第8話 くだらない会話



所詮しょせん、私はあなたに力の使い方を、方向を指し示す道具でしかないのです。あなたが、完全なる『全能』となり、『全能神』となれば私は新しい主人の元へと向かいます。新たな『全能神』を生み出すために。そういう風になっているのですから、誰にも変えられません』


『俺でもか?』


『全能の力を与えたものに、その力が通用すると思いますか?』


 さも当然とでも言うように、オウランは俺の意見を切り捨てた。


 何度も、何度も、どこかに綻びがないか、何ができるか、考え続けている。


 それでも、答えは出ない。


 オウランの言葉を思い出す。そうして、考える。


 日は上り、そして落ちる。


 当たり前のように時間は過ぎていく。


 時たま、桐沼が俺を心配したのか扉の外に気配がする。けれど、俺はそれに構っていることはできなかった。


 オウランが、もういなくなる。


 それを、考えたことはあった。ただ、それを切り捨て、先延ばしにして、俺は無視し続けた。


 いやな未来から目を背け、それで今の日常が続くと、本気で、思い込もうとしていた。


 結局、それは無駄な努力だった。


 俺は、傲慢だったのだろう。努力を怠ったのだろう。そのツケが、回ってきた。


 言葉にすればただそれだけのこと。


 未来を変えることは、もうできない。少なくとも、俺の力では覆すことはできない。


 出来ることは、今あるこの日常を楽しむだけなのだ。


 その結論にたどり着くまで、何も食べず、寝ず、三日間ずっと悩み続けた。思考も100倍程度は加速させてこれだ。ある意味、笑える。


 ベッドから立ち上がり、体を回す。どうも、まだ人の頃の癖が残っている。


 キィーッ


 何か食べ物を食べようと部屋をでようとすると、ドアの軋む音がした。


「あと4日は引き籠ってると思ったよ」


「……そこまで長くはしない」


 待ち構えていたのは、いつものように、憎たらしい笑みを浮かべているナイオラ。


「それにもう、俺にはどうしようもないからな」


「ふふふ、それがわかっているならいいよ」


「年寄みたいだな」


「これでも年長者なんだ。二世紀は生きてる」


 と、不敵に微笑む。


 流石は魔女。人間なのだろうか?


「元人間だよ。そう言う君も人間じゃないでしょ」


 顔に出ていたか? いや、俺のポーカーフェイス能力(全能の力)は現在発動してない。なので、そんなこともあるだろう。


 ……あまりにも自然で人間じゃないことについて一瞬気に留めなかった、のだが。認めるしかないのだろうか、俺がもはや人間ではないということを。


「認めるしかないでしょ。ところでオウランはいないみたいだけど?」


 不思議そうに首を傾げている。さては、ナイオラも部屋に籠ってただろ。それでも、俺の状態を知っていた、ということは桐沼に飯でも運ばせてたのか? 食べなくても生きてけるだろうに。


「桐沼と一緒に居るだろ?」


 何を当たり前な。


「あはは、そういやそうだったね。ん~、逃げられちゃった?」


「ヤメロ、縁起でもない」


 本当に。この魔女はどこかに常識とか、思いやりの心だとかをどこかに忘れてきてしまったんじゃないだろうか? いや、そうに違いない。そう考えるとつじつまが合う。


「ハハハ」


 ナイオラは笑いながら、手を振って自室へと戻っていく。悠々と、余裕を感じる歩き姿にはイラッとくる。


 一体何がしたかったんだ?


 ──暇だったんじゃないんですか?


「……オウラン」


 思わず、呟きが漏れてしまった。完全に不意打ちだった。


「ようやく出てきたんですか」


 呆れたような視線を向けてくるのは桐沼。『どうしようもないクズですね』なんて声が聞こえてきそうだ。


「それは俺に効く、、、グハッ」


「突っ込み待ちですか?」


 『桐沼も突っ込んでいいんだよ?』と、心の中で言うが、通じなかったようだ。こいつらは、と蟀谷こめかみをおさえている。


「流石はオウラン、わかってる」


「分かりたくなかったです」


「俺たちの心の絆は誰にも断ち切れない!」


「平常運転のようで何よりです」


「ハッ、オウランが、デレた!?


「やめてください」


「二人とも、そのくだらない会話をやめてください」


 む~、せっかく桐沼にも聞こえるように喋ってたのに。のけ者にされてるようでやだったのか? それなら、会話に入ってくれば良かったのに。


「桐沼、一人と一匹だよ?」


「しまいには怒りますよ?」


 お、おぉ、桐沼も言うようになったね。これが慣れってやつか。


「まったく、せっかく作ったご飯がどれだけ無駄になったのか」


「一食分でしょ?」


「私が食べたんです」


「それなら無駄になってないじゃん」


 ピキッ


 おっと、何やら踏んではいけないところを踏み抜いてしまったようだ。


 これは、どうしたらいいんだ?


 ──とりあえず、謝ったらどうでしょう


 それ、採用


「ご、ごめんて」


 ──心を込めて


「ね、本当に悪いとは思ってるんだよ? 謝るから」


 ──煽ってどうするんですか


「後生だから、さ?」


「今日の分もご飯は抜きでいいのですね?」


 ニッコリと微笑んでいらっしゃる。ふぅ、怒っていないようで何より。なので、ごはんくらいは我慢してあげよう。どうせ食べなくても生きていけるし。


「うん」


 ──そろそろ、殴られますよ?


 と、オウランの言葉を聞き返そうとする前に、桐沼はズンズンとリビングへ戻っていってしまった。


 何が悪かったのかな?


 ──はぁ、わかって言ってますよね?


 うん。やっぱ、桐沼をいじるのは楽しいね。あ、もちろんオウランもだよ。


 オウランは呆れたのか、怒る気力もなかったのか、桐沼についていってしまった。いや、飛んで行ってかな?


 あとに残された俺は、再び部屋に戻ることにした。


 少なくとも、わだかまりは解かれた、ってことでいいよね。



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