第3話 光




「昨日のこと、覚えてる?」


 口をついて出たのは、昨日黙っていようと誓ったことについてだ。あれが、夢だったのかそれとも夢ではなかったのか、それが心配だったのだ。


「……光のことだろ」


 重々しく口を開いたのはマーヴァだった。忌避するような、恐れを抱いているような、そんな声色で、静かにそう言った。


 ミラは黙り込んでいる。


「うん」


 慎重に、声が震えないように答える。


「移動しようぜ」


 そう言って、マーヴァは広場から離れる。


 周りに聞かれたくない、とそう思ったのだろう。僕とミラもそれに倣う。


 僕の家があるため生まれたその日陰の中でマーヴァは立ち止まった。僕もミラも日陰に入る。


 3人でお互いに見つめ合って、話を誰が切り出すかをうかがっている。


 みんな、誰が最初に話し出すのかを待っている。ミラと僕の視線がマーヴァに向かう。ここに案内したのはお前だろ、と僕は思ったからだ。ミラもそう思ったから、マーヴァの方を向いたのだろう。


 無言の視線に押し切られて、マーヴァは話を切り出した。


「全員、昨日の光は覚えているな?」


 コクンと、ミラが頷く。僕もそれに追随する。


「結局、あれはなんだったんだ?」


 いきなり、答えることのわからない問いがきた。


「流れ星……じゃないよね」


 自分で言っていてあり得ない、そうミラは思ったのか、その声は尻すぼみになっていく。実際、流れ星かもしれないし流れ星じゃないかもしれない。そんなもの、実物を見たことのない自分達にはわからない。けれど、あれは流れ星なんてそんな見ていて楽しいようなそんなものではないことぐらいはわかる。


 あれは、心の底から恐怖を覚えさせるものだった。


 なぜかはわからない。けれど、そんな気がしたのだ。それは、あれが超常のようなものに思えたからかもしれない。少なくとも、良いもののようには決して思えなかったのだ。


「あれは、神の裁きだよ……」


 そんな声が口から漏れて出ていた。


「裁きだったらもうー俺たち死んでるだろ」


「違うよ! あれは警告なんだよ! これ以上なんか悪いことをしたら裁きが降るって言う!」


 根拠はなかった。ただ、そういうふうに思っただけだ。本当は違うかもしれないし、そんなことは人の身でしかない僕には最後までわからないかもしれないけれど、言いようのない感情を言葉にしたら、それのように思えてならなかったのだ。


「けど、どんなことをしたから、裁きが降るの?」


 ミラは、裁きが降るようなことをしていないと言いたいようだ。


「それは……」


 そこで、はたと気づく。そう言われてしまったら、僕の考えは恐ろしく恥ずかしいもののようにしか思えなくなったのだ。


「根拠なんてないんだろ」


「こ、このあと、村で火事が起こるんだよ」


 けれど、自分の意見を否定したくなくて、そう口走ってしまった。言ってから、そんなことは起こらないのだから意味がない、と思った。心の中で、これが嘘でなくなれば良いのに、なんてそんなことを一瞬、ちらりとでも思ってしまった。


「嘘つけ。そんなこと起こるわけないだろ」


 マーヴァは否定的なことを言う。その意見は自分でもよくわかる。もし、自分がマーヴァの立場でも同じことを言うだろう。


 ミラはどこか心配そうな顔をしながら、こちらの会話を聞いている。


「……」


 何も言えず、僕は黙ることしかできなかった。


 火が出たらいいのに、そんなことを思いながら、目の前を見ていると、突然、炎が立ち上った。


 意味がわからないだろうが、僕が見ていた目の前、つまり僕たちの中心に炎が前触れもなく現れたのだ。


 驚いて、『消えろよ』と思った瞬間、その炎はまるで元からどこにもなかったかのように消えてしまった。


「……今の見た?」


 ミラが呆然とした表情でそういった。


「……うん」


 僕はそう口にする。


「お前がやったのか?」


 マーヴァが俺の方を見つめる。驚いたような、それでいて恐るような、そんな表情だ。


「……わからない」


 僕にはそう答えるしかなかった。自分がやったことなのかと聞かれれば、そうかもしれないと答えるしかない。


「そうか……」


 僕たちは黙ることしかできなかった。


 僕は、確証を得たくて、指先に火がつくように願ってみた。


 小さな火が指先にともった。


 二人がこちらを有り得ない、とでも言いたげな目で見てくる。


 僕自身も、思っていることだ。これは、夢なんじゃないか? そう、指先の火を見つめる。


「……やっぱ、お前の力だろ」


 マーヴァが信じられないといった声色で問うてくる。


「そう、みたいだね」


 まるで自分のことではないみたいに思える。消えろと思ったら消えるのだろうか。そんなことを考え、実行してみた。すると、目の前の炎は一瞬にして消えてしまった。


「ありえない……」


 ミラの声が耳に入ってきた。その声に同意する自分がいる。一方で、なんでこんなことができるようになったのか、それを思考している自分がいた。


 けれど、それは考えるまでもないことかもしれない。


 あの光に違いない。


 そうとしか考えられないのだ。これまで、遊びで自分が炎を望んだりしたことがあった。けれど、その時はこんなことは起こらなかった。そして、なぜか今日はできる。


 昨日と今日で違うのはあの光に当たったか、当たってないか。ただそれだけだ。なら、マーヴァとミラもあったはずだから……。


「……もしかしたら、マーヴァとミラでもできるんじゃない?」


 そんな考えを僕は思った。僕がこんなことができるようになったのは間違いなくあの光のせいだ。それなら、同じ場所にいたマーヴァもミラもできるのではないか、とそう思ったのだ。


「はぁ?」


 呆れたと言わんばかりの顔のマーヴァ。その声には『何を言っているんだこいつは』と声にならなかった声が聞こえてきそうだ。


「今炎が出てきたじゃん。それって、僕が出てきたらいいのにって思ったからじゃん? けど、これまでは炎が欲しいと思っても出なかった。なら考えられるのはあの光に当たったから、しかないじゃん」


「ふ〜ん。だから、同じ光に当たった俺たちにもできるっていうのか?」


 そう、マーヴァは一瞬で僕の言いたいことを理解してくれた。


「それじゃあ、やってみるか」


 ミラがやめた方がいいのではという視線を向けるのを無視して、僕たちはやることを決めた。















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