第4話 力





「それじゃあ、何をしたらいいんだ?」


 マーヴァは僕に、そう聞いてきた。


「何って、こう炎よ出ろ〜って願うんだよ」


 『こいつ馬鹿か?』ということをありありと物語った視線が突き刺さる。


「そんなので出来るわけないだろ」


 当然と言えば当然の言葉が返ってきた。


「だから、願ったら炎が出るんだって。やってみたらわかるよ」


 僕にはそう言うことしかできなかった。自分が何かを意識してやったわけでもなく、ただなんとなくで、偶然の産物とも言えるからだ。それを、自分がどうにか説明できるようにはなっていないのだ。


 感覚的、と言えば良いのだろうか。理論的なものではない、それを持て余しながら『やればわかる』としか言えない。


「ほ〜ん」


 全然信用してない、と言いたげな声だった。それでも、やってみるだけやってみるかと、マーヴァミネは右手を上げて、人差し指で天を指すようにする。


 そうして、数秒が経った。


「で、いつ炎は出るんだ?」


 マーヴァミネはそんなことを聞いてきた。


「さぁ?」


「……おい。お前できるって言ったよな」


「……テヘッ?」


 無言で拳を固めるマーヴァミネ。お、おぉ? やるのか?


 こちらも、拳を構える。いつでもかかってこいと、睨んでやる。


「ふざけてないで。どうしてワラオヌスが火を出せるのかまだわかってないんだよ?」


 ミラの正論が飛んできた。正論と認めざるをえなかった。僕の力がいったいなんで、どういうものなのか、それは結局のところ何もわかっていないのと同じだからだ。炎を出せる。ただ、それだけしかわかっていない。


 あまりにも危険で、一歩間違えたら大惨事になりかねない。


「今それを把握しようとしているんだろう?」


 マーヴァミネがこちらに加勢してきてくれた! 昨日の敵は今日の友! それを体現してくれているマーヴァミネ。今僕は君に感動している!


 脳内でふざけている間に、二人の会話は続いていく。


「それでも、こんな場所じゃ危ないでしょ……」


 責めるような口調でミラは反論する。


「だが、家とかでこんなことが起きれば、もっと酷いことになるかもしれないだろ? だから、今確認しようとしているのだろ?」


 なにをそんなに騒いでいるんだ、と言わんばかりの態度。


「それじゃあ、お前に聞くぞ。水は出せるか?」


 マーヴァミネはミラを論破したと見たのか、僕にそんなことを聞いてきた。


「水?」


 無論、なんのことを言っているかはわかっている。けれど、機械的に僕は問い返してしまったのだ。


「お前が毎日のんでる水だ」


「う、う〜ん」


 出るのかな? そんなことを思いながら、手のひらを見つめる。出ろと願ったら、チョロチョロと水が手からこぼれていった。


「「「……」」」


 お互いに顔を見合わせ、見つめ合う。他の人から見れば、その光景はとても滑稽に思えただろう。そんなことが頭をよぎった。


「出たな……」


「出たね……」


「出た、ね」


 マーヴァミネ、ミラ、僕の順に声をもらす。


 全員で、ポタポタと乾いた大地に落ち、跡をつける水滴を見つめる。


 手からは未だに水が溢れている。止まれと思ったら、その水が止まった。後には、濡れた手だけ冷たく感じた。


「これは、どういうことなんだ?」


「……さぁ?」


 今分かったのは、炎だけではなく、水も出せるということだけだ。


「……なんなんだろうね?」


 なんとも言えない空気が漂い、互いに見つめあっているだけ。会話は遅々として進まず、お互いの腹を探り合っているような状態だ。


「……ミラもやってみたら?」


「……本気?」


 呆れた表情で、ミラが問いかけてくる。だが、僕は本気だ。マーヴァミネができなかったから、ミラができないというそんな理屈は成り立たない、はずだ。


 無言で、彼女は虚空を見つめる。そして──ただ、時間だけが過ぎていく。


「何もないよ?」


 ミラが、そう言ってくる。


 暗礁に乗り上げた。そんな気分だ。いや、もちろん実際に乗り上げたことはないけど。それに、乗り上げたくもないし。


「お前の力がおかしいってことがわかっただけだな」


 マーヴァミネが半眼でこちらを見つめてくる。


 そんなことを言われても、と首をすくめる。


「この力はなんなんだろうね?」


「「……」」


 二人の無言の視線が痛い。


「どうする?」


 いたたまれなくなって、そう切り出す。


「お前の力が、どこまでできるのかでも調べるか?」


「……危ないよ」


 言っても無駄だろうな、なんて声色だ。もちろん無駄だろう。僕も試したくてうずうずしている。


「それじゃあ、何やる?」


「そうだな、砂でも出してみるか?」


「う〜ん?」


 手を広げて、『砂よ出ろ』と願う。


 サラサラサラ


 と砂音がなって、手から砂がこぼれ落ちていく。地面に砂山が生まれていく。


「……」


「お前にできないことってあるの?」


「……さぁ?」


 もはや、そう答えることしかできなかった。まだ、この力がどんなものなのか、そんなことは僕に把握できるはずがない。


「……雨が降るように願ったらどうだ?」


 今は乾季だ。水は井戸から汲めるが、それでも無駄遣いはできないし、節約できるなら、できるだけしたいような生活だ。


 空を見上げる。


 雲一つなく、真っ青な空とカンカンに照っている太陽があった。


 心の中で、雨雲が流れてくるのをイメージする。あの雨季の頃のような雨を。



 ……風が吹いてきた。少し湿った空気だった。


 見上げれば、遠く地平線の彼方に灰色の雲が近づいてくる。


「くるよ」


 僕は、そういって、そちらを指差す。


 『嘘だろ? あり得ない』と、そんな心の声が聞こえてきそうな表情をしている二人。


 僕自身も、思っているけどそこまで露骨にやられると微妙な気分になるのでやめてほしいと思いながら、口を開く。


「家に戻った方がよさそうだよね?」


 ハッ、と我に帰った二人。


 そこで、今日はもう解散ということになった。


 家の扉の前で、手を振って二人を見送る。


 遠くから季節外れの雷鳴が聞こえてきた。



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