第22話 鬼崎 駿翠




「話してやったらどうだ? ミラオーネ。貴様の秘密を」


 マーヴァミネは楽しげに、そうミラオーネに語りかけたのだった。


「……そうね。ミラオーネというのはかつて捨てた名前よ。オウランで私はいいと思うわ。それに、どちらの方ももう慣れたわ」


 そう言いながら、オウランはこちらを見つめる。


「それだけでいいのかね」


「これ以上話そうとするとあなたが邪魔をするでしょう?」


「確かに、私の過去を話すならば私は全力で止めるだろう。まぁ、全力を使う必要などないのだがね」


「相変わらず、傲慢ね」


「傲慢ではないさ。ただ、事実を言ったまでよ」


 そうマーヴァミネは唄うように言う。


 己のことを信じて疑わないとでも言うような立ち振る舞いだ。


「オウラン。お前はなんなんだ?」


 俺は、そう口をついて出していた。


「私は、『授与の根源』の先導者。それ以上でもそれ以下でもない」


「『授与の根源』……だって?」


「ふん、そろそろいいだろう。もうお別れは済んだだろう?」


 マーヴァミネは答えるつもりはない、とでも言いたげに、話を打ち切った。


 その瞬間、体中に痛みが走った。


 これまでは、全能の力で一定以上の苦痛を感じないようにしていのだが、これは、どうやら肉体への苦痛ではないため、痛みが遮断できないようだ。


 俺は、久しぶりに感じる強烈な痛みを覚えながらも、そんなことを考える余裕があった。


 そして、次第に痛みは増していく。そうすると、思考もまとまらなくなってくる。


 もはや、体の隅々まで、それも神経細胞一つ一つが信号を出して、痛みを脳に伝えているようにすら感じる。もちろん、そんなことはないのだ。


 これは、肉体由来の痛みですらないのだから。


 それでも、そう感じずにはいられないのだ。


 いや、そうではないのだろうか?


 混濁していく思考の中、発動している感知に意識を向ければ、俺の肉体は今まさに変化している。劇的変化だ。


 細胞分裂なんてそんな生易しいものではない。皮膚が、爪が、筋肉が、血が、骨が、肺が、脳が、五臓六腑にまで至る全てが、変化しているではないか!


 そして、その変化による痛みのせいか、体はピクリとも動かない。指一本、瞬きの一つどころか、瞳さえ動かすことができないのだ。


 もはや、意識を保つのはやっとだ。


「ふふふ。痛いのか? 今お主は止められていた神へと至る変化を急速に行われているのだ。本来であれば1年もせずに神の位へと強制的に変化させていくものを、この数分に変えようと言うのだからな。なぜ、こんな話をしていると思う? お主はこの苦痛の中、私と戦わなくてはいけないのだ。もはや、勝ち目はない。このようなある意味私自身の力がお主に届かぬと認めるような手は使いたくなかったが、これも力あるお主への敬意よ」


 そう言って、マーヴァミネの手に、強大な力が集まっていく。


「これが、誰もが目指す魔法の到達点にして究極の力。痛みもなく消し飛ぶがいい。『魔神の光』」


 それは、暗い光だった。紫と赤と黒が混じり合ったそれは、一瞬にして、俺へと到達する。


 確かに、痛みはなかった。


 変化していく肉体が、崩壊していくのを感じる。


 あぁ、桐沼もこんな気分だったのだろうか?


 そんなことを思いながら、目に入ったのはオウランだった。


 彼女は、ピクリとも動いていなかった。ただ、その瞳からは涙を流していた。


『こんなところで、終わっていいのか?』


 と誰かが言う。


『嫌さ……。けど、俺にはどうしようもないだろ』


 そう、俺は心の中で思う。


『諦めるのか?』


 また、誰かの声がした。


『嫌だ』


『なら、どうすればいいかは、お前自身わかっているだろう?』


 その声を聞いた途端、俺には確かにわかった。


 そして、俺はその声に導かれるようにして────。








 ◆◇◆◇◆◇◆




「ふん、これで死んだな」


 マーヴァミネは、満足げにそう呟く。目の前には誰もいない。あるのは、巨大な光だけだ。そして、この光は小僧を消し飛ばし、息の根を止めた証拠であるのだ。そう思うと、マーヴァミネはよりいっそう嬉しくなった。


「もう動けるだろう?」


 何もできないように、動きを封じていたミラオーネに声をかける。


「あなたは、いつもそうですね」


 掠れるような声で、彼女は非難した。


「ふむ、そうだったかな? 覚えていないのでね」


 いけしゃあしゃあと、そんなことを言う。覚えていないなど、嘘だと言うのに。


「それで、私をどうするのですか?」


「貴様には興味がない」


 マーヴァミネは動き出そうとした巨大な光を魔法で動きを封じる。


 彼の額には汗が浮かび上がっている。それだけ、彼が消耗したということなのだろう。


 右手から、魔法の瓶を取り出し、その光をその中に閉じ込める。


 強大な光が、その小さな魔法の瓶に入っていく様はとても面白い。中は満タンのように見えるのに、後から後から光が吸収されていく。


 最後の光が入ってすぐに、魔法の瓶の蓋を閉じて、マーヴァミネは満足気に満面の笑みを浮かべた。


「これで、私の願いは成就する」


「いつか、世界から裁きが落ちるわよ」


 マーヴァミネに向かって、ミラオーネが蔑むように吐き捨てる。


「裁きなど落ちないさ。私は魔神となるのだからね。誰も私を止めることはできない。現に、今死んだ彼も止めることはできなかっただろう。フフフ。ハハハ。アーッハッハッハッハッハ」


 高らかに笑うマーヴァミネを無言でミラオーネは見ていた。



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