第10話 知らぬが花とはこのこと




 夕日が地平線に消えていく光景は、周りの自然の景色と合わせって、どこか幻想的に見える。


 くだらない感傷に浸っている。そう思われてもおかしくないし、自覚もある。けれど、どうしても、この感情だけは堪えることができないのだ。


 それは、なぜか? もしかしたら、オウランのことがあるのかもしれないし、親のことかもしれない。どちらが正しいのかなんて自分でもわかりはしない。


 結局のところ、人の心というのは自分でも認識することも難しいし、もちろん、認識できないなら制御することなどまた夢の夢。


 それは、俺が神になろうとならなくても変わらないのかもしれない。いや、願えば変わるのかもしれないが、俺はそれを望んでいない。それに、それを望めば俺は人の形をしたナニカであって、人ではなくなってしまうような、そんな気がするのだ。


 アイデンティティの崩壊だ。自己存在の揺らぎとも言えるかもしれない。


  結局のところ、俺は人であることを捨てることはできないだろう。たとえ、外面が幾ら変わろうと、変わることはできない。


 はぁ……俺って今むっちゃかっこいい?


 ──私の感動を返してください。


 やだ。


 ──やだじゃないです。


 だが断る。


 ──ふざけてます?


 うん


 ──はぁ……


 呆れて物も言えない、なんて雰囲気の溜め息だ。間違いない。俺にはわかる。キリッ☆彡


 ──うざいですよ


 そうでしょうとも。


 後方腕組み師匠がごとく、頷く。これほどまでにウザい存在を俺は知らない。だからこそ、それに倣う。


 ──今すぐ謝ったほうがいいのでは?


 謝る? 一体誰に? また、なんのために?


 私が知るところによれば、今現在の私の思考を読んでいるまたは閲覧した存在はオウランのみ。つまり、謝らなければいけない相手はいない。


 ──権限不足でわからないと言う可能性もありますよ。

   あなたはまだ全能神そのものではないのですから。


 捕捉されてるかもって? そんなことがあり得るか?


 ──本物の全能神があなたのことに興味を持って監視している可能性も……


 はははっ……嘘だよね?


 ── ……


 え、ちょ!? ねぇ!? 嘘!?


 その後の数分間、オウランを問い詰めたが、視線を逸らして答えようとはしてくれなかった。まさかの事態である。



────────────────────────────────────



 食べる必要もないパンを口に咥えながら考える。どうやら、俺はストーカーに見張られていたらしいということに。また、そのストーカーとやらは警察に頼んでも逮捕できないし、殺すこともできないという化け物。


 ……どこぞのB級ホラー映画だろうか? いや、B級ホラー映画だってもっとリアリティがあるだろう。っていうか、ここまできたらイアイアやん。マジでイアイヤなんだけど。


 くだらない思考に時間を割いている間に、モグモグ食べていたパンがなくなってしまった。


 なんか、悲しい。


「あぁ、ひとつ言わなきゃいけないことがあった」


 ピンと人差し指を立てて、さも今思い出しましたよと言わんばかりに振る舞うナイオラ。かつてこれほどまで白々しい振る舞いをした人がいただろうか? あ、人じゃなくて魔女だったわ。


 そんなことを考えながら視線を周りに向ける。オウラン知らぬ存ぜぬと餌を突いている。桐沼もモッキュモッキュと蜂蜜をたっぷりつけたパンを頬張っていて話すことはできないようだ。つまり、ナイオラに話の続きを促せるのは自分だけと言うことだ。


「……それは?」


 言いたくはなかったが言ってしまった。ここで無視すればさらに面倒なことになる。これはそれを避けるための必要な処置なのだ。そう、自分に言い聞かせる。


「明日、予定が入っちゃってね」


 テヘペロ、と擬音が聞こえてきそうだ。憎たらしい表情と気分を逆撫でするような声。この人は他人をイラつかせる天才かもしれない。


 ──それは誤認では?


 いいや、間違いない。天然か故意かは知らないが、明らかに人を小馬鹿にしている。見よ! あの能天気な顔を! 見よ! あの時折こちらを嘲るような瞳を!


 ──キャラ変わってますよ


 呆れを伴ったオウランの言葉に、一瞬逡巡するも、再びナイオラを見れば、そんな気持ちは一瞬にして消え去った。


 例えキャラが変わろうとも、言わなければいけないものがあり、言わなければいけないとこがある。それが……今だ。


「どこにですか?」


 パンを飲み込んだ桐沼が、ナイオラに聞いたのは俺も気になっていたことだった。


「それは……」


「それは?」


 ナイオラの勿体ぶりに、わざわざ合いの手を入れる桐沼。いつから相槌役になったんだ……。


「ひ・み・つ ♡」


 ハートを幻視した。そして、吐きそうになった。いい歳した魔女が“は〜と”だと? 怖気が走る。本人は自分の歳を覚えているのだろうか?


「あれ? 今、誰かが私の悪口を言ってるような?」


 急に人外っぷりの直感が発動するナイオラ。良くわかったな……。


「まぁ、そういうことだから」


 どういうことだ? 自己完結にも程がある。


 一つ、小さな溜め息吐く。まったく、これまで一度だって外に出なかったのが、いきなり外に出る?


 明日は隕石でも落ちるのだろうか? いや、落とそうかな?




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