第21話 桐沼 咲
「──オウラン?」
俺の瞳は全能の力で補強されている。暗闇の中でも、失明するような光の中でも、相手を目で認識できるし、なんなら周りのどこに何があって誰がいるかなんて、簡単に感知することができる。
それで、確認すれば間違いなくオウランのはずだ。魂も、姿形も、間違いなく。オウランだとわかる。
けれど、それでも否定したくなる。
あれは、誰なのだと。ミラオーネとはなんなのだと。本当に、オウランなのか、と。
問うこともできず、オウランは、俺とマーヴァミネの中心で、光を放ってその姿が変わろうとしていた。
グニャグニャと、体の形が不規則に変わり、もはや鳥の原型さえ止めていない。
オウランに注視していたが、俺はその時ふと、転移の兆候に気づいた。
このエネルギーの奔流は放たれてるこの場所にこようとしているだれかがいる。それを、妨害しようとするか、俺は逡巡した。
全能を使い、それが誰かを割り出した瞬間、俺はその転移を妨害することを決断した。
しかし、その一瞬の逡巡がいけなかった。
マーヴァミネに俺が何かをしようとしていることを察せられたため、向こうが妨害をしてきた。それは、俺の力を相殺し続けるという、俺が何もできないようにするためのものだ。
転移するのにかかる時間になってしまう。
そして、憎らしいことに、マーヴァミネの妨害をどうにか跳ね返しながら、転移の邪魔をしないといけないのだ。力を込めすぎれば、転移をしようとしている相手に反動がいってしまうかもしれない。マーヴァミネの邪魔がなければ、こんなことを気にしなければ良いのだが、それもたらればの話だ。つまり、俺はもうどうしようもできないような常態に陥ってしまったのだ。
俺は、時を戻すことは未だにできない。それは、まだ俺の領分ではないかと言うように。
俺は無力だというように。転移が完成した。してしまった。
現れたのは、桐沼。
ナイオラや俺を心配してやってきたのだろう。
けれど、それは最悪のタイミングだった。
俺でさえ、この状況を把握しきれていないのに。
俺はマーヴァミネの妨害を跳ね返して、桐沼を助けようとするも、もう遅かった。
膨大な力が、桐沼に直撃する。光に飲み込まれていく桐沼。
そして、あっという間に、肉体が崩壊していく。桐沼が、桐沼咲がこちらを呆然と眺めながら、消えていく。
助けることはできない。そして、蘇生することも……。
俺にできとしても、それは遺伝子からなにまで同じにしか見えない肉体に、似たような魂を持った『桐沼』というナニカを作ることだけだ。
それは、桐沼であって桐沼ではない。それを桐沼というには、本人への侮辱だろう。
だから、桐沼はもうどこにもいないのだ。
彼女は、死んでしまったのだ。
「……あぁ、嘘だろ?」
まただ、また俺の前で人が死んだ。
力を手に入れたくせに、俺はそれを最大限に活用できなかった。
後から、後悔するのだろう。あの時、こうしていれば、あぁしていれば、と。
けれど、後悔しても、変えることはできないのだ。もう、変えることはできないのだ。
悲しいと、嘆いても、意味はないのだ。
「ふん。くだらない邪魔が入ったな」
つまらそうなマーヴァミネの声に、俺は意識を引き戻された。
「ほれ、見ると良い。ミラオーネの真の姿を取り戻すその瞬間を」
そう言って、面白そうに彼は俺に言ってきた。
光が消えていき、オウランとおぼしきそれが、人形を作っていく。
最初は鶏の卵と同じ大きさ形のそれが、腕が生え、脚が伸びていき、頭が形作られていく。時間を飛ばしていっているようだと思うほどに早い。
それは、まだ幼児のような体型だが、間違いなく、人型だ。
そして、次第に体は大きくなり、長い髪とおぼしきものが、伸びていく。
光を放つその肉体は、少しずつ凹凸を伴っていく。
ささやかな胸、細長い指、そして、西洋人のような高い鼻に、真っ赤な唇、キリッとした気丈な目に、きめ細やかな肌になっていく。
光が収まり、白い装束を纏った妙齢の美女が立っていた。
「……久しぶりだな、ミラオーネ。会いたかったぞ」
そう言って、マーヴァミネは笑う。その笑顔には、どんな感情が込められているのか、俺にはわからない。
「私は会いたくなかったですが、久しぶりですね、マーヴァミネ。今もその名を名乗っているとは思ってませんでしたが」
二人は、昔からの知己だとでも言うように話している。けれど、マーヴァミネは楽しそうにしているが、ミラオーネはこの再会を楽しんでいはいないらしい。
むしろ、嫌なことだとすら思っているようだ。
「どう言うことだ……」
そう、言葉が漏れ出る。
俺は間違いなく混乱している。
この状況を、一切理解できていない。
突然、オウランがミラオーネと呼ばれてからエネルギを撒き散らして姿を変えたり、それに巻き込まれて転移してきた桐沼が消えてしまって、何が何だか一切わからない。
「ふふふ、話してやったらどうだ? ミラオーネ。貴様の秘密を」
マーヴァミネは楽しげに、そうミラオーネに語りかけたのだった。
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