第一話 17節 クライマックス後半


 ジャックには後ろめたい秘密があった。だが覚悟もあった。彼には昔から決意していることがあるのだ。守りたいものがあるということ。彼はその考えに基づいて自分が村長という事を隠し、彼なりの考えのもとにあえて敵に捕らわれていた。ジャックは、瞬間的に意思をきめた。自分がこの村のために犠牲になる意思を。ジャックはふっとため息をつくと、地面を勢いよく蹴り上げた。

 《ダッ》

 突如ロークゥの傍をはしりさり、ドイドの傍をはしりさり、ひとごみをかきわけ、ロジーと傭兵たちに突進する。そして皆がそれに気づいた瞬間にはもう、ロジーに突進し、左手の中に鍵を抱えていた。ロジーは、にやりとわらい、地面に倒れこんだ。

 『頼むぞジャック』


 何が起きたのかと、すぐにそちらに目をやりドイドがすぐにさとったようだった。

 『あっ』

 俊敏に思考はめぐり、獣じみた彼の目に焦りがにじむ。壇の上からおり、野獣のように体毛をのばし、鋭い爪を伸ばした。

 『それを村長に渡すな!!』

とっさのことに傭兵は反応できず、動けずにいた。

 『な、何です?』

 『チッ』

 鈍い部下のかわりにドイドが鋭い爪を伸ばし、獣の足で地面をけり、ジャックの足をつかんだ。雄たけびをあげて切りかかる。

 『ガアアッ!!』

 ふいにジャックはドイドのその鋭い爪の一部にあしをさされ、貫かれた。

 『うわあああ!!!』

 痛みに叫ぶジャック。

 『ジャックさん!!』

 ロークゥも檀上の右隣りから、すぐそばにかけつけジャックをかばおうと彼のそばによる。ジャックが左手をあけると、その中に鍵はなかった。ドイドは亜人特有の野生の能力と勘によって鍵を奪い返したのだった。ジャックはドイドにまけじと彼ににじりより、痛みにたえながらとびかかる。ドイドもジャックをふりほどき鍵を守ろうと、手の中の鍵をギュウと握りしめる。ジャックは、ドイドに胸元をつかまれ、そのの首につけていたネックレスをちぎられそうになった。

 『貴様!!それには触れるな!!』

 『何を!!?』

 彼は思わず彼の本来の力を使いそうになった。誰もが驚くだろう村長の秘密を。だが、瞬間助けられる。背後にロークゥが駆けつけた

 《バサッバサ!!》

 『くそ!!またあのカラスか!!』

 彼女のカラスが鋭い爪で、ドイドの鍵をつかみ鍵を奪いかえした。


 ロークゥはジャックをかばうように二人の間にたち両手をひろげて、ドイドにけん制をする。振り返りジャックに呼びかける。

『ジャックさん、あなたは無茶ですね』

『……』

『どうしてこんなに無茶を?』

『ロークゥさん、村長として、私は当初あなたたちを利用して、傭兵の地位を下げようとした、傭兵は信用してはいけないと先代から言われつづけて、その通りに……しかし今では彼らの恨みを買った、すべて僕のせいだ……それにこれでわかったでしょう、私の決意は本物だ!私のために力を貸してください、あなたは何も迷わなくていい!!』

 ジャックは、観衆に期待してことを起こしたのではなかった。ロークゥにこの状況の変化と、旅人への期待と信頼、そして願いを託すつもりだったのだ。


 次の瞬間ロークゥの切り絵のカラスがドイドのするどいツメに引き裂かれた。

 『!!ヨツバさん!!』

 ロークゥとドイドの鍵の奪い合いがはじまった。ドイドがとったり、ロークゥが無理やりうばいとったりを繰り返す。ロークゥはプロテクトの魔法で自分の体を守り、なんとか格闘劇を演じていた。終わりのない小競り合いに思えた。ロークゥは息も絶え絶え、マナを使い切りかけていた。だがある瞬間、場外から声がひびいた。透き通った、女性の声だった。

 『カギを天に!!!』

 何かをさとったロークゥが空中に、鍵をなげた。その一瞬を矢がうちぬいた。その矢はきれいにロークゥ側の陣地へと鍵をはじき落とした。反対方面をみると、ひとごみにきれこみがあり、そこから矢を撃った主が弓を構え顔を出していた。金髪金目の少女だった。

『アーメィ!!』

『遅れてごめん!!』

 アーメィのうちぬいた鍵は、アドの足元に、おちた。

 『くそ!!!ピュー!!』

 とっさに指笛をふくドイド、すると、ゾンビのような盗賊の軍勢が町の外から追加でわらわらと町の中に進行してくる。しかし傭兵たちは次々と外へ逃げようとする村人たちが暴れないように、にげださないようにそちらの対応に精一杯のようだ。幸いゾンビたちに知能はなく、武器を使うことはなかったが、ただ人にくみついたりかみついたりひっかいたり、状況をむちゃくちゃにする事には変わりがんかった。

 『グッルルルル!!』

 『ガアアア』

 襲い掛かるゾンビのような、操られた野盗、野性味があふれる盗賊たちは、いくらか傭兵たちより好戦的で、濃い霧につつまれている。逃げ惑いながらロークゥは、自分が守れる範囲のデミドやそれに従う貴族、ロークゥのパーティ、ジャックとアズサをかばいながら、移動を始める。マナの木の方へ。ゆっくりと移動をしながら、盗賊たちの攻撃をいなし、時に相手にダメージをおわせて後ずさりしていった。 

ロークゥ『数が多すぎます、きっと“仮影憑き”です、何者かが、いえ、きっと黒魔術師が洗脳をしているのでしょう』

アーメィ『どうする?!』

ロークゥ『地下へ!!体制を立て直します』

アド 『地下って、魔人を起こしてどうするんだよ』

ロークゥ『それについて考えがあるんです』


 ロークゥのパーティが、息をつくまもなく、襲ってくる盗賊たちと戦う。幸い彼らの魔術による洗脳はよわく、時折敵味方関係なくかみついたり、くみついたりする。彼らは純粋に欲望にとらわれていて、かろうじてドイドやら、黒魔術師の命令を聞いているようだ。だが村中はパニックでそこかしこで悲鳴が聞こえていた。やがてゾンビを交わしながらマナツリーの傍へとくると、呼吸を荒くしながらロークゥが叫んだ。

ロークゥ『地下への扉をあけて逃げて!!』

ジャック『!!ロークゥさん、あなたは!?』

 ロークゥが最後尾にいて、襲い来る盗賊ゾンビをなんとかしのぎ、皆の避難を優先させた、ドイドの指示だろうか?積極的に、デミドと自分たちのパーティが狙われているようなので、彼らを地下へ避難させることにしたのだ。ロークゥがすかさず叫んだ。

 『ジャック!!あなたなら可能なんです、地下にあるものはヘックやドイドのいうような“負の遺産”ではない、私の見方が正しければ、消して人に害を及ぼすようなものではなかった、私はこの村のかつてあった別の側面が眠っていると考えます!』

 『どうすれば?』

 『乗るんです、地下にあるモノに』

 『つまり、地下にあるのは兵器だと?』

すこしうつむくロークゥ。

 『それは間違いありません、きっと“魔人”に関するものでしょう、ですが、黒魔術師の手に落ちたというよりは、他の歴史の……高等マナ使いでしか知りえない歴史の産物かもしれません、あなたはその兵器を引っ張りだしてくれるだけでいい、私にその兵器の燃料を、“純粋な原初のマナを”少しわけてさえくれれば、……この状況をひっくり返してみせましょう』

 ロークゥが大真面目な声のトーンをだして、冷静に語るので、もしかしたらそれは可能なのかもしれないと彼は思ったのだった。一行はロークゥとアド、アーメィに守られながらマナツリーに近づき、地下への扉にふれた。鍵は老婆デミドのものを使った。

 《ギィ》

 地下への扉がひらかれる幸いパニックになった人込みが邪魔になり、ドイドたちは思うように身動きがとれないようだった。


 『絶対についてきてください!ロークゥさん』

 戦闘中のロークゥにジャックが叫ぶ。ジャック、アド、アーメィが非難する人々を地下へ順番に案内して押し入れる。地下は案外広く、避難してきたデミドにデミドの従う貴族たちとジャックとアズサが入れた。ロジーはドイドの部下が抱えていて救出できなかった。ほかに数人、襲われていた人々を地下へ押し入れることに成功した・


 地上付近ではアド、アーメィが加勢して最後尾でのロークゥをフォローしてたたかいつづける。

ロークゥ『私がくいとめます』

アド 『だめだ!!僕がやる!……いつかみたいに、あなたひとりにして“悲劇”を招くわけにもいかない!』

アーメィ『そうよロークゥ、この村でもいったでしょ、“一人で何でも抱え込まない”』

ロークゥ『……そうですね……それじゃあ、アドさん一緒に戦ってください、アーメィさんは地下の人たちを守って

 ロークゥは何かに気づいたように叫んだ。

 『そう!!アーメィさん、地下のアズサさんに今からいう伝言を伝えてください、ジャックさんが下層、“限界層”への扉をあければ、この状況を打開できるはずです、私の想像通りなら』

『あなたたちは?』

『しばらく押さえたら、すぐに合流します』

『でもロジーさんが……』

 ここはロークゥの代わりにアドが答えた。

 『必ず助けだせるよう、余力は残しておくよ、そのときは3人で戦おう』

 アーメィは承諾し、走りさる。それからはアドとロークゥだけで、入口の前で、奮闘をつづけることになった。

アド 『きりがないですね』

ロークゥ 『ええ!』

 まるでゾンビ映画のように、あとからあとから湧いてくる盗賊たち、ロークゥが判断をきめた。

 『倒し切るのは無理です、この一軍をたおしたら地下へ撤退しましょう』 

 『了解!!』

 それから5分ほど戦うと、アドは背後にいるはずのロークゥが返事をしないことにきづいた。

 『ロークゥ!!ロークゥ』

 ロークゥは音もなく地面にパタリと横たわり気を失っていた。幸い死んだと思ったのか、盗賊たちはロークゥを無視してアドにばかりくみついてくる。

 『くそ!すぐに地下へ、合流しよう』

 それからアドはロークゥを肩に背負い、地下への扉をこじあけ、ロークゥを押し入れると、扉をとじ鍵をしめた。地下への階段を下りはじめる。


 アドが合流するとすぐにアズサがかけつけてきた。アドが背負っているロークゥの様子をみて叫ぶ。

アズサ&ジャック 『ロークゥさん!!』

アド 『大丈夫です、ちょっと力を使いすぎたみたいで……』

 それでも心配そうなアズサがロークゥの背中をさする。

 『彼女は、必ずすぐに意識を取り戻すはず、彼女はいつも不可能なことには手を出さないし、マナツリーを調べたときには何か当たりをつけていたはずです、ジャックさん、ジャックさんが戦うときめたなら、僕らはどこまでも支援します、ロークゥさんに意識があればこういうはずです、私たち旅人・放浪者は、村から村を旅をして、情報を運び、村々の関係をつないで、何かを与え、与えられる、そうしてやっと得られる自由のためにいきているのだと、だからこの村に招き入れられた時から、その程度の覚悟はあるのです、何があろうときっとその生き方に後悔はないでしょうし、僕も同じです』

 しっかりとジャックをみつめるアド、アーメィも同じ気持ちだったが、緊張が当たりを覆ったので、アーメィが空気を換えようと話をする。

 『地下にも少しゾンビたちがはいってきたけど、私がほとんどかたずけた、この辺のゾンビたちの武器は全部うばったわ、もっとも、こっちには戦える人間はすくないけどね』

 地下にも少し盗賊が入り込んだようで、地面には、盗賊が倒れていて、しかしデミドと貴族たちは静観して状況をまっていただけだったようだった。


 しばらくたち、アドがロークゥを介抱することになり、アズサはジャックを“限界層”へつながる地下に送り届けることになった。ジャックはその間も、アズサに先ほどうけた傷の応急処置をうけていた。


 地上とつながるひとつめの扉が外側からたたかれる。どうやら次のゾンビの大群が現れたようだ。アーメィが叫ぶ。

 『はやく、奥へ、扉が破られるかもしれない、打開するには、ロークゥを信じて』

アズサ 『はい!』

ジャック 『うう!なんとか、がんばります』

 扉が開き、ゾンビたちがはいってくる。アドが手を触手に変えてそれを伸ばした。その触手が盗賊たちをはがいじめにすると、アーメィが武器を構える。彼女は“人”をうてないため、すべての“武器”めがけてアーメィが矢をつがえた。その間にも、アズサとジャックは、さらにその奥にある扉から細い階段をおりていき、さらに深くにあるだろう地下を目指した。

 (ロークゥ、早く起きてね、あなたの力が必要よ)

 アーメィとアドはひやひやしながら、自分の力を使い終わるまえにリーダーが目覚めることを切に願った。

 

 その数十分前。地下の奥深く、二人の男女がたどりついた。2メートルほどあろうかという巨大なさびた鉄扉、幾何学模様が刻まれ、魔法陣が真ん中にひかっている。扉の前にたちつくす二人、満身創痍のアーメィと、マナの治療を受けたとはいえ、外見はボロボロの体のジャック。彼が扉の隙間から何か、薄い霧上のものがでていることにきがついた。

ジャック『本当に大丈夫だろうか……ん?何かもれだしている』

 隙間から黒い霧が湧き出している。しかし、その奥から光に満ちたマナの感触も感じた。霧のような、やわらかくつめたい感触、しかし湿り気はなく、不思議な感じだ。

  『これは??』

  『ああ、黒霧に光霧だね』

 ジャックがアズサにといかける。ジャックは体に傷はたくさんあるが、体力はほとんど戻ったようだった。

  『ジャック、本当にあなたが戦えるの?』

 アズサが心配そうに様子をみるが、ジャックはかまわず、鍵をもって扉の前にたち、扉に近づくと目の前に光る魔法陣が浮き出てきた。

 『ジャック、無理しないで』

 『ああ……』

 なんだかその魔法陣にはなつかしさすら感じた。これに触れて、ドイドの部下はおかしくなったのだろうか?しかしまるで嘘であるかのように美しい魔法陣だった。

 《スッ》

 それに手をかざすと、瞬間、ジャックに電撃が走った。

 『う、うあああ!!』

 『ジャ、ジャック!!』

 『大丈夫!!?大丈夫?』

 ジャックは頭を抱えて地面につっぷす。そのジャックの耳に声が響いた。

 《若者よ、青年よ》

  心配するアズサをみあげる、しかし声にアズサは反応せず、この声は自分にだけ聞こえているのだとさとった。

 『こ、声が』

 『ジャック!!大丈夫?』

 『だ、大丈夫、少し驚いただけだ』

 立ち上がるジャック。

 『う、うう……』

 《扉の前に立つものよ、この鍵をあける覚悟はあるか、真実が君の欲するものと違っても》

ジャック『ある……』

 誰だ?という問いよりも早く、ジャックはこの状況を変えるために、返答を急いだ、藁をもすがる思いで。

アズサ『……?何をいっているの?』

 扉の前で立ち往生する二人。不思議そうにジャックを見つめるアズサ。

《この先の部屋は、下層へとつながる“限界層の一角だ”。ゾーンの地脈が現れ、原初の白きマナと黒きマナが共生する、原初のマナ多数存在する。光と影が交わる原初のマナ、icnm※(Imaginary Chain Nano Machine)が人の思考によって変形し、人間は自我や意識を持ち続けることすら危うくなる、それでも君が、長老が地下へ、この村の過去にアクセスするのなら、強い意思をもって、鍵を穴に差し込むんだ》

 ジャックは、わたわたと手をうごかし、自分が今いる状況をアズサに説明しようと試みる。

 『大丈夫だ、多分この扉、これをつくった人の言葉が、いま……脳内に』

 『ジャック、大丈夫なの……本当にこれをあけてもおかしくならないの?』

 『大丈夫、ちょっと僕にまかせてみてくれ』

 アズサは二人から話しかけられている状況を察したように、心配する心を少しおさえて胸に手をあてて、願いを込めるような格好になった。

《原初のマナの危険性はわかるか?覚悟はあっても強いマナにあてられ、人は病になることも、マナ使いや亜人になることもある、それでも進むのか?》

 『進む』

 彼の決意はかたく、やがて扉の前の声も静寂につつまれた、それが答えだとジャックはさとった。

 『ありがとう、アズサ、君のくれたこれのおかげで正気が保てそうだ』

 『え?』

 ジャックは胸元のアクセサリーをにぎった。これはずいぶん昔にアズサが、心優しいジャックが、長老になってもその姿勢が変わらないようにと、願いを込めてこしらえてくれたものだった。アズサは、ジャックにとって幼馴染であり親友でもあった。

 『いってくる』

 鍵穴に鍵をさしこもうとした。

 『まって』

 アズサは少しうつむいて答えを練りだそうとしていた。数分がたち悩める少女は答えをだした。

 『あたしもいく』

 『っ……』

 驚き、説教するような顔になったジャックに向かって、その言葉の出かかるのを遮るように、アズサはまっすぐ前を向いた。

 『危険は十分わかっているわ』

 『でも君は、僕は君のために、この村に君がいたから……』

 ジャックは頭をかいて、彼女を説得する言葉をさがしたが、でてこなかった。

 『ジャック、あなたこそ大丈夫なの?もしかしたら、先代が差別した“亜人”や“マナ使い”になる事もあるんじゃないの?』

 『ああ、けれど、ははは』

 『何わらっているの?』

 『プロテクト!!』

 アズサは驚嘆の顔をみせた。それもそのはず、普通の人間だと思われた村長が、魔術をつかったのだ。今目の前で。

 『これって……どういうこと?“そんなことしていいの?”』

 アズサの反応に少し違和感を感じたジャックだったが、気が動転しているのかもしれないし、今はそんなことを言ってる場合ではなかった。

 『村の人たちにはずっとだまっていた、村長はそういう決まりだから仕方がなかったんだけどさ、代々そうなんだ、これが事実だ、あとで皆にも話すよ』

 『つまり何を?』

 『代々村長は、“マナ使い”だったんだよ、秘密や嘘は、ずっと僕らの傍にあった』


 やがてジャックが、扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。

 《キーワードを、いれてください》

 アズサにも聞こえる声で扉が応答した。

 “キーワードは?”

 ジャックは脳内に呼びかけた。だが返答はなかった。しかしジャックにはひとつここと当たりがあった、ふるいふるい記憶。自分が子供の頃に、先代がこんなおとぎ話を話してくれた。“清き村の地下には、人々の秘密が眠る、秘密が目を覚ますころ、人々は清きものではなくなる変わりに、もっとも尊敬すべき長老に出会う、その長老だけがしっている、地下の扉をあける言葉”そして、きっとロジーが自分の命を危険にさらしてでも叫んだあの言葉こそが、鍵。

 『もし“清き村の地下”の開かずの扉にぶつかったとき、その扉をあける言葉は……』

 ジャックは一呼吸おいて抑揚のない声でつぶやいた。

 『長老』


 扉が開く。すると白く光る霧と、黒い霧がその向こうからあふれ出してくるのだった。


 下層への扉を隔てた向こうでは、ロークゥと、ゾンビのような盗賊の“仮影憑”きたちとの戦いがひと段落つき、一行は地下への扉を内側からしめ結界で補強した。以前外側から扉をこじあげこうとする音と声が聞こえる。

アド 『マナが背後から流れ込んでくる、きっと彼らは』

 丁度そのころ目覚めたようで、抱きかかえられたアドの腕からおきあがるロークゥ。

アーメィ『ロークゥ、あなた大丈夫なの?』

ロークゥ『……大丈夫です、それより、夢をみました、あの二人……今きっときっと彼らは“鍵をあけた”はず』

アーメィ『ええ、強い“原初のマナ”の感覚を感じるわね、大丈夫かしら?』


 丁度同じころ、ジャックとアズサは扉の内部へと侵入をはじめたばかりだった。薄暗い部屋、四角形にくりぬかれた一片が5メートルはあろうかという部屋。その部屋は限界層のある区画だといわれたが、そこには足の高さほどまで、黒い霧と光る霧がたちこめ、そしてなによりそれより少し感触のあるもので満ちていた。少年が叫ぶ。

 『見て、icnmだ』

 ジャックが地面に手をかざすと、足元に霧のようにたちこめていたものは、霧よりも少し重みがあり、湿気はなく、浮遊する埃のようだった。やがてそれは形を変化させてぐにゃぐにゃと歪んだ。次に形を落ち着かせたとき、それは、ジャックの顔をしていた。まるでそこにいま、唐突にジャックの想像した像が濃い霧か埃によって生成されたようだった。icnmは、人の想像に合わせて形を変えるとされる、それが夢なら夢として、それが悪夢なら悪夢として……。

 『こんな顔になったけれど、これで僕だとだれも疑わないね』

こんな状況にいても、変わらないジャックにアズサは少しわらった。

 『あなたならきっと大丈夫ね』

アズサがふと、気配を感じ何かに気づく。

 『ジャック……何かあるわ』

 その奥には暗がりの先に、何か巨大な影があることを認識できた。二人は手をつなぎ、奥へとすすむ。そこには腰をおろした巨人がいた。

 『これは……』

 息をのむ二人。巨人、いや実際には、それらしきものだ。巨大な影を下ろす、大きすぎる鎧のようなものがあった。よく見るとそれは骨格と昆虫の口角がまじったような、しかしどこか生々しさもある巨大なロボットのようだった。胸元に透明のコクピットがあった。

 『兵器だ、まさか“魔人兵器??”』

 『そんなわけはないわ、ロークゥさんから伝言を頼まれて、これは村にゆかりのあるものだと、だから危険はないはず、これに乗り込んで操縦をしろといっていた、コクピットには、ある作用があり多少の傷なら治癒させると、その代わりに“約束”を守らないと……あ、まって』

 言葉を無視し勢いよくコクピットに飛び乗るジャック。

 『ジャック、約束して、きっとあなたはその中で“夢をみる”それは試練なんだって、あなたの夢にはあなたの夢を破るための“キーワード”があるから、それを忘れないで、約束を守り、夢がさめるまで、コクピットをあけてはいけない』

 巨人に乗りこんだジャックをおって、胸元のコクピットによびかけるアズサ。

『もうひとつ伝言を頼まれていたわ』

『何?』

 ジャックは急いでコックピットのベルトをしめる。またもや何かにとりつかれたように、やはり脳内に声でも響いているかのようだった。

『何をみせられても信念をまげず、あなたはあなたであれ、それと私からも』

 ジャックに何かを耳打ちをするアズサ。ジャックはそれに答える。

 『ああ』

 アズサに言われた通り、胸元のペンダントをぶっちぎって、左手にかかえた。

 『わかった』

 ジャックはコクピットをとじた。



 コクピットは、icnmに満たされていた。原初のマナの高濃度を意図してつくられているようだった。限界層の話は誰もがしっている、限界層は光と影の霧に満たされていて、icnmが満たされている、高濃度のicnmは人間に一種のトランス状態をもたらすのだという。そして前後不覚、時間軸を忘れたすさまじい集中力をもたらす、“ゾーン”に入る。しかしそれは危険を伴うため、地下に旧文明の埋蔵物があろうと、人々はたやすく掘り起こすことができないのだ。アズサだって、早くジャックがこの問題を解決しなければ危ないかもしれない。

『しかし……この巨人は、いったい何のためにつくられたのだろう』

 誰にとうでもなくつぶやく、答えはなかった。ただ意識が次第にもやがかかったように薄くなり、やがてもうろうとしはじめる、コクピットをあけたい衝動にかられる。ジャックは、それと気づかないうちにコクリコクリと舟をこぐように意識を失ったのだった。


 『これは……夢?』

 いつの間にか回りが霧に包まれ、自分と父が、白い、ただ白いだけの地平に立っているような幻覚があらわれた。

 『父さん……?父は僕と同じだ。いや父と僕は違う、どちらだったろう?』

 自分が語っているが、でも自分が語っているとは思えない、誰かが自分の口と頭をのっとって、自分のかわりに言葉を紡いだような感じだった。

 (いったい何だ?誰かが僕の口を使い何をいっているのだろうか?さっきの頭の中の男か?)

 すると頭の中に男の声が響く。

 《そこに宝石箱があるだろう?それをとって、ロゴス・キーだ》

 『ん?キー??』

 《ただの言葉のまじないだよ、宝箱の中に紙がある、目覚めるためのキーワードだ》

 (ああ、アズサがいっていたものか)

 たしかに宝石箱が、途方にくれてたつ自分と父との間にあって、膝丈ほどのちいさな土台の上におかれていた。彼はあゆみ、それをあけると中に紙があり、彼は中の紙にかかれたものを読み上げた。

ジャック  『兄弟』

脳内の声 『覚えておきな、それが目覚めるためのキーワード』

 紙をしまい、箱をとじると、土台から顔をあげると、父がその向こうで笑っていた、それも気味悪く、先ほどと違い黒い影に包まれた父が。

 『父さん』

 『いや、俺の名は、兄弟殺し、さ』

 突如、黒い影につつまれた父がふりかえり、ジャックは父に頭をつかまれたのだった。とたんに、ジャックの中に黒い記憶が流れ込んできた。のちに語られる、父の暗部が。 

 『嘘だ!!』

 目を覚ますとジャックはコクピットの中にいた。

 『いやだ。だしてくれ』

 狂ったように暴れるジャック。まるで自分が自分じゃないかのような意識の中、体だけが慌てて自分を支配して、衝動にかられコックピットの淵に手をかけた。頭の中の男が叫ぶ

 《あけちゃだめだ!!》

 バッ、コックピットがあけられた。と思った瞬間、あたり一面真っ黒になった。


 次の瞬間、また先ほどの白い霧に包まれた空間に戻ってきていた。 

 『またさっきの霧の夢のなかだ、白い、ただ白いだけの……僕は、気分が動転してコクピットをあけたようだったが……』

 《白昼夢さ、君はコクピットをあけていない、まだゾーンの中にいる》

 ジャックのまえには、さきほどまでいた父の姿も、土台も宝箱もなく、霧をかきわけて白い光に包まれた男が現れる。男は、声の主をなのった。

 《俺が、“魔人兵器”の“サイコ魔人デーモン”の初めの開発者だ》

 『サイコ魔人デーモン??』

 《ああ、これは、その後に人類を滅ぼした兵器のプロトタイプさ、まあ今はいい、とりあえず、君の記憶をみせてくれ、君の夢を見るために》

 男が声の主とわかったので、ジャックは彼に手を伸ばした。男も手を伸ばし、握手をすると、またもや意識は時間と空間を飛び越えたような、混乱した状態の中へ入っていった。


 幼稚園の景色と黒い小さな人影がみっつ、まるで演劇に添えられたハリボテのように浮かび上がった。幼いころ、砂場でジャック遊んでいる記憶。次の日ある式典があるので、彼は友達にいい友達を自分の席に招待しようとした。


ジャック『同じ席にすわろう、同じところがいい』

 ジャックは幼馴染のアズサに憧れていた。誰にでも優しく、亜人とも、マナ使い友仲が良い、そして誰からも尊敬されていた。彼女のようになりたかったのだ。だが彼のほうはそうもいかなかった。

友達A 『何をいうの?あなたは長老なの、私たちより特別なの』

友達B 『君とは同じ席には座れないんだよ、君は特別だから』

    (なぜ自分は人と違うのだろう)

 友達にも距離を置かれたようで寂しかったが、無理やり、式の最中に自分の持ち場をはなれ、いろんな人々の席をまわったものだった。物心ついたときには、そういう事をすると父にひどくしかられ、どやされたものだった。


 それから彼は、外の世界に憧れるようになった。旅人に憧れるようになった、この世界での旅人は“放浪者”と呼ばれる。どの集団や地域にも属さずただ、旅をしながらこの世界と対話して生きている。


 成長するにつれ、父は厳しくなり少しでも身分の違う友達と遊ぶとこういわれた。

『お前は村長らしく振舞わなくてはならない』

 亜人やマナ使いに優しくするとこう叱られた。

『差別しろとはいわない、しっかりするんだ、彼らとお前の地位は違う』


 だが父親は優しい部分もあった。自分の秘密を守ってくれたのだ。

『お前には秘密がある、お前はマナ使いだ、私との約束だ、もしもの時にはその力おを使うといい』

そうして、毎日毎日こっそりと地下で、マナ使いとしての練習をしていた


 大人になるにつれ、父のやさしさや村長の責務にも気づき、自分の身分にも納得がいくようになっていった。父は、母が亡くなって以降人がかわったようになり、自分にも厳しくなったし、亜人やマナ使いをより一層厳しく扱った、けれど、それへの反発もあり、ジャックはどこかで自分にだけわかる仮面をつくった。それはひょうきんさ、それはたよりなさ、何も考えてないように見せることで、“人との違い”を最小限に見せるようにする、誰にも、そう、父にすらきづかないように相手を立てる方法がソレだった。だから人には優柔不断にみえる。そうして彼は“頼りない村長”になろうとした。


ふと意識がまた白い霧の空間へと戻る。例の声が響く。

《それじゃあ、君の父の記憶を見てみよう》

 ふと目の前に現れたのは霧に包まれた誰かの記憶。またもやハリボテのような情景で描かれたそれは、どうやら幼い頃の父のようで、どこか自分に似た面影があった。


 少年のころ、落書きをかいてばかり、外の世界に憧れていた。自分と周囲の子供の扱われ方に違和感があり、父に反発ばかりいた。反発をするたび父に叱られていたようだった。

 『お前は自覚をもつべきだ、お前は特別な人間なのだ』

 (あれ?似ている、けれど父の頃のほうが、祖父が厳しかったとはきいたな)

 その通りで、手を挙げられることさえあったようだった。黒い二つの影、一人は幼少の父、一人は祖父で景色は座敷、粗相をするたびにビンタが飛んでいる様子だった。


 やがて、成長するにつれ村長の息子としての立ち振る舞いを常にもとめられ、村の生活に嫌気がさしていた。付き合う友人も、わざと身分の低い人ばかりを選んだ。反発が理由でもあったが、気のいい奴が多かったのだ。青年となると初めて恋人ができたが、後で判明するのだがこの恋人がくせものだった、恋人は身分をいつわっていて、わざと身分が低い人間になりきっていて自分の気を引いたが、本当は貴族の出身だった。ある時父に招かれた地主やら貴族、お偉い方の集まるパーティが終わったとき、何やら父と彼女が親しげ二話していたので、酔っ払いつつも父と彼女の盗み聞きしていたところ、内容を精査するに彼女は実は無理やり父に用意された相手だったという事らしかった。そうして彼は初めての彼女と別れた。

 《全部父の言いなりの人生だ!!》

 ハリボテの父が叫んだ。

 

 それから、大人になっていく段階で少年時代のある秘密もあり、しばらくの間心を閉ざすようになった。信用できるものも少なくなっていった。


 だが、ある日心優しい女旅人とであった。父は彼女を気に入り側近に、ほかの侍従、側近たちは反対したが強引に仲間に引き入れた。彼女の存在を知った先々代―祖父は先手をうち、あるとき―この村でのシャーマンの肩書を、亜人とマナ使いの実質唯一の肩書とし、彼らの地位を下げた―そう、旅人はマナ使いであり、そこに放り込むことによって、先々代は、父がマナ使いと友人になったというその一件をなあなあにし、人々の視線を交わし、そして先代が側近にいれた旅人の権力を弱めようとしたのだ。もともとこの村はマナ使いや亜人をそこまで差別していなかったが、貴族や村長など村の偉い役職の人間の仲では、彼らと距離を縮めることはご法度だった。そのころから先々代と先代の不和ははじまり、やがて先々代が病にふけり亡くなる、すると先代は、旅人を妻にめとる、それがジャックの母親だった。それはずっと秘密にされてきたことで、ジャックでさえ今しったのだった。


 景色はかわり、見覚えのある父の部屋、ジャックは目の前に、自分が知っているよりずいぶんと若い姿の、正装の父親がいることにきづいた。部屋の中央にいて、椅子や机があるのにそわそわして、歩き回っている。しかしそれは薄っぺらい影であり、ふれるとふわりと姿を変えてしまうので、机に後ろでをつき黙ってみていることにした。

 『本物か?』

 尋ねるも返答はなく、その向こう、霧の中から、若かりし頃の母がやってくる、それも影だが雰囲気と声で母とわかる、そして、妻の前でに父はひれふし、こういったのだった。

 『どうしたの、あなた』

 『妻よ、あなたに隠していることがある、結婚前にこの村の秘密を白状しなければいけない、この村は、村長の息子が双子だった場合、幼少期に殺し合いをする必要がある、そして私は双子の兄だった、私はつまり……私は“兄弟殺し”です』

 勇気を振り絞り告白した父の手は震えていた。それは先ほどジャックが瞬間的にみた内容と一致していた。


 その頃、ロジーは、最初の式典のあった場所の近く、またも図多袋をかぶせられ、林の中につれていかれていた。

 『袋を外せ』

 袋の外でヘックの声がした。彼が図多袋を外されると、自分はヘックの前にひったてられていた。両肩を傭兵たちにかかえられ、ヘックの前で、立膝をついている。ヘックはそのロジーをぼろぼろの体で、傷だらけの足と反対、動くほうの足でけとばす。

 《ドガッ》

 『うっ』

 『おい、なぜ出世できたと思う、従順なだけのお前が!!お前はこの村に何を期待していたんだ、あのバカのぼんぼんの村長の息子に』

 けとばされたロジーは、ものもいわず体を立て直す。

 『私は変化をまっていた、それは緩やかな変化だ』

 『なぜだ、長老は嘘をついて村人を裏切ってきたんだぞ!!』

 『ジャック……あの子だ、あの子は、思慮深く、暗い過去も持たない』

 『あの子だって隠し事を守った、先々代と先代がそうしてきたように、やつらはマナ使いや亜人を自分の身内にいながら、それどころか……なのに、それに同じように差別をしたぞ』

 『だが、彼は亜人やマナ使いに自ら手を下さなかった、彼は、理解しようとした、心優しい幼馴染のアズサを通じて、同じ境遇にあるものの事を……仲間だと考え続けた』

 『くっ……』

 返答が癪に障ったようで、ヘックはロジーの頭をヘックがおもいきり、再度蹴飛ばした。

 『うっ』

 蹴り飛ばしたヘックも、苦痛に顔をゆがめる。ヘックのほうも先ほどの戦闘で傷だらけになり、部下に治療を受けている最中だったのだ。


 その頃、ゾーンをみているジャック。

  『これは夢だ!!急がなければ、俺の大事な人が危険なんだ!!』

 頭の中の男が応答する。

  《……キーワードは?》

瞬間、白い霧に満たされた空間にもどされる。ジャックは声をはって唱えた。

  『兄弟!!』 

 しーんとするその空間。先ほどまでいた脳内の声も返答をしない。

 『キーワードをいったのに目が覚めない??』

 《……》

 ジャックの前に現れたのはにやりと笑う影、その影は、父にも、自分にも似ていた。

 『ジャック、この村はもうおしまいだよ、お前は、お前の兄弟分であるロジーと父にお前の責務と責任をおしつけてきたのだ、お前とお前の父はうりふたつだ』

 『違う!!俺は!!父の強権的な姿勢に反発するために!!優柔不断を演じただけだ、お前はだれだ』

 影はやがて、icnmのように自在に姿をかえ、ジャックの正面で彼と同じ顔をして叫んだ。

 『そうだ、もっと怒れ、それでこそお前だ』

 夢の中のジャックが黒い霧に満たされていく。どこかからかすかに脳内に響く声がきこえたが、どうでもいいような ―破壊衝動と破滅衝動が― 自分の体全体を包むようだった。どこかの城、黒い霧につつまれた、若い若い、皇帝の姿が一瞬、脳裏をよぎった。

 『ここに何か用か?若人よ』

 (皇帝?マズイ……“取り込まれる!!”)


 その瞬間だった。掌に痛みを感じた、手の中を開く、ちぎれたネックレスがある。

この兵器のコクピットに乗り込むときにアズサと交わしたやり取りがふいに思い出された。アズサにいわれ、彼は自分でネックレスを引きちぎったのだった。あのとき、アズサにささやかれたこと。

 (ずっと嘘をついて黙っていたけれど、あなたのネックレスは本当はつけておくだけでは意味がない、この村の古いおまじないなの、ネックレスをやぶって握り締めて、一度だけ、そうすることであなたを守るはずよ)

 コクピットに乗り込むときに、アズサに教えられていたことだ。ちぎれたネックレスは、一部破片となり、ジャックの手に傷をつけた。ジャックは、意識がもうろうとし、現実と妄想を行き来しながらも渾身の力で叫んだ。

 『カギは……兄弟、兄弟!!』

 黒い幻影が苦しみ、頭をかかえて、その体全体が歪んで景色にとけていく。

 『おのれええ!!このまま“ゾーンの一部”になればよかったものの!!たかだか人間ごときが!!あの女!!あの女が、またもやお前を邪魔するのかあ!』

 断末魔が響いた。そして脳内の声もまた聞こえるようになってきた。

 《ジャック!!おおジャック!!早く意識を取り戻すんだ!意識をしっかりと!!》

 『う……うう』

 精一杯、何らかの目的と意図をもって、彼は、脳内の男は叫ぶ。

 《ジャック!!こっちは現実だ》

 脳内の男のいった通り、彼はぼんやりと、現実ではコクピットの椅子に座っている感覚があった。何度も夢と現実の意識の境目をかいくぐった感覚があり、やがて、思い切り体を動かそうとしたとき、感覚は完全に取り戻された。

 『あんたは……』

 コクピットにあるハンドルのひとつをつかみ、のけぞっていたからだをおこし、目を覚ますジャック。

 『ああ、もう大丈夫……戻ってきたようだ』

 やがてジャックは、それまで意識を失いけぞっていた体を起こした。その瞬間、彼は目の前にふわふわとうかぶ、何か妙なものを、クモの巣のようなグレーの糸をみたた。

 『クモの巣?イヤ……』

 しかしそれは奇妙なもので、ゆらゆらとゆれるだけではなく、無重力の水のような性質をもっていた。内部の液体のようなものは、意思をもって一方向に流れを持っていた。

 『これは……』

 それは、地脈のゾーンだった。地脈のゾーンは、icnmの自然発生的な流れである、結界のように限界層に張り巡らされ、地下にいくほどこくなり、その下へ今の人類が進めないようにしている。その下にはさらに高度なロスト・テクノロジーがあるとされる。ふとその地脈のゾーンに触れた瞬間、ジャックの頭を記憶がよぎった。


ある兄弟が、スクラップの山を目の前にして会話をしているようだ。細長い建物が、空高く、雲の高さまで伸びている。今では考えられない“過去”の風景だとそれで悟った。旧文明の記憶だろうか。

“今日からこのコロニーの標語は“兄弟とともに”だ”

“そう、今日ここからここには、兄弟愛を持つものだけが集うんだ”

 一人がバンダナをまいて作業着をきて、もう一人がパソコンを持ってスーツをきている。仲のいい兄弟のようで、互いにグーを突き合せて、タッチを交わした。正面をみるとそうして二人は、ジャックがのるこの魔人兵器と対面していた。スクラップの山の前に立ち上がる巨人と、きっと、この二人が開発者なのかもしれないと思った。

 《ゴンゴン!!ゴンゴン!!》

 コクピットをたたく音、コクピットの外で、アズサが再び現実に引き戻す。

 『ジャック、ジャック!』

 (アズサ、これは……現実か……)

  頭の中の男がいう。

《もうコクピットを開けても大丈夫だ、君は“この兵器”の搭乗者にえらばれた》

 『あ、ああ』

 コクピットを開けて抱き合う男女。

 (先ほどみたあれは“旧文明の記憶”だろうか?なぜ、僕にあんなものを見せたのだろう)

 ふと、意識を戻すと、そんなことを考えながら、ジャックはアズサに、自分の後ろについてくるようにいって、上層への扉へと向かった。




 丁度同じ頃、ロークゥのパーティは、扉の外から響き渡る、ゾンビのものとは違う叫び声を聞いた。

 『ロジーが危険だぞ』

 それは先ほどまで聞いていた男の、亜人ドイドの声だった。

ロークゥ    『卑劣な!!』

アド、アーメィ 『ロークゥ、だめ』

 ロークゥはいてもたってもいられず先走り、地上へとあがる階段を上り扉を勢いよ くあけた。

アド、アーメィ『いかないで!!』

 だがおいかけようとしたアドとアーメィを押し戻し、自分ひとりだけ地上へ上る。そして、また扉をとじようとする、扉をとじる寸前で大声で叫んだ。

ロークゥ 『罠だとわかっていても、時間を稼ぎます、必ずジャックさんは戻ります、それまで持ちこたえてください!!』

 バタン!!。地下の扉は再びとじられた。 


 ―地上では。

 『クックックック』

 ロークゥが、望み通り出てきたのを見て、扉の前で、一人たっているドイドがにやにやとわらう。

 『お前、皇帝に気に入られているらしいな』

 彼はロークゥに向けて、渾身の力をこめ石を投げる。だがロークゥはすさまじい速度の石を何の問題もなく片手で捕まえた。

 『チッ……おい、つかってみろよ、その力』

 ドイドは次にまたもや、今度は石をいくつも瞬間的になげた。

 《シュ、シュシュシュッ》

 それもすべてよけるロークゥ。一瞬その背中に、黒い羽が現れたようにみえ、ドイドは瞬間、背筋に寒いものを感じた。

  (こ、皇帝!!?)

 が、にやり、と不敵な笑みを浮かべる。彼はポケットから黒い錠剤をとりだし、飲んだ。

 『これを飲めば、恐怖などなくなる、恐怖など……』

 やがて彼はヘックと同じように、黒い影をまとう獣になり、遠吠えをした。体のあちこちから黒い毛のような、黒霧がにじみ出る。四肢がのび、爪を伸ばす。耳も伸び、体毛も伸びる。迫力が増したようにみえた。

 『グォオオオオ!!アオオオオ!!』

 ロークゥは微動だにしない。

 《ダッ》

 次の瞬間ドイドのバネのような足が地面をけ飛ばし、すさまじい身体能力をみせ、右側に弧を描きながら常人には捉えられぬ速度でロークゥの背後へと走る。彼はすぐにロークゥの背中をとった。しかしロークゥは、その背中をふりむきもせず、しかしそこに敵の居るのを察知するようにささやいた。

 『……私の力……本当に使っていいのですか』

 《ゾクゾクッ》

  それを聞いたドイドは、薬の成果か先ほどまでとは違い恐怖を忘れ、それは快感へと変わっていた。

 『使えよ、ペテンが』

 『いいでしょう』

 ドイドがロークゥと距離をひらき、やがて合意したように互いに円を描き、じりじりと距離感を詰めようとする。その時ドイドが口をひらいた。

 『決闘をしよう。三秒かぞえる、めをつぶっておけ、戦士同士の決闘だ、この村の伝統通りのものだ、お前とそれで正々堂々と戦いたい』

 『……いいでしょう、裏切った場合、罰は免れませんね』

 ドイドも、ロークゥも目をつぶる。ドイドロークゥに数を数える役を譲った。ロークゥは目をつぶり数を数える。

 『3、2……』

  そこまで数えた時だった、ドイドは目を開き、フライングをする。すさまじい速度でロークゥに切りかかる。

 《シュン》

 斬撃が軌跡を残し、ロークゥは微動だにしなかった。だがドイドには、すれ違ったその瞬間ロークゥは、わずかばかりドイドの腰当たりに手を伸ばしたようにもみえた。ドイドはロークゥに切りかかったあと、しめしめと笑って勢いをころすために地面を両手で抑えたのだった。だが、その両手をみつめ、首をかしげる。両手の平に妙な感触を覚えたのだった。

 『き、貴様、見えていたのか……』

 ロークゥは目を開いた。ドイドは苦痛に顔をゆがめた。

 『グヌウウウ!!』

 ドイドが手の平を開くと、切り傷がぱっくりとひらかれ、じわじわと、しだいに鮮血が噴き出すほどにひろがった。剣の切り傷。腰に差していたはずの剣がぬかれ、どうやらそれが彼女の身を守ったらしかった。

 『たまたま、ですね』

 剣が中を舞う。悔し紛れに再び、ドイドはスピードをあげ、ロークゥの背後に襲い掛かる。

 『グオオオ!!貴様よくもおお!!!』

 だが、先ほどの剣もあり、彼は一瞬ロークゥにきりかかるのをとまどった。

 《キッ》

 ロークゥが後ろをにらめつける。そのときだった先ほどロークゥが上空に意思すらないように放りなげ、宙を舞ったその剣は、回転しながら落下し、背後をとり、死角をついたはずの、ロークゥの背後にたったドイドの足をつらぬいた。

 『ぐわああああ!!!』

 『……これもたまたま』



 その頃、地下の扉の内側では、貴族たちとアド、アーメィがもめていた。貴族たちが口々にこう話す。

貴族A『降伏すれば、ゾンビ位はなんとかなる』

貴族B『今なら、まだ許されるかもしれない』

デミド『……そうだねえ』

 デミドは黙りこくって、相槌をうつのだった。

アド『デミドさん、あなた、きっとマナが使えるんでしょう?戦えるからの自身と、あなたの信者がそんなにいるんですよね』

デミド 『……』

アーメィ『あなたの息子さんが心配なのはわかりますが、どちらにせよ危険なんですよ、痛みわけをして自分たちの自由を守るか、それとも自由を放棄するか、この村の帰路に今、私たちは立ち会っているんです』


アド『デミドさん、そして貴族の方々にお願いがあります、地下からやがて村長がかえってきて、その時にこの扉は破られるでしょう、その時に、村の人々に我々を信じるよう説得してほしいのです、信念、もしくは信仰は、正しい力の源です、必ずそれはジャックの力になるはず、ジャックはもう心を決めているんです』


アーメィ『善いマナは信仰や信念、対して黒影は悪意や欲望、強すぎる原初のマナは、まるで人間の内面をそのまま映す鏡だった、薬でも毒でもあった、あなたたち貴族はご存じですよね?この村の過去を、この村は、マナニアの国々と帝国の戦争“魔人戦争”で使われた帝国に抵抗するための巨人が眠っていることを、あれは旧文明の遺産であり、帝国への協力どころか、抵抗のために国がよみがえらせたものです』

 やがて貴族がもぞもぞと内々での会話を始め、身をひそめると、堪忍袋の緒が切れたようにアドが叫んだ。

 デミド『……』

 アド『ジャックがあんなに傷ついて、この村のために責務を全うしたのに、あなた方は黙ってみているだけだった、そうやっていつまでも怯えているつもりですか!』


デミドは深くため息をついた。


 ロークゥは、地上に一人いて、倒したドイドの背後に目を向ける、すさまじい数の傭兵たちが、そして影憑きのゾンビたちがこちらをにらめつけていた。ゾンビたちがにやにやとわらい、貴族たちが勢いよく突進してくる。ロークゥは力を使いたくなかった。多くの人を傷付けてしまう力を、制御せず使う事をすれば、どうなるか、痛いほどわかっていた。

 『もう……黒い力を、解放するしか……ない』

 その時だった。機械音が地下から鳴り響く、それとともに、大勢の人が、武器をもって地下から這い上がってくるのだった。

アズサ『ロークゥ!!!』

 後ろから現れたのは機械。魔人兵器の……それとよく似たものだった。ロークゥは背中に流れるマナに、純粋な、とても純粋なものを感じた。すぐに敵に背を向け、背後から、地下からはいあがってくる、魔人兵器に近づいた。

ロークゥ『間違いない、原初のマナの感覚だ』

アド『早くこれにさわって、あなたのマナを安定させて、使いましょう』


 貴族たちがその後に続く、一行は先ほどまでドイドのいた檀上に急ぎ、一帯の安全が確保されると、その中の一人、リーダー格の貴族が檀上から叫び、人々に呼びかける。その間にも兵器は、襲い掛かってくる傭兵やらゾンビやらをすさまじいパワーと太い両手でなぎ倒していく。

 『村人たちよ、聞いてくれ』

 ゾンビや傭兵にくみつかれながら、襲い掛かられながらも、村人たちは、一人、また一人とその声に耳を傾ける。誰もがこの現状の変化を望んだ。それが何であろうと今の地獄よりはましに思えた。

 『我々は、我々はこの村が奪われそうになった当初……村長は何物でも構わないかと思った、だがしかし、本当にそうだろうか、地下には伝説が眠っていた、それは帝国とのつながりを示すものではない、我々貴族はしっている、古くから語り継がれる“センジュのマナミス”その言い伝えの元となったものだ、それは、魔人戦争でも使われたものだ、地下に眠るのは、秘密ではあったが、あれは、我々が抵抗する人々である歴史そのものだ、先代よりもっと前からこの村の地下にあった、帝国に協力した証などではない……』

 遠くの茂みでそれを聞いていたヘック。

 『ばかな……』

 彼は悔しそうに唇をかみしめた。貴族は続ける。

 『私は、私たちは、この村の村人でありながら、命をかけてまでこの村をまもろうとしただろうか?いやその必要があると感じていただろうか、だが、その必要があると考えたものがいる、村長のジャック、今は顔はなくとも、姿勢でその形をしめした、命を懸ける事ができるものこそ村長だ、そして顔形なき彼こそが、ジャックだ』

 その声は、観衆の中にどよめきとともに、小さな流れを生み出した。ある一人が拍手をはじめると、続けて拍手をするものがあり、その拍手が一層大きくなるころ、叫び声も聞こえてきた。

 『ジャック!!村長ジャック!!』

 『うおおおお、ジャック!!ジャック!!』

 村人たちは、呼びかけに呼応して雄たけびをあげる。

 『獣と戦え!!黒霧は意思のない証拠だ。信念をもて。我々のマナとマナの木を取り戻せ!我々には、味方がいる、見ろ、あれがセンジュのマナミス、かつて“魔人兵器”と呼ばれたもののレプリカだ』

 やがて魔人兵器は、歓声の中で、白い霧を纏いながら、襲い掛かる大勢の敵たちを、殺すでもなく、彼らが戦いの意思を失うまで、徹底的に打ちのめし続けるのだった。


 ロークゥ、アドは、魔人兵器サイコデーモンの背後につき、アドが手を広げた。

 アドの触手が、天高くのびる、それまでよりも長く、青く透明な触手が、まるで大勢の人々を救おうとするように、そのアドの背中にロークゥが手を当てて、触手を無数に伸ばす手伝いをする。制御を手伝い、魔力を送る。すると天上の触手は、それまでよりも長く、それまでより強靭なにしなり、敵をはたき、殴りつけ、押し倒した。瞬間的に、より多くの傭兵や仮影憑きのゾンビたちを倒した。


まるでそれはセンジュのマナニスのそっくりの姿だった。一瞬で形勢は逆転し、傭兵も、ゾンビたちもバタバタとなぎ倒され、ドイドとヘックの武力による村の支配、制圧への道は絶たれたのだった。

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