第20話 『荊』 4



 さて、そのような事情で洗脳された内通者を得た”荊”の指揮を任されている人物は、”フェリ”の隠れ家に入ることに成功していた。


 複雑な魔法陣の解読を短時間––––1分もかけずに行なうということは”荊”……いや”オトルス”であっても行なうことができるものなど数名しかいない。


 そして、そのような重要人物がこのような作戦に派遣されるということは万に一つもないと言っても良い。


 だからこそ、一番の難関である魔法陣の解読をしなくていいということはとても喜ばしいことなのである。


 そして、転移したときに付与される”認識改変”の魔法陣を破壊する。


 わざわざ正式な手順を踏んでこの魔法陣をどうにかするなど馬鹿馬鹿しい。


 これが一流の魔法使いならば数分は足止めできるだろうが超一流の魔法使いでは数秒でも足止めできたら御の字だろう。


 聳えるビルの群を見上げる。


 案内してくれた内通者を骨の灰すら残らないように魔法の炎で燃やし尽くす。


 ゴォッ


 と、焼けるような熱量を肌に感じながら見上げる。


 そこには、地中にいるので当たり前と言えば当たり前だが岩石が露出している。


 自分の警護を任された”荊”を残して他には散開するように促す。


 重要施設の位置は予め内通者に図面にしてもらったものを頭に叩き込んでいる。


 それは”荊”も同じだ。


 重要な施設は早急に潰しておかなければいけない。


 それを怠った時に払わなければいけないのは自らの命なのだから。


 真っ先に向かわなければいけないのは司令塔である。


 あそこを潰さなければ作戦の大半が破綻してしまう。


 しかし、自分には違う命令が下されている。


 ジェイソン・パウエル。


 現”フェリ”のトップであり、悪魔などと渾名される化け物である。


 問題は、彼が動けないように引きつける役が自分に回ってきてしまったことだ。


 相方は残りの”荊”を指揮するためにいない。


 自分と数名の”荊”だけが頼りだ。


 腰に下げていた魔法の触媒である杖を取り出す。


 この杖には”魔元素効率上昇”と”魔元素支配”という二つの機能と、触媒としての魔法陣が刻まれている。


 自分の最も得意とする魔法は”重力”だ。


 しかし、できることは少ない。


 本来であればこのような作戦に派遣され、重要任務を引き受けることなど夢のまた夢なのだ。


 ただ、偶然、自分の得意とする”重力反転”の魔法が、ここ”フェリ”を攻略するのに有用だった。


 ただ、それだけの理由。


 自分と”荊”に”重力反転”の魔法をかける。


 そうすれば、重力は地球の反対、宇宙に向かってかかる。


 即ち、ここ地中の天井を歩いていくことができるのである。


 本来であれば認識阻害や空を飛ぶ魔法を持った人材が行なうことなのだが、無理と判断された。


 前者は現在、数を揃えることができず断念。


 後者の空を飛ぶといったものは団体での行動もできるがそれは空を飛んでの戦闘であって、建物内の戦闘は得意ではないという理由から断念。


 残ったのが自分の能力というわけだ。


 天井にも接しているビルという特徴から真っ直ぐにつくことはできなかったが、天井を走り、ようやくジェイソン・パウエルがいると予想されるビルに着く。


 ガッシャァァァン


 と、前を行っていた”荊”の一人がビルの窓を割って建物内に入る。


 後に続くように残りの”荊”がその窓に入っていく。


 そして、最後に自分が入る。


 そこは大部屋だった。


 そして、中央には事前に渡された資料に添付されていた顔写真と同じ人物が立っていた。


 目的の人物、ジェイソン・パウエルがにこりとに笑顔をこちらに向ける。


 殺気がまるで肌を撫でるように襲ってくる。


「やぁ、ようこそ。不法侵入者の諸君。短い間だが、よろしく頼むよ」


 ブワッ


 と、汗が流れる。


 ”オトルス”の予定より早く、しかし作戦通りに、”荊”とジェイソン・パウエルの戦いが始まろうとしていた。


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