第23話 『荊』 7



 体が動かなかった。


 理由はわかっている。


 けれど、その理由、恐怖というものは数秒で気持ちを切り替えることができないものだった。


「こないのかい? それではこちらからいこうか?」


 その言葉に、体が動いた。


 殺される。


 動かなければ。


 殺される。


 何もできず。


 殺される。


「あっ、あ……、あ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ただ、我武者がむしゃらに魔法を行使した。


 彼、ジェイソン・パウエルに普通の人間では骨すらすり潰されてしまうような重力をかけた。


 自分に魔法を使い、動かない体を移動させた。


 彼はその魔法で床を突き抜け、最上階から一階まで床を壊して落ちていく。


 その後を同じ速度で自分は追っていく、落ちていく。


 ガガッッッッッッ


 そして、彼の体は床に打ち付けられる。


 床にはまるでクレーターのような穴ができ、宙に土煙が舞う。


 追い討ちをかけるように自分の拳が彼の体の鳩尾に当たる。


 ゴガッッッッッッッ


 ゴシャァッッッッッッッッッッ


 いとも容易く地面は罅割れ、衝撃で地盤が隆起する。


 もうもうと土煙が立つ中、魔法を解除し、立ち上がる。


 目の前には体が地面にのめり込んだジェイソン・パウエル。


 やった。


 殺った。


 そう思った。


 そう思って、力を抜いてしまった。


 そして、上を見上げた。


 これで、生き延びれる。


 そう思った。


 ガシリ


 彼の手が自分の右足首を掴んだのだと理解するまでは。


 一瞬だった。


 足首が潰され、体が右に倒れる。


 それと反するようにして彼は立ち上がり、自分を見下ろしてくる。


「ガッ」


 体が地面にぶつかる。


 肺が圧迫され、呻き声を出す。


 自分が、惨めだった。


 自分が、滑稽だった。


 そしてなにより、悔しかった。


「痛みのないようにしよう」


 彼はそう言って自分の首に手を当てる。


 彼がこちらを見る目はとても澄んでいた。


 まるで、お互いの健闘を讃え合うような、そんな思いがあった。


 目を閉じる。


 痛みは彼の言った通りやってはこないだろう。


 死に対する恐怖はもうなかった。


 ただ、なんとも言えない思いが、そこにはあるだけだった。



____________________________



 ジェイソン・パウエルは彼を見下ろす。


 実に厄介な相手だった。


 魔法と魔道具、それらをとてもうまく使いこなす戦い方。


 自らの長所を巧みに利用し、短所を魔道具で補っていた。


 あと、何年もしたならば世界で知らないものはいないほど有名な魔法使いになっていたかもしれない。


 そう思わせる青年だった。


 だからこそ、”オトルス”のやり口に、言いようのない苛立ちが胸を燻る。


 腹を右手で抑える。


 無理やり自分の体内の空間を固定させどうにか内臓は守ったものの、皮膚と筋肉はズタズタだ。


 そしてもちろん、血がだらだらと流れている。


 次はないな、そう思いながら悲鳴をあげる肉体を叱咤し、体を動かす。


 まずはこのクレーターから這いださなければ、そう思って。


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