第19話 『荊』 3



 内通者を送り込んだのは正解だったと男は考える。


 何せ、相手はあの”フェリ”。


 歴史の古さで言えばこちらの方が上だが、戦力差で言えば同じほど。


 もちろんこれは、”フェリ”を倒すために用意された戦力であるため、総戦力というには程遠く、実際の半分も戦力がないと言ってもいいだろう。


 しかし、現在手持ちの戦力は喚こうが騒ごうが拮抗する程度なのだ。


 これをどうにかやりくりして”フェリ”を倒さなければいけない。


 正面衝突などしようものならば、相手の思う壺だ。


 相手はここで暮らし、ここで生きてきた。


 いわば縄張り。


 自分たちが最も力を発揮できる場所で戦うなど馬鹿だ。


 だからこそ、こちらの戦場に相手を招かなければいけない。


 それも、わからないように。


 たとえ、それが成されたとしても、こちらは足止めを任されている。


 だが、そんなことを考えていたら今の戦力では命がいくつあっても足りない。


 相手を完全に負かすつもりでいっても勝てないだろう。


 ……いや、それならば任されていることは達成できるか。


 しかし、余裕がない状態なのだ。


 下手をして逃げられたら任されたこともできない無能と謗られてしまう。


 そうして、悩みに悩んだ結果、思いついたのが内通者を送り、常にこちらが主導権を握っていられるようにすることだった。


 もちろん、もともと監視はしている。


 だが、相手側の行動を完璧に把握しているかと問われれば否。


 デケムがいれば違ったのにと無い物ねだりをしたくなったが、彼女も任務中。


 人材がないと頭を抱え、ストレスで頭を掻き毟ったことで頭髪がうすくなり、それに苛立ち近場の戸棚を蹴り上げ足の親指が腫れ、ストレスと痛みで発狂し、それを見た秘書が今なら正気に戻すためにサンドバックにできると意気込んだのかボコボコにぶん殴られるという踏んだり蹴ったりの状況に陥るも。


 いないなら作れば良いと考えた。


 すなわち、相手に情報を持ってきてもらうということだ。


 これならば、最低限の足止めができる。


 意気揚々と魔法で”フェリ”の重要団員二人を”荊”のものに命令し、洗脳させ、こちらに情報が回ってくるようにした。


 そうして分かったのが、相手は拠点を移動し逃げようとしていることだった。


 怒りで発狂しかけて、再び秘書がグローブ(*ボクシング用)を手にはめたことで正気に戻りかける。


 されど、怒りが消えることはなく、思わず


『あいつら団体旅行に行くんですか⁉︎ こんちくしょう‼︎』


 と叫ぶ。


 そして、本格的に秘書が(私を殴るためか)準備運動を始めたところで威厳を持って


『大丈夫だ。我々はこの情報を前もって知ったのだ。任されているのは足止め。こちらが仕掛けて相手が逃げる暇をなくして仕舞えば良い』


 と、自信たっぷりに秘書に声をかけた。


 しかし、時遅く。


 秘書の華麗で優美な右ストレートをかまされたところで、私の意識は途切れたのだった。


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