第3話 魔女の隠れ家 1



 ……キィー


 扉の蝶番が軋む音がする。


 それは、家主が長年使っているにもかかわらず、一切の手入れを『面倒だから』の一言で片付けているのが最大の理由であろう。


 そして、家主が怠惰なおかげで建物の中は散らかっており、少し歩くだけで埃が舞い、息を吸っただけで咳がでるありさまだ。


「ゴホッ ゴホッ」


 ––––相変わらず、埃っぽいですね〜


 オウランは周りを見ながら呆れたように呟く。


「一週間ちょっと放っていただけなのに……」


 肩越しから部屋を覗いた桐沼きりぬまが戦々恐々したように声を震わせている。


 俺はパンパンと手を叩き、砂利や埃を集めて外に捨てる。


 これで、廊下の汚れはなくなったなと考えていれば、


 ––––うぅぅ、こんなことに全能の力を使っているなんて……。


 オウランが苦悩していた。


 しかし、反応したらものすごい罵詈雑言が帰ってきそうなので、無視を決めて廊下をまっすぐ歩く。


 突き当たりの扉の把手に手をかけ、一瞬躊躇する。


 しかし、思い直して、扉を開ける。


 そして、倒れてきた。


 大きな棚が


 本が


 書類が


 液体の入ったフラスコが


 他にも、多くのものが


 直前で手を前に出し、それらを空中で止める。


 そして、それを見たオウランはというと、


 ––––うぅぅ、こんなことに全能の力を使うなんて……。


 既視感デジャブを思わせる台詞を吐いた。


 これには、同意するしかない。


 こんなことに全能の力を使うなんて……。


 これも全ては家主のせいだ。


 家主が掃除を嫌っているから。


 家主が物事に熱中すると周りが見えなくなるタイプだから。


 魔女だから数週間何も食べなくても生きていけるから。


 それら全てが相乗効果を生み、その皺寄せが降ってきた、俺たちに。


「ナイオラ」


「ん〜?」


 声が聞こえてくるのは棚の向こう側から。


 その、あまりにも緊張感のなく気の抜けるような声に脱力しそうになる。


 しかし、ここは怒りの気持ちを相手に伝えるために気を引き締め言葉を続ける。


「たった一週間」


「?」


「たった一週間でどうしてこうなった?」


「さぁ?」


 ––––反省の気持ちとかなさそうですね。これは思いっきり叱っても大丈夫なやつです。


 オウランのお墨付きをもらったので実行することにしよう。


「言ったことを一週間で忘れるとは、獣でももう少し記憶力があろうに」


「ん〜? 私が忘れることなんてどうだっていいことだけだよ?」


「そうか、これから俺たちがそのゴミをどう処理しようとどうだっていいわけだな?」


「ちょ⁉︎ ダメだよ‼︎ そんなことしたら追い出すんだからね‼︎」


「そうか、俺は”フェリ”と話をつけたからここにいる必要はもうない。だから、お前が俺を追い出そうと俺は一切の被害を受けないんだよ」


 ––––悪人顏ですね……


 オウランの突っ込みは黙殺し、話を続ける。


「そんなことしたら、許さないんですよ⁉︎」


「どうするんだ?」


「そ、それは………蛸の墨をぶっかけてやるのですよ‼︎」


「そうか、なら戦争だな」


「な、何をするのです?」


「お前にも蛸墨をぶっかけてやろう。喜べ、一緒にやれば怖くないぞ」


「私にはやめてよね」


 後ろで桐沼が事前に被害から回避することを画策しようとしているようだが……残念だったね、君の言葉は黙殺した上に巻き込むことも確定しているのだよ。


 若干、気分が乗ってるため思考がおかしくなっている気がしなくもないが、話を続ける。


「フハハハハ、どうする、ナイオラ。貴様にはもはや頼るべきものはいないぞ。ハーッハッハッハッハッハッ」


「お」


「お?」


「オウランちゃん‼︎ やっちゃって‼︎」


 そして、頭に衝撃を受けた俺は瞼が重くなり視界が闇に閉ざされていくのを知覚しながら、あぁ、裏切ったなオウランめと思いながら意識を失った。


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