第22話 『荊』 6



 天井を思いっきり蹴る。


 それと同時に反転していた重力を解除し、地球の重力に逆らうことなく落ちる。


 更に、”重力倍加”の魔法を行使し、自分の肉体にかかる重力を倍加させ、加速する。


 ジェイソン・パウエルが予め張っていた空間魔法を応用した結界は触れた魔法を無効化する防壁によって無効化される。


 そして、彼の顔面を自分の右足が踏み潰そうとした瞬間、彼は誰かに体を押されたように移動し、攻撃を回避した。


 思わず瞠目する。


 彼を目で追い、体が床に落ちきる前に追撃の構えに入る。


 そして、自分の体が床に激突する。


 それと同時に”重力歪曲”を発動する。


 この魔法は自分にかかる重力を歪曲することで本来地面に引き寄せられる力を前後ろ、左右に向きを変えて移動することができる。


 もちろん、今回は彼––––ジェイソン・パウエルのいる方向に向かって重力を歪曲させる。


 それと同時に、足で床を蹴り移動速度を加速させる。


 自分の肉体が見えない力で移動する。


 そして、もう一歩、床を蹴る。


 それとともに、周りの景色が流れるように変わる。


 わずか二歩で彼との距離は歩幅にして三歩まで縮まる。


 拳を振り上げる。


 体が何かにぶつかったような感触を覚えると同時に自分の防壁がジェイソン・パウエルの魔法の防御を破ったことを認識する。


 拳を振り下ろす。


 再び振り下ろした拳に何かがぶつかったような感触を覚えると同時に彼の防御が砕け、自分の拳が彼の頬にり込む。


 彼の体は吹き飛び、壁に衝突する。


 その光景が幻視だと理解したのは、自分の左腕を彼が握りしめているのを視界に収めた時だ。


 その時にはもう遅かった。


 ジェイソン・パウエル、彼の肉体からは想像もできないような力がかかり、自分の左の前腕が握り潰された。


 否、そう見えた。


 恐怖と痛みで自分の顔が歪むのがわかる。


 目の前のジェイソン・パウエル化け物を思いっきり蹴る。


 何も考えず、ただあり得ないことを起こした化け物から離れたいがために。


 今度こそ、彼の体は吹き飛ぶ。


 しかし、彼の体は壁に衝突などせず、見えない壁にぶつかったように何もないところで止まる。


 それを見ながら自分の左腕を右手で抑える。


 そんなことで痛みが治まるわけなどないが、何もしないほうが痛みを感じるだろうというあまりにも楽観的な思考に基づいて。


「まるで化生の類に化かされたとでもいうような顔をしているね。どうせだ、君のような若輩に助言でもしてあげよう」


 彼が、こちらに声をかけてきた。


 そして、彼の問いはとても悔しいことに当たりをついていた。


 更に憎たらしいことに、彼の目は、口は笑っていた。


「君の持っているその指輪は大量生産型の魔道具だ。もちろん、その効果は高く、大量生産といっても一年に50個ほどしか流通しない。けれど、それを知らないで魔法使いなど名乗るのはモグリの中のモグリ。だからこそ、手にしたものは魔法使いが最強になれるなんて言われるその指輪は誰もが一度は手に入れたいと思いを馳せる。けれど、その法外な値段に誰もが諦める」


 こちらの返答など待たず自分でも知っていることを彼は話を続ける。


 そして、自分もその話を聞き続けることを選択した。


 知らないことは恐怖だ。


 知って初めて対策ができる。


 相手がわざわざ話してくれるならば聞かないという選択肢はなかった。


 だから、話を聞くことにした。


「『それがどうした』という顔をしているね。そんな君に質問だ。誰もが最強になれる指輪が50個も売られるわけなんてないじゃないか。あぁ、すまない君のような下っ端にはこのような情報は知らされないのかな? まぁ、けれどね、その指輪には致命的な欠落があるんだよ」


 そんなことは聞いたことがない。


 そう思った。


 もしも、そんなものがあればこの指輪の値段など大暴落してしまう。


「その指輪は持ち主の体に沿うようにして防壁を作る。その種類は二つ。まず、体と装備品を守る物理に対しての防壁。そして、外から発動される魔法を無効化する魔法に対しての防壁。これで持ち主は魔法を使え、相手は直接的な魔法攻撃で持ち主を傷つけることができないという仕組みだ。これを無効化するには単純に体を守る物理防壁も耐えられない物理の攻撃を行うしかない。それこそ、深海の1000m地点であればその防壁は壊れるだろうから、それと同じ力を防壁にぶつければいいのだから。けれど、この方法は不可能に近く、欠落とは言えない。欠落なのはね。その防壁は外から発動された魔法を無効化するということなんだよ」


 意味がわからなかった。


 それのどこが欠落というのか。


「直接触れてから触れた場所から発動する魔法は無効化できないんだよ」


 欠落。


 そう口にするにはあまりにも達成条件が難しいものだった。


 普通、魔法使いは触媒を使って魔法を発動する。


 そして、その触媒を触れさせた場合で魔法を使っても魔法は発動しない。


 なぜなら、触媒が魔法を無効化する結界に触れてしまうから。


 だからこそ、その指輪は魔法使いが最強になれると言われている。


 魔法は言うに及ばず、魔法を無効化するということは魔法と同じ原理である超能力も無効化するのだから。


 そして、単純な武力も魔法を相手にしては倒されてしまう。


 まさに最強の魔道具。


 その前提をひっくり返された。


 できる人がどれだけいるだろうか。


 触れた場所、手のひらだけなどで魔元素を操り魔法を発動できる人が。


「しかし、鈍ったな。君の腕を全部消すつもりだったのだが」


 不気味だった。


 彼、ジェイソン・パウエルのなお笑みを見せる顔が。


 まるで自分と彼との間に相対した時よりも大きな隔たりがあるように思えた。


 決して自分では渡ることのできない隔たりが。


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