第1話 回想 現実とはままならないもので



 猛暑。


 毎日、何処何処どこどこで35℃を超えただの観測史上初を記録しただの言っている今日この頃だ。


 塾帰り、校則であるネクタイの締め付けを弱めながら空を見上げる。


 今は10時30分ぐらいだろう。


 もしかしたら10時35分かもしれないがそれは今はどうだって良い。


 大体それぐらいだということが重要なのだ。


 見上げると、空には夏の大三角形が煌々こうこうと輝いている。


 こと座のα星ベガ、わし座のα星アルタイル、はくちょう座α星デネブ。


 綺麗だな〜と見上げていると、すぐ隣を車が通り抜けた。


 いつもの車だな、と視線を空から車におろし、見る。


 車の車種には疎いのでわからないが、毎日この時刻になると自宅に戻って行っている隣の隣の家の佐竹さんに違いない。


 いつも、この畑道を車で通っている。


 あと5分で家に着く自分とは違って、車だろうから2分で自宅に着けるであろう佐竹さんに明日、恨みがましい視線を送っておこう。


 自分の方が近い家に住んでいるのに……、現代機械の不条理さを噛みしめる。


 そんな、下らないことを考えながら再び歩き出す。


 ジージー


 と道端から聞こえる虫の鳴き声が暑さをやらわげてくれる気がする。


 虫の音に聴き入りながら、空の星を眺める。


 風流ふうりゅうだ。


 そんなことを考えていたからか、はたまた一切関係ないのか知らないが、音が聞こえてきた。


 キィィーーーーーン


 それは、いやに耳に響く音だった。


 音のした方ーー後ろを振り返ると、空から白色の光がこちらに落ちてくる。


 とても小さく見える光は矢のように飛来し、次第に大きくなって、こちらに迫ってくる。


 まるで神罰が如し、だ。


 その落つる光に目を奪われている間にも、その光は無慈悲に、残酷に自分の方へ迫ってくる。


 そして、視界を白光が埋め尽くした。


 思わず目を瞑り、腕で顔を覆う。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 数秒してから腕を下ろし、目を開く。


 パチパチと瞬きをするも、目は白光の眩しさから周りはよく見えない。


 視界はもやがかかったように欠けた部分がある。


 だが、分かることはある。


 白光の矢は、周りの畑や畑道に一切の被害を与えることなく消え去っていた。


 痕跡を一切残さず消えた光が、曖昧な視界と相乗効果を及ぼし、まるで白昼夢のような光景として記憶の中へ鮮明と刻まれた。


 虫の鳴き声、ジワっとした湿度、生暖かい空気。


 そして、どこまでも続くような夜空、煌々とまたたく星々。


 今し方の出来事などなかったかというように現実を突きつけてくる光景、非日常というのはこうも簡単に現れて、過ぎ去って行って仕舞う物なのかと、少し残念に思いながら余韻よいんに浸る。


 ジャリ


 足の向きを変えようとすると、砂が地面に擦れる音がした。


「なんだったんだ?」


 一人、独白をして家へと足を向ける。


 頭を掻いても何も思い浮かばない。


 欠伸が出るのを噛み締めて我慢する。


「あぁ〜」


 これから始まるであろう非日常に期待をしていたのに。


 光の矢が飛来してくるなんて非日常の始まりとしてはもってこい。


 物語のプロローグとしたっていいはずだ。


 しかし悲しいかな、それはどうやら自分が見ていた夢のようなものだったらしい。


 非日常が終わり、これから再び始まる日常ーー学校や塾といったものに嫌気を思いながら帰路の道を歩く。


 家に帰るにはもう少し時間がかかりそうだ。


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