかったことを喋ってくれた。それは、信じられないようなことだった。けれど、俺たちにそれを否定する術を持っていない。


 持っていないのだ。自分達以外に知性を獲得した生物がいるだとか、そんなことは考えもしなかった。


 あいつが得た力は本物だし、それでわかったって言うなら、「その与えられた知識」が間違っていない限り、正しいのだろう。そう言うことしかできない。


 あいつは、俺たちも力が使えるようになるはずだと言っていた。それは、あいつの持ってる『概念付与』もしくは『魔神』の力らしい。


 この『魔神』というのが、魔法というものの全てを操る者、もしくはそれらの生みの親、という意味らしく、それにワラオヌスはなったのだそうだ。


 この言葉は、俺たちが一切知らない言葉だった。これは、あいつが理解するために用意された、もしくは当てはめられた言葉でしかない。


 意味をなさない言葉。もっと言えば、意味のなかった音。言葉が誕生する瞬間というものを目の当たりにした気分だ。


「マーヴァミネ。何考えてるの?」


 ミラが不思議そうに、こちらを見つめてくる。ワラオヌスも『こいつ、やけに静かだな』なんて表情をしている。


「いや、なんでもない」


 今考えていたことを素直に全て喋っても、変なやつ認定を受けるだけだ。すでに、手遅れな気がしなくもないが……。


「それで、その概念付与をしたら、俺たちにもお前の使ってた力が使えるわけだな」


「うん、正確には“魔法”って言うらしいけど……」


 自信なさげに聞こえるのは、声が小さくなっていっているから。


「ふ〜ん。で、どうやるんだ?」


 えっ、と驚き、固まるワラオヌス。どうやら、概念付与をどうするのかいっさい考えていなかったらしい。


「まさか、だ。まさかとは思うが、だ。概念付与をどうすればできるのか、わかってないとか言わないよな?」


 いくらなんでも、どんな力なのかと言うことを確認していない、もしくは調べようとしなかったなんて、そんなことはないだろ? そう目で訴える。


 それを感じとったのか、ワラオヌスは視線をずらしてミラの方を見た。ミラも『呆れた』言いたげな瞳だ。


「もちろん、知ってるよ」


 声の抑揚というかイントネーションが、どこか変に感じたのは嘘だと思いたい。


「で、どうやるんだ?」


「それはねぇ……例えば、『文字』とかを使うといいんだって」


 ワクワクとした満面の笑みでワラオヌスは話し続ける。しかし、『文字』とはなんだろう?


「文字?」


 声が、漏れ出ていた。


「文字っていうのは、今喋ってる言葉を表したものって言うのかな?」


 頭をかしげながら、自信なさげに答える。とてもではないが、そう簡単に思いつくようなことではないと思うのだが……。その文字、とやらを作らなければいけないのか?


「文字ってやつを作るの?」


 ミラが、俺が言う前にワラオヌスに聞いた。文字なんていうものを作るとして、それをどうやって作るのだろうか? というのも残っている。


「うん……」


 困ったようなというか、明らかに困っている顔で頷くワラオヌス。


「どうやって作るんだ?」


 聞けば、無言でニヘラと笑いやがった……。明らかに何も考えていない。


「それを、一緒に考えようと思って!」


 その無邪気な笑みは殴り飛ばしたくなる魔力を持っていた。間違いない。なにせ、魔力とはあらゆる影響を人に与えることができるらしからな。


 くだらない、と思いながら、そんなことを考えていると、ミラが口を開いて、毒舌が飛び出るかと身構える。ミラは急に多弁になって、有無を言わせないことを言ったりするのだ。


「ワラオヌス。あなたは、そうやってわからなかったり、面倒臭いことは他人を巻き込もうとするけど、それって他力本願でしかないわよね? そんな、明らかに疲れそうなことを私にやらせようとしたの?」


 毒舌というよりは、責めるような口調だった。それに、視線を逸らして回避しようとしている。だが、それはむしろ悪手なのでは?


「ふ〜ん。私は手伝わないからね」


「えっ!?」


「俺も嫌だぞ」


「えぇぇぇぇぇぇ!? みんな、僕を裏切るのか!?」


 悲痛のように言ってるつもりであろう声でワラオヌスは抗議してくる。


「そんな面倒くさいようなこと、お前も言われたらやらないだろ?」


「うん」


 間髪入れず答えやがった。これでは、裏切るもくそもない。裏切られるべきして裏切られたとまで言いたくなる。


「「……」」


 ミラと二人で見合わせる。俺たちは呆れた間抜けヅラをさらしているかもしれない。けれど、こうまで開き直ってるのを見て、呆れずにはいられようか。


「けど、これからどうしたらいいんだろう?」


 それはこちらが聞きたい。というか、どうにかできるのだろうか?


「文字を作るったって、どうするんだよ」


 そもそも、言葉を文字にするって難しいことをそんな簡単にできるのか? できないだろ。


「けど、やんないと魔法使えないよ?」


「……魔法って使わないといけないのか?」


 呆けた表情で、ワラオヌスはこちらを向いた。


「魔法は僕たちの生活を間違いなく豊かにするし、間違いなく素晴らしいものになる。だって、わかるだろ。雨を降らせられる。水に困ることはもうない。火を簡単に出せる。それも薪なしで。石も出せる。こんな藁の家じゃなくて、もっと頑丈で、すごい家が作れるんだよ。これが、どれほど良いことなのか。もう、困ることは全て、魔法で解決できるんだよ?」


 そう、ワラオヌスは言った。間違いなく彼自身のの本音もあるのだろう。けれど、それを上回る力を使いたいという欲求が潜んでいるはずだ。彼がなんと言おうと、それは間違いないし、変わることはないだろう。


 ワラオヌスは酔っているのだ。酔いしれているのだ。自らが手にした力に、その素晴らしさと振ってわいた幸運に目が眩んでいる。けれど、それでも彼の言っていることは事実でもある。


 魔法を使えたら、もっと良くなる。飢えに怯える心配が軽減するかもしれない。これまでよりももっと楽で安全な生活ができるかもしれない。


 全てが、上手くいけば。


 そう、思うと、心の臓が締め付けられるようになる。強大な力は我が身を滅ぼすと村長は言っていた。それが、起きそうな気がしてならなかった。


 ミラが仕方ないと、ワラオヌスと一緒に文字を考えているのを見ても、その不安は払拭されることはなかった。むしろよりいっそう、その疑念は拭えなくなってきた。


太陽が天に昇り、日が照りつける。快晴な空がとても憎かったのは、暑さのせいか、もしかしたら他のせいなのか、自分でもわからなかった。



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