第5話 両親




「久しぶりだな」


 口を開いたのは父親の方だった。母親は無言で、複雑そうな表情だ。シンパシーを感じる。俺も多分同じ気持ちなので出来れば帰って欲しい……。


 ──なんか言った方が良いでしょ


「久しぶり、ですね」


 オウランに促されて口から出てきた言葉はとても他人行儀になっている。とてもではないが数年会っていない家族の会話ではない。いや、むしろ数年会ってないからこそこういう口調になってしまったのか?


「そうだな……」


 どうやら、父親の方も話しにくそうにしている。


「生きている、ということは分かっていた。だが、黙って出ていくというのはどういうことだ?」


 小宮ばあちゃんについて何か言われると思っていたが……。


「あぁ、小宮ばあについては話を聞いている。お前の力でどうにかできたとは思わない」


 どうやら、俺の考えていることなどお見通しのようだ。


「俺が、黙って出たのには理由がある」


「そうだろうな」


 理由は、ある。だけど、あの時は怒りで我を忘れていたと言ってもいい。つまり、実際のところ、復讐以外の理由なんてなかった。


 頭を冷やしたところで、戻るのがあまりにも億劫で、というか絶対怒られるから敬遠していたし、ナイオラがいろんな指示を出してたからなかば忘れていたとも言える。


 そう考えると……理由らしい理由なんてなかった?


 無言でこちらを睨んでくる父親の視線があまりにも、あまりにも、痛い。


 ……理由、理由、クソッ、後回しにしてきたツケがやってきやがった。


 ──もう、素直に話しては?


駿翠しゅんすい、言いたくないなら、言わなくてもいいわ。だけど、私は待ってるから」


 母親の言葉に、それは結局は言えってことじゃないのか? などと、無粋なことを言いたくなってしまった。


 ──分かっているなら言わないでください


「……うん」


「そうか」


 諦めたように父親はそう言った。


 ざ、罪悪感がすごい。


 選択を間違えた感じがする。


 いや、ある意味ではいいのか?


 先送りにもほどがあるけど、このまま押し切った方が無難だ。


 ── ……


 オッケー、オッケー、心配することなんて一つもない。


 ──それでいいと言うなら私はいいですが


「それじゃあ、帰ろうか」


「えっ?」


 唐突に母親がそんなことを言ってきた。


 ──家で息子に会ったら連れ帰るのが当たり前では?


 オウランが耳に痛い事実を突きつけてくる。


 もう、私のライフは1よ。


 ──1あるじゃないですか


「帰るわよ?」


 『何を当たり前のことを』と、心の声が聞こえてきそうな、母のセリフ。続けて、『こいつ馬鹿なの?』という幻聴がする。


「逆に、なんで連れ戻されないと思ったのかしら?」


 怖いよ、父親なんて目じゃないくらい怖いよ。下手したら、貞子より怖いよ? 実は狂気の部分に片足突っ込んでたりしない?


 ──世の中にいる全ての母親を敵に回してますよ


 心の声だから大丈夫。


「家には帰らない」


「どういうことだ」


 今度は父親が言ってくる、のだが、あんま怖くない。


 って、違う違う、そうじゃない。


「まだすべきことが残ってる」


 これはある意味事実だ。


 ナイオラのお使いで出かけてきたのだ。これを持って帰らないと恐ろしいことになる。


 実力では俺の方が明らかに上回っているのだが、いかんせん、失敗談や黒歴史をしられすぎた。


 これを盾に強要されると俺は何も言い返せない。


 いざとなったら、記憶を消去するという方法もあるが、これをするのはあまり気が向かないし、恩を仇で返したようで嫌なのだ。本当に必要になるまでは使わないつもりだ。


「すべきこと、とはなんだ」


 これで『お使い』なんて言おうものなら、強制送還間違いなしだ。


「それは、言えない」


 そう、言えないのだ。悲しいことに。


 ──どこが悲しいんですか


「ごめん」


 オウランには後で構うことにして、誰にも知覚されないように、全能の力を使う。対象は俺とオウラン、そして桐沼にだ。


 両親ともに、驚愕の表情を浮かべている。


 急に目の前から人が消えたら驚くだろう。その気持ちはこちらもわかる。


 そして、そのまま全能の力でナイオラの家へと空間を移動する。


 桐沼の転移とは少し違う原理なのだが、こちらの方が確実というか、使いやすかったのだ。


 一瞬にして、俺たちは目的の場所へと戻った。



────────────────────────────



「強引にでも連れて帰るべきだったか?」


 あとに残された駿翠の父親──鬼崎きざき りょうがポツリと、そう呟いた。


「ちゃんと無事だった、ってわかったから良いじゃない」


 どこか呆れたように母親の鬼崎きざき 麗良れいらはそう返す。


 それを聞いた隴はどこかムッとした表情をする。だが、それを見越していたのか、麗良は流れるように、言葉を続ける。


「あなたよりはマシなんじゃない?」


 二人は、駿翠がオトルスとバチバチに戦っていることなど知らない。だからこそ出た言葉だ。もしも、そのことを知っていれば『やっぱり隴の子だからか?』などと麗良が思ったことは間違いない。


 さりとて、オトルスに関しては全能の力を使ったためか、あまりに上手く証拠を消しているので二人が知るということは、直接その場所に居合わせるか、本人が口にするかのどちらかがない限り有りえない。


 だから、次の出てきた言葉も、そして行動も、それらを知っていたら、大きく変わっていただろう。すぐにでも、探し出して家に戻すように、と。けれど、実際に出てきた言葉は────


「それじゃあ、次は強制的に連れて帰るか」


「そうね。そうするしかないわね」


 ────日和った言葉だった。












 もはや運命の歯車は誰にも止められない。








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