第12話 師弟




 住宅街から遠く離れた草原に、長い一本の杖を持つ男性が立っていた。そして、その男へと足を向ける女がいた。


 男と女が人里離れた草原で待ち合わせ。それだけ聞けば、逢引あいびきかなにかと思うが、男と女の表情はとてもではないが、意中の相手と会うようなものではない。


 むしろ、女に至っては因縁の宿敵と向かい合うようなそんな雰囲気を醸し出している。


 女は、男と10mほど離れた場所で立ち止まり、向かい合う。


 『ザァァァァ……』と音を立てて、そして消えていく。風が吹いたことで、草が揺れた音だ。


 二人の間には哀愁が漂っている。周りの風景か、それともあらゆる五感か、それらが交わって、そんな空気が流れていく。


 最初に口を開いたのは女の方だった。


「こんな辺鄙な場所に人を呼び出すとは、師匠でなかったら怒りのあまり海の魚の餌にするところですね」


 傲岸不遜にも程がある。そう言いたくなるセリフはナイオラのものだ。


 こんな挨拶をされればたいていの人は怒るだろう。そうでなくても、マイナスの感情を抱くだろう。だが、そんなことを言われた当の男、マーヴァミネは笑って聞き流している。


「相変わらずだな」


 何が面白いのか、とナイオラが少し引いた顔をしている。けれど、第三者からすればどっちもどっちだろう。


「ふふふ、その顔も久しぶりに見た」


 マーヴァミネは何かを思い返すような瞳をナイオラに向ける。けれど、そんな関係ないとばかりに、ナイオラは話し始める。


「そんな世間話をするために呼んだわけじゃないだろ?」


 さっさと本題を言えと、鬱陶しそうな表情で促している。


「そう、焦るな。と普段は言いたいところなのだが、確かに私も暇なわけじゃない。それでは、本題に移ろうか」


 マーヴァミネは待ってましたとばかりに、話を始める。『ナイオラが話を促したと言うより、ナイオラに話を促させた、と言ったほうが正しいのでは?』と思ってしまう。


 それほどまでに、彼は早く話したのだ。


「直球で言うと、だ。君の家に居候いそうろうしている『鬼崎きざき 駿翠しゅんすい』。彼を寄越してくれないかね?」


 表面上は穏やかな声で、されど彼のその瞳には仄暗い感情が渦巻いている。


「……それが目的でしたか」


 ナイオラは意表を突かれたように呆けていたが、すぐに納得したといった表情に変わった。何を思い出して納得したのか。それは表情から察することはできない。


「お前にもわかっているだろう? あやつはただものではない。恐ろしい何かだ。あやつが自由に世の中を生きている。それは許されざることだ、とそうは思わんのか?」


 まったく本音を話してない。それが、一目でわかる表情だ。


「確かに、彼の強さは恐ろしいものです。そして、まだ彼は完成していない。強くなる余地が残ってまでいる。とてもではないですが、生物のカテゴリに入れていいかと疑問に思うほどです」


「然り。まさに、だ。では、彼を……」


「それとこれとは別です」


「……ほぉ」


 驚いた、というより予期していたが、それでもやはり驚きが勝ったのだろう。漏れ出た声は、少し高く。笑みを浮かべている。


「それに、それは本音ではなく建て前ですよね。あなたが彼について調べずに来るとは思いません。彼について少しでも調べれば、破滅主義者だとか、そういうものでない、なんてことはわかっているはずです」


「おや、彼が世界を地球を滅ぼせる力を持っている。疑わしきは罰せよの精神で行っていることかもしれないだろう? 世界を滅ぼす力を持っているということは、それだけでそういわれてもおかしくない」


「例え、そうだとしても、あなたの目的は世界を救うことなどではなく、彼を彼の力をいいように使おうとする、そんな人です」


「それが、師匠に向かって言うことか?」


 字面だけ見れば怒っているようだが、彼は今にも笑い出してしまうのを堪えているのではと思う笑みを浮かべている。ナイオラはそれを眺めながら、何を言っているのだと、どこか呆れたような視線を向けて一言


「いつものことです」


 と、当たり前のように言い切る。


「ククク、ハハハハハ。あぁ、お前はいつも通りだ。最後だ。鬼崎きざき 駿翠しゅんすい、やつを渡せ」


「お断りです。くそジジイ」


 そして、



 ────真夜中の草原で視界を埋め尽くすほどの光がはしった。



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