第6話 運命の歯車



「早い帰りだったね」


 ナイオラの声は、落ち着いていて、なぜか安心した。


「あぁ、ちょっと、ね」


 視線を逸らすと、桐沼が布袋の中から野菜を取り出し、机の上に並べているのが目に入った。


「何があったのかは知らないけど、酷い顔してるよ?」


 ──確かに、酷い顔ですよ


 オウランのお墨付きまで頂いてしまった。


「気分が悪いなら寝たら? まぁ、多分精神的な問題なんだろうけど」


 そう言ったのは、全能の力で体調不良が起きないことをしっているからだろう。確かに、体調不良というものではないだろうが、久しぶりに両親と会ったことは、俺に精神をすり減らさせた。


 もう、眠い。


「そう、ですね。少し横になります」


「お、おぉ」


 ナイオラは俺が素直に頷いたことに驚いているようだが、そんなことにはかまっていられない程度には疲れていた。


 二階に上がって、布団に横になるとすぐに、俺の意識は途切れた。




────────────────────────────




 世界を牛耳る化け物が、そこにいた。


 彼がどんな存在なのか、覚えている者はいない。


 彼が何を目的としているか、知っている者はいない。


 それは、彼があまりにも長い間生きていたから。


 かの有名な四大文明時代から生き続ける、そんな噂までまことしやかに囁かれている。


 真相は誰にも分からない。


 ただ、一つ分かっていることがある。


 それは、彼は強いということ。


 誰も、彼の本来の名前も、由来も、経歴も、知りはしないのに、その事実だけは揺るがぬ事実として知られている。


 むしろ、それしか知られていない、とも言うべきか。


 そんな彼は、現在こう名乗っている。


 オトルスの創始者『マーヴァミネ』と。


 そんな彼は、手紙を書いていた。


 誰に宛てた物かはわからない。


 少なくとも、どこかご機嫌な様子から殴られることはないだろう。


「ベラス、お前には新たな命令がある」


 一段落着いたのか、彼は私の方を向いている。


 いやだ、と思っても私は彼にとって人形だ。拒否権などありはしない。


 思考がいつもよりクリアなのは、先日の任務の時、記憶が消されたからか。


「お前には、ナイオラ・イシシュスの家を監視するんだ」


 とても、不思議な命令だった。


 私の隠密や暗殺といったことが、組織の中で抜きん出て高いことは認める。けれど、彼がたかが一介の魔女に私を向かわせる。


 普通では考えられないようなことだ。


 けれど、私には──


「はい」


 選択権なんて最初から有りはしない。これは命令で、私はそれを命を賭してでも遂行しなければいけないのだ。


「ふふ、あと少しだ」


 珍しいことに、彼は私の言葉に満足したのか笑みを浮かべ、言葉を出した。


 かつて、こんなことがあっただろうか?


 とてつもないことがおころうとしている。ただ、それだけがわかった。


 それが良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。









 運命の歯車は、回転する。もはや、誰にも止めることができない。なぜなら、その未来はもうどうしようもないくらいに確定してしまったことになったのだから。









 

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