エピローグ ”フェリ”との別れ



 初めて”フェリ”の建物の中を見回る。


 ”オトルス”が攻めてきてから1週間経った。


 ビル内の被害はロビーだけであり、すぐに改修工事が行なわれ、今では何一つ変わりのない光景となっている。


 二階の上から吹き抜けになっている中央ロビーを見渡し思う。


 初めてこの建物に入った時、そのままの状態だ、と。


 ここで戦闘があったとは誰も思わないだろう。


 もちろん、自分でも何も知らなければ、ピッカピカの真新しい廊下に煌びやかなシャンデリアが吊るされ、汚れひとつない壁があるこの場所に連れてこられて『ここで一週間前戦闘がありました』なんて言われたら一瞬疑うだろう。


 ––––戦闘をしていた張本人が何を言ってるんですか……。


 あぁ、オウラン。


 僕は戦闘をしたんじゃない、蹂躙をしただけなんだよ。


 –––– ……冗句ですか?


 なにが?


 –––– ……


 オウランが何か言いたげに空の上からこちらの顔を見てくる。


 特に意味はないがオウランを睨み返すと、オウランは呆れたというふうに首を振る。


 その素振りに文句を言おうと口を開いたところで、こちらに向かってくる足音が聞こえた。


「あぁ、ここにいたのかい」


 後ろを振り向けば、そこにジェイソンがいた。


「……なにか?」


「見送りにでもと思ってね」


「そう、ですか」


「あぁ、君には随分お世話になったからね」


「そう言って頂けると嬉しいです」


 ニコリと彼は笑う。


 しかし、すぐにその表情を一変させ彼は真剣な眼差しを向けてくる。


「気をつけてください”オトルス”はまだ私たちの事を諦めていない。そして、一番の障害となったあなたの事を最も危険視しているはずだ」


「わかっています」


「そうですか……。余計な心配でしたかな?」


「いえ、その言葉があっただけで嬉しいですよ」


「それは良かった」


 まるで会話が終わるタイミングを見計らったようにして、階下から桐沼が上がってくる。


「話は終わった?」


 どうやら、本当に会話が終わるのを待っていたようだ。


「あぁ」


「そう、それじゃあ行こう」


「そうだな……。それでは、またどこかで」


「はい、またどこかで」


 俺はジェイソンに向かってそう挨拶をし、桐沼とともに降りていく。


 ”フェリ”のビルを出ると、青い空が広がっていた。


 雲一つない青空だった。


 ––––上を見てください


 へ?


 オウランの言った通りに上を見る。


 ––––雲があるでしょ?


 ……頭上にはとても薄い雲が確かにあった。


 だが、オウランには一つ言いたい。


 ––––はい


 こういうのはノリが重要なんだよ。


 突っ込んじゃダメなんだよ。


 いわゆる、お約束ってやつなんだから。


 ––––以後、前向きに善処します。


 ……それは今後もやるってことか?


 ––––ですから、以後善処するのです。


 ……そうか。


 それからの間、桐沼が先導するのについて街の中をまっすぐ大通りを歩いていく。


 15分ほど経ったところで、桐沼は足を止めてこちらを向く。


「ここまできたら大丈夫ですね」


 桐沼がそう言って手を差し出す。


 仕方なく手をつなぐ。


 予め”フェリ”に頼んでおいた場所に向かうには桐沼の身体に触れていないといけないらしい。


 細かい理論は知らない。


「着きました」


 いつの間にか周りの景色は大通りから建物の中に変わっていた。


 放棄され、コンクリートの骨組みが剥き出しになったビルの中。


 床には白のペンキで魔法陣が描かれていた。


 桐沼と魔法陣の真ん中に書かれた円の中に立つ。


「それじゃあ、いくよ」


「あぁ」


 今度こそ、この国からお別れだ。


 視界が白で埋め尽くされ、長距離転移が実行される。


 次は、”オトルス”の本拠地にと向かうために。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る