第一話 16節 クライマックス 中

 ヘックが先導して皆を移動するように命じると、選挙管理委員も仕方なくヘックのいう事を聞き、ヘックがいう最後のイベントを終わらせようとしていた。村中がたった今一人の男、ヘックまさに言いなりになっていた。ロークゥ一行は、アズサがボロボロのジャックを抱きながら、ロークゥ一行とともに村の中央にあるマナツリーのそばに移動する準備をしていた。


 ロークゥとカーサはこっそりと移動中に会話をまじえた。カーサはおどおどとしながら申し訳なさそうに、ロークゥのそばににじり寄る。

 『すまない……今回のような不正に手を貸すとは、脅しを受けたとはいえ、すまない』

 まるで自分に謝っているように、居心地悪そうにそればかりを繰り返すのだった。

 『いえ、私は大丈夫ですよ』

 カーサはヘックに従順になったのでも黒霧に飲まれたのでもない。ただ単に一人の男が理不尽な形で手にした権力に、そしてその背後にあるものに怯えていたのだ。ロークゥもそれをよくわかっていたのだ。しかし、落ち着きを取り戻すと、彼は別の不安を口にする。

 『ヘックは、いつから影のものに手を貸したのだろう、彼だけが首謀者なのだろうか、もし彼の背後に、大勢の黒魔術師や帝国が関係していたら……』

 『それはありえません、帝国はまがりなりにも平和条約を結んだ我々マナニアとの対立を理由もなく再び深める必要性が今、ないからです』

 『だが、君に何がわかる、君は寓話使いという噂もあるが、しかし……本当に君は“マナ使い”なのか』

 ロークゥはふさぎ込みしたをむいた、だが一瞬で正面を向き直り、まゆをひそめたカーサの初老の思慮深そうなひとみをしっかりとみつめる。

 『ええ、それは混乱を収めるときに必ず私から話します、証明する必要があることですから』

 カーサははっとして、ロークゥの顔をみつめる。そして彼女の両肩にてをやった。

 『もしや君はまだ、この村の奪還を諦めていないのか?彼は何でもやるぞ、この平和な、少し排他的なところがある程度の村を武力で、一日で制圧してしまった、彼は何でもやる、やるんだ』

 『大丈夫です、私はただ、黒幕に初めから心当たりもあり、そして一度興味をもち手を出した件には“寓話使い”そして“旅人・放浪者”として最後まで責任をもちたいだけなのです、決してあなたがたに迷惑はかけません』

 しっかりと正面をみつめる瞳の中の光をみて、カーサはそれ以上何も言い返せなくなった。



 しばらくの後、草陰で住民の移動やら片付けなどに従事していたロークゥにアズサがかけよってくる。

 『大丈夫?ロークゥ』

 『何が?』

 『あなたの不安定な力が心配だわ、この村の問題にこんなにも巻き込んでしまったし』

 『いいえ、私の力は、私は安定する方法をもっている、けれどその力は、“被害者をうむ”私は……この問題の解決は簡単だけど、私はむしろこの村に残す禍根が不安なだけ』

 『力を開放したらどうにかなる?』

 『どうにでもなる。』

 

 アドは少し離れてロークゥに命令されていたジャックの治療につとめる。マナ治療ヒールによって、ジャックの魔力と、体力の回復、簡易的な治療につとめた、数十分たつと、ジャックの様子も安定してきた。アドは亜人だから原始的なマナを使う事ができる。ヒール、マナによる人体の治療は軽い傷やケガなら治療ができる。幸いロークゥは体の外の傷が多いだけで、病気も抱えておらずヒールによってその大部分を治療できそうだった。もっとも時間はかかるが……。

 

 ジャックは体を起こせるほどに落ち着きをとりもどし、顔の張れも引いてきた。だがまだ、誰かと判別がつくような状態ではななかった。ロークゥは一息つくと彼の傍へとむかった、痛々しそうに顔をゆがめる彼を苦々しくみて、ジャックの肩に手をあて、やさしくかたりかけた。

 『大丈夫?ジャック』

 『ええ、なんとか持ち直しました』

 しばらく二人は無言でまっすぐ会場の片づけと移動を続ける人々をみていた。しばらくの沈黙ののち、ロークゥが相談をもちかける。

 『……このまま私は、ヘックと敵対すべきかしら?』

 『??』

 『私はどこででも混乱を起こしてしまう、その混乱が人々の望むものとは限らない』

 『どうしました?らしくないですね』

 ジャックが珍しく挑戦的な目をロークゥに返した。

 『私がこれ以上この村に干渉していいのか、悩むわ、たしかにこの村は黒魔術師に狙われてはいるけれど、きっと相手はすごく少数、村を侵略するつもりはない、きっと、ヘックと一致したのは権力の転倒、そのくらい』

 ジャックが不思議そうに、だがしっかりとこちらを見つめるので、ロークゥはふう、とため息をついて悩みをはきだした。

 『私が、部外者である私があなたのために、この村のために戦っていいのかしら、そのことに意味はあるのかしら?』

 『……いいですよ』

 彼の反応にすこし拍子抜けをしたロークゥ。いつものジャックとは違う、責任感と意思に満ちた表情がそこにあった。

 『それに意味はあります、私たちは暮らしをかえられました、もはやこれは反乱です、鎮めるしかない、あの人(ヘックは)きっとよい支配者にはならない、私の力が戻るまで、彼に、ほんの少してもこの村の強い地位を与えるわけにはいかないんです』

 ロークゥは、初めて聞くジャックの村長らしいしっかりとした考えに、少し安心感を感じたのだった。きっと彼にも悩みはあり、だからこそ、彼は自分の顔が歪むほどに殴り、自分を権力のコマにされることを避けようとした、だがそれ自体が正しい判断だったのか、きっとそのことに後悔があるのかもしれないと思った。



 その間にも移動の用意が進められている。観衆と、候補者たちの移動。ヘックはその途中で、ひっそりとその場を離れた。それをデミドが見てロークゥに報告する。しばらくして移動の準備をしているロークゥに手紙が届けられた。ロークゥのパーティが、草陰で少し休憩をしていると傭兵がちかよってきて手紙を手渡してきた。アズサが警戒を呼び掛けるが、ロークゥはマナを使い手紙に害がないことを調べると、その封をあけた。手紙にはこう書かれていた。

《今後の村の扱いについて話をつけたい、すぐ後ろの藪の中へきてもらいたい、身の安全は保障する》

 中にはある場所の地図が同封されていた。



 黒魔術師は鉄道の近く、村の外で中の様子をうかがっている。彼は天に手をかかげ何事かつぶやいた。

『“光と光の魔術は、人々が信じる信念や信仰を司る、影の魔術、“闇影”は、破壊や、破滅などへの欲望、衝動への依存をもたらす”』

 しかし、彼はすぐに頭を抱えた。計画が崩れ始めていた。不確定要素、旅人の手によって。

 (そのはずなのだ、黒霧は、人を騙し誘因する、犯罪的欲求に、破壊的衝動に、黒霧は人を動物的にし、人を人でなくする、だがしかし、帝王は特別だ、帝王は修練なさっているのだ、だがあの女はもしや、本当に“生贄候補”なのか、であればあれほど自我を保っていられるはずはないのだ、彼女は破壊衝動と破滅衝動に侵されていなければおかしいのだ)

 彼が深く考えこみ、杖で地面に文字をかいていると、遠く村の上で花火のような爆発音がして何かが頭上にうちあがったようだ、それは空高く、雲の高さ魔であがりはじけた。赤色の信号弾だ。彼はそれをみやげ、呟く。

『チッ信号だ、野盗をうごかせか、思ったよりはやかったな』

 黒魔術師は魔術本をひらき、詠唱を始める。村のはずれ、先ほどまで野盗が隔離されていた牢屋のドアが魔術によって開き、叫び声をあげた野盗が村を目指して走り出した。


 その頃村では、ロークゥはアドだけをつれて、ヘックに呼び出された場所へ向かっていた。人の気配はそれまでなかったが、たった一人の男が、木の影から現れた。

 『くっくっく』

 暗がりに笑い声とともに拍手の音が響きやがてその声の主が現れる。ヘックだ。

 『やっぱりこういうことでしたか』

 彼らがその場所につくと、他にも影に隠れていた傭兵らしき男たち数人があらわれ、彼らの周囲をかこみ、手紙の主が現れるまで、しかし一定の距離を保ち、様子をみて手出しをしてこないのだった。ヘックが饒舌にまくしたてる。

 『悪いな、この村には変化が必要なんだ、ロジーはあの秘密をだまっているが、この村の“秘密”をしられて生かしておくわけにはいかねえ、お前たちを処分することにした』

 ヘックが、もはや結末は決まったように語りかけてくるのでロークゥも負けじと相手を挑発しようとした。 

 『ヘックさん、あなたには特別な力があるようには思えませんが、私の本当の姿をみて、無事でいられると思えません』


 『これだよ』

 ヘックは手元に、わざとらしくプラプラと何らかの真っ黒な錠剤をとりだした。

 『黒霧を濃縮した薬だ。飲むと、人間の制約されている力が解放され、莫大なエネルギーを使えるようになる、対価として、老化を早めることになるがな』


 『では私も……』

 ロークゥもニヤリとわらいながら、こちらは白く透明な錠剤じみた塊をポケットからとりだして、くちもとにはこんだ。

 『カリ』

 『何だそれは』

 『マナヤドリの実、ドーピング、ですよ』

 アドは無言で少し距離をとり立ち尽くす。ここへたどり着く前に、ロークゥとある気ながら話して、罠だったときの対処方法を話あっていた。こうなった場合には、少し離れて成り行きを見守り、アドは体力とマナを温存するようにいわれていたのだ。


 

 ロークゥは、準備を終えると、詠唱とともに体全体に力をこめる。しずかにうつむき、体中にマナを充満させる。

 『ヘックさん、もしかしたらこれで最後かもしれませんので、秘密についておしえてくれませんか?いったいなぜあなたは反乱を?』

 ヘックは少し迷ったが、対面の彼女のおとなしい様子をみて、周囲に目を運んだ。周囲の傭兵たちが彼女―アドとロークゥを取り囲んでいるので―彼女が不利だということを再確認すると、ため息をつき話始める。

 『ずいぶん昔に取引をしたんだ、青年だった俺とまだ子供だったロジー、ドグラがあるとき先代に目をつけられ仕事をまかされた、その頃は何もしらなかった、あんなものが地下にあるなんて、先代は、地下への扉をあけさせた、地下に眠っているものは、すさまじいものだった、あれは“帝国の魔人”に関係するものだ、そこで見たものを黙っているかわり、俺たちは、先代に将来の地位を約束された、俺はそこで先代の部下、侍従になることを決意し、いつの日か来る彼の権力の崩壊をねらっていた、ロジーは、彼のもっとも誠実な家来となり従順に従うことを選んだ、彼は従順だった、だから家族さえ大事に扱われた、ドグラは秘密を話たため、村から追放されたよ、俺たちには本来、地位はなかったんだ、そういう家系じゃなかったんだよ、本来そうした人間、血筋や自分の能力でのし上がった人間以外は、高い地位についてはいけない、先代はこのことをずっと黙っていた、そのことが俺を苦しめた、先代がこの村を裏切っていたように、俺も裏切り時を今見つけたんだ』

 ロークゥは大体の事をさっしたように、コクリとうなずき、話を聞き終えた。

『地下にあるものといえば、旧文明の遺産か、その模倣品でしょう、まあ、いいでしょうそれが最後の言葉ですね』

『おまえの?』

『あなたのです』

 ロークゥは見たことの内容な好奇心に満ちたような、自信に満ちたような微笑みをみせて正面を見つめた。 


 ヘックは、先ほどの錠剤を自分の口元に運ぶ、その様子を見ていたロークゥはそれが何かをよく見て理解した。《黒霧の魔術玉》だ。それは黒霧そっくりにみえる。だが、文様が白く浮かびあがっている、ただの錠剤ではなく魔法陣が細かく刻まれた、魔術錠剤だった。

『パクリ』

 男は一口にそれを口に含むと、体のあちこちに魔法陣があらわれ、体中から黒霧をはきだし、真っ黒な目をひからせ、こちらをみた。

『俺も、ドーピングだ』

 彼は体中から黒霧をまるでため息かのように吐き出すと、獣のような雄たけびをあげた。両手をひろげ、筋肉を緊張させ、腰をおろし、足を広げて空に遠吠えのように叫び声をあげる。そして彼の爪や牙や、四肢は黒い霧に覆われて、獣のような形状になった。今、彼の脳内には、破壊衝動、破滅衝動だけが満たされていた。

 『ウォオオ!!!!!』

 次の瞬間、瞬間ヘックはすさまじいスピードでロークゥのすぐ後ろにはりついて、注射器をとりだし、ロークゥの背筋に背後からつきさした。ロークゥはうなだれて、がくんと首の力がぬけ、意識をうしなった。



 ドイドが、ヘックと別の場所、村の端っこにいて、火薬臭のする鉄砲を片付けていた。先ほどあげた照明弾は、そこからドイドが打ち上げたものだった。ヘックと別の場所、村の端っこにいて、黒魔術師に合図を送るようにヘックに事前に指令を受けていたのだった。彼は彼の部下にこの信号についての話をする。

 『12時までにもどってこなければこの信号をあげろといわれたのだ、野盗の実験をしていただろう、アレだよ、アレをこちらの武力として開放するんだ』

 『仮影憑き、ですか』

 『ああ、とっさにこしらえたものさ、影憑きっていうのは、夢を見ている感じらしいぜ、普段は発揮できない願いや欲求に対する力や意欲、執着が発揮され、普段はしないような思考で普段はしないような行動にかられ、体中に力があふれてくる、黒い、闇影の力が』

 『俺にゃ、あれらは全部自分の意思を失ったゾンビにしかみえませんでしたぜ』

 『かもな……それより、俺はこの照明弾が上がって、野盗がかけつけても、もしもどらなければとこの後のことをまかされている、何を考えているかしらないが一戦交えるつもりらしい、はやいところマナツリーの現場にかけつけよう』

 


 その頃、ヘックに背後をとられ、マナカラーに妙な注射をされたロークゥが、うなだれ、呻きながら反応をする。

 『やっぱりだ、ロークゥ』

 ヘックが倒れそうになるロークゥの背後でその片腕をつかみながら、卑しく笑う。

 『う、うう……』

 『よく知っているだろう?ロークゥ、マナ使いは、必ずマナカラーが強く発光する、お前のマナカラーは何も反応しやしない』

 大口を開いてヘックは笑う。

 『やはりお前はペテンだロークゥ』

 『シャドウプロテクト』

 『え?』

 『私がマナを使えるという事の意味がありますか?マナの注射……いまのも敢えてうけたといったら、あなたは笑うでしょうか?笑うのは、私のほうか』

 『き、きさま!!』

 ヘックが一言いい返そうとしたそのとき、ロークゥの体を黒い霧を覆い、羽が生えてくる。恰幅も広くみえ、まるでそれは物語の魔王のようないでたちになりで、手足を影が多い、少し伸びているように見えた。その背中には魔法陣を背負っていた。それを見たヘックが、唖然としてとっさに自分の体をかばうと、ロークゥはいきなり、ヘックのそばに突進して、苦手なはずの格闘攻撃を、素早いパンチと、影でリーチが伸びた脚でキックをけりだす。ヘックはすんでのところでそれをよけた。


 『お、おいまて、いきなり攻撃をしかけてくるとは!お前には礼儀がないのか』

 『選挙を反故にし、計画をたて突然村を制圧し、支配しようとしているあなたに言われたくありません』

 『チッ』


 ヘックがとっさによけた瞬間に、ロークゥの背中の一部がはだけて、そこにある黒い紋章が浮かび上がる。

 (あれは!!まさかスティグマ!!!)

 格闘に応戦するもロークゥのスピードにおいつけないヘック。彼は自分の行為と、今までこの旅人をなめてかかっていたことを後悔した。

 (まさか、ペテンどころか、こんな秘密があったとは……話には聞いたことがある“スティグマ憑き”だったか)

 やがて呼吸が整わなくなり、防戦一方になり、やがて根負けしたように、つかれはてていく。相手のヘックも黒い霧をまとい、自身の身体能力を強化しているにもかかわらず、ロークゥはその身体能力を圧倒した力をもち、別人のようにするどい目つきと、無口で容赦ない様子で彼を睨め付け、攻撃の手を止めようとはしない。

 アドは、遠くでその様子をみていた。頭の中で思考が巡る。

(“スティグマ憑き”のあの力を抑えて自我を持っているだけでもとてつもない事だ、普通の人間は“スティグマ”に浸食されたら、あの人、ロークゥのようにたってはいられない、自我をうしなっては)

 容赦なく追撃を与えるロークゥ。それはあまりにもすさまじい俊敏さで、まるで歴戦の武闘家が彼女の体をかりて、彼女を動かしているようにさえ感じられる。

『ま、まて、ちょっと待て、降伏する、降伏する』

戦闘は続くが、傭兵は誰一人としてヘックをかばおうとしなかった、というよりロークゥのその異様な身なりに手足が震えて動かない様子だった。だがロークゥと直ぐ傍で戦っているヘックは彼女から意外な言葉が漏れ聞こえて、頭が混乱した。

ロークゥ『私、また何で、“闇影”の力なんて使って……本当は、こんなことをしたくないし、でも、お前のせいだ、お前の、いや、私のせいだ、私の!!!』

ヘック 『何いってるんだ?おまえ、あっ』

 ヘックは頭をめぐらせる。彼女の症状、それは影をくらうもの、闇影の魔力を使うものたちに共通しているものだ。

(闇影は人に破壊衝動、破滅衝動をもたらす、そして己の中の欲求にのみ突き動かされる、彼女は頭を混乱させているのか?破壊衝動、破滅衝動と頭の中で戦っているのかもしれない)

 それでも、彼女はヘックを打ちのめすことをやめなかった。まるで何かにとりつかれたようだった。最後に彼をかばったのはあろうことか、アドだった。

 『ロークゥ、もういい、このままだと殺してしまう、意識をとりもどせ!!』

 そういってロークゥの前におどりでると、ロークゥは少しひるんだ。

 『あつ……私』

 そのうちにアドは口からロークゥの中にマナを流し込んだ。ロークゥはその場ですぐに意識を取り戻した。

 『ハッ!!わ、私は……』

 ヘックは、体中切り傷やうち傷でぼろぼろになって、かろうじてたちながらもふらふらとしていた。

 アドは、ロークゥの肩をだき、相変わらず呼びかけている。

 

 一方、ヘックの部下連中もかけつけてきて、ヘックをなんとかロークゥの傍からはなし、恐る恐るある木の根元へと運んできた。

 『ヘックさん、右足が……』

 ロークゥに与えられた傷を部下がみるに右足の深い切り傷が得にひどくそのせいで身動きがとれず、起き上がることもできず、大きな木の根元にもたれかかるだけになっていた。

部下 『あいつ、何者なんです?』

 部下には答えずヘックは、ロークゥによびかける

ヘック『いや……まさか本当にいたとはな……“帝王のスティグマ”持ち、普通は狂人となり、“影憑き”のように欲望と衝動のままに行動するようになるというが、“帝王の生贄”がそれも、お前のように奇跡的な形で生きているとはな、お前は強力すぎる、俺の完全に敗北だ、とどめをさせよ』

部下 『ヘックさん、いや、ちょっと!』


 部下が彼の言葉を遮り引き留めようとするが、ヘックはロークゥと真正面から向き合うばかりだ。

ヘック『お前は口をだすな、“帝王に抵抗して、真向から戦い、それでも生き残った人間”は帝王に気に入られ、スティグマを押されることがあるんだ、帝王はそいつと魔力や意識を一部共有し、いずれ“生贄”にするのだという……こいつはそんな狂った存在なんだ』

 アドに支えられ意識をとりもどし、体中からマナが抜けていき、ふっと力つきたように、アドにもたれかかりながらロークゥが答える。

 『“ドーピング”がきれました、余力がありません』

 『ハッ、後悔するぞ』

 アドがそこでようやく、彼らの会話に割って入ってきた。

 『ドーピングは、本当にドーピングしているわけじゃない、むしろ純粋なマナを取り込み、自分の能力を、闇影のマナを制限して使っているんだ、彼女の力は、“闇影”の力は不安定だ、もし本当に力を開放すれば、君は今頃死んでいるぞ!、下手なことをいうなよ、彼女は、純粋なマナを取り込んだり、純粋なマナの持ち主の力を借りる事で、“闇影”の力を使おうとも、自分の力と破壊衝動を抑えている、だから君は助かったんだ』

 ロークゥはアドの肩にもたれかかりながら、その場をあとにしようとする。ヘックが叫ぶように呼び掛ける。

 『どこへ行く』

 呼吸を整え、ロークゥがヘックに応える。

 『ツリーのそばにいき、黒幕との戦いに備えるだけです、あなたの背後にいる黒魔術師にようがあるんです』

ヘック『フッ、どこまでも“正義”気取りか、何も知らない若造のくせに』

 ロークゥたちは最早彼に反論することもなく去っていった。

部下『……』

ヘック『おい、お前』

部下『はい』

 ヘックが右足を負傷して動けず、それからそこで部下に治療をされながら、指令を出すことになった。


 いち早くマナツリーのそばにきて、ヘックが用意したイベントのためにしぶしぶいう事をきいていた、デミド付きの貴族たち。彼らが何やらもめているようだった。会話の内容はこんなものだった。

貴族A『ヘックとアズサと旅人たち、どちらの勢力に肩入れをするべきか』

貴族B『顔面を負傷したあの男がジャックだと旅人たちはいうが、信用するべきか』

貴族A『かといって本当にヘックの自由にさせて今後村はやっていけるのか』

貴族C『旅人も信用できるわけではない』

貴族A『戦うか、戦わないか』

貴族D『ヘックが権力を握って我々に問題などあるだろうか?』

 デミドは、彼らをまとめるように、

 『なるようになるんだ、落ち着いて対処しよう』

 とだけ呼びかけるのだった。



 さきほどまで選挙会場にいた皆が移動をおえると、ヘックはロークゥパーティの奇襲に失敗したので、正気をとりもどした彼の部下のドイドが場をつないでおり、その後もとり仕切ることになった。中央にドイドたちがおり、取り囲むようにデミドのとりまき、ロークゥのパーティなどがならんで、そのまわりを村人たちが取り囲んでいた。

 『皆さん……ヘックさんは他の仕事が入り急遽私が場をつなぐことになった、地下の秘密を明らかにし、この式典をおえよう、それがヘックさんの伝言だ』

 先ほどの戦いの話を部下から耳打ちされると、ロークゥパーティが到着したあと、きっとロークゥ達いっこうをにらめつけた。彼らが探しているいまだに鍵は見つからずしびれをきらしていた。


 その頃、村の外の通り、林の近辺で黒魔術師が、黒霧につつまれた自我を失ったかのような村人、(だれもがその額、おでこに魔術の印をもち、それによって操作されている様子だった)まるでゾンビみたいな村人を魔術により洗脳し、先導して十数人を村の外からカーゴレールの駅へとこっそりと運ぼうとしていた。そのとき、一人の黒霧に包まれた村人が彼の手にかみついた。

 《ガブリ!!》

 『いでえ!!』

 かみつかれた後で腕をかまれる黒魔術師。

 『くそ、何をするんだ、洗脳がうまくいっていないのか?魔術を使いすぎてマナが安定しないのだろうか……』

 彼は額の汗をふき、暑さの中で太陽を見つめる。

 『まさかあんなにも厄介な旅人がこの村に居合わせるとは、不運だった、せめてこの“黒霧憑き”を、帝王への土産物としよう、』

 村の外の林、大きな木の背後で、その様子を見ていた影があった。金髪金の瞳、アーメィである。彼女はようやく村へもどり、合流しようとしている最中だった。彼女は物陰に隠れたままつぶやく。

 『さっきの照明弾は、もしや私がみたあの盗賊たちと関係があるかもしれない、黒魔術師と一人で対峙することなんてできないし、早くみんなと合流しなきゃ』

 と小声でつぶやき、黒魔術師とかち合うことのないように走り急いだ。


 丁度そのころドスドスという足音が聞こえ、村の入り口から、自我を失い黒い霧に包まれた人影が迫っていた。アーメィや黒魔術師のいる東の入り口ではなく、西の入り口から、彼らは村に接近していたのだ。村では、ドイドがありとあらゆる老人を調べつくしたかに思えたころ、ドイドは、緊張しつつもついにある一言を放つ、そこから事態が一変する。

 『老婆デミドをしらべろ!!』

 『何ですって?』

 ロークゥが凄んで聞き返す。

 『もう一度いってみなさい』

 ロークゥは、ハッタリによって脅しをかけるものの、ほとんど彼女の中にマナは残されていなかった。

 『ふっ、お前にはもうほとんど力は残っていないだろうに、空元気を使うな、ペテン師ロークゥ』

 『もう一度いってごらんなさい??』

 するとドイドは突如彼女の背後をみて、ヘラヘラと笑い出した。

 『クッ、ククク、ホラ、援軍がきた、援軍が人質をつれてきたよ』

 10人ほどの黒霧に包まれた盗賊たちが、ある男を、図多袋を被らされ後ろ手を縛られたある男をつれて、ドイドの背後にゆっくりとちかづいてきた。後ろ手をしばられた男は、体の自由がとれず、むりやり集団の前につきだされる。男は頭にかぶされていた図多袋を今外される。そこから現れたその顔、その顔は見覚えのあるものだった。

 『ロジー!!』

 群衆の中でざわめきが起きる。しかしドイドは顔色一つかえなかった。群衆の中の一人が叫んだ。

 『ロジーは見つかったじゃないか!!選挙は無効では!?』

 それに対しドイドはすかさず答えた。

 『彼は、選挙に不正をしようとして我々が捕まえた、それに選挙の規定では、この場合、一か月は交代の猶予期間がある』

 『……不正?』

 『ロジーさんが?』

 『そんな……』

 ロークゥは唇をかんでその様子を見ているしかなかった。


 老婆デミドが叫んだ。

 『その子に手を出すな、その子は、私たちの、いや、私の大事な子じゃ』

 ドイドが笑った。

 『はっはっは、自分から白状するとはな、このばばあ』

 『ああ!!そうだとも、彼は私の子だ、ある秘密によって長老と取引をし、息子を特別な地位に据えてもらった、そして私と息子はずっと関係を隠してきた、あんたの語りたい秘密だろう!!そんなもの、この村にとって大した問題ではない』

 『大した問題だとも!!老婆デミド、これは不正だ、不公平なのだ!!許してはいけない、いけないとも!!』

 デミドが群衆から踊りでて、集団の中央にいるドイドたちの傍による、アズサが彼女を引き留めようとするが、デミドは、ポケットから鍵をとりだし、ドイドのそばによる。

アズサ『デミドさん!』 

デミド 『大丈夫じゃ!!手を出すな!』

 叫ぶ老婆。ロークゥにウィンクをする。

 『大丈夫じゃ、もうここまでにしよう旅人、案ずるな、なるようになる、この村がどうなろうと、私らさえ無事ならば、この鍵は本物じゃ』

 続けざまに、ドイドが叫ぶ。

 『老婆は人質にもらうぞ、そして、この男もな』

 デミドがカギを差し出す。その時だった。捉えられているロジーが、ジャックに大声でさけんだ。

 『あの鍵はは本物だ、お前が一人前になるまで、預かっておいたんだ、お前が取り戻せ!ジャック』



  その様子を見てニヤリと笑うドイド。観衆が見つめる中、ドイドがロジーの過去とこの村の不正について訴えを始めたのだった。設置された一人分の檀上にのぼり、観衆に向けて、一人演説を始めるのだった。その演説は、この村の地下にある秘密、ヘックが先ほど述べたものと同様のだったのだ。


 観衆の中にざわめきが広がる。ドイドは続けて話をまとめる。そこからは持論をつづけた。

 『マナの木の地下にあるのは……巨大な嘘だ、あそこには“魔人の複製”がうまっている、先代はその嘘をかくし、そしてその嘘を隠すことを条件として側近を侍従を脅しつつこの村の運営を続けたのだ、人々に、“血縁による結束”にうそをついたままで、家柄もよくなく地位も名誉もない若造に無理やり地位を与えて』

 観衆がざわめく。村長のウソもそうだが、魔人の複製というのは、ここ十数年の間ににわかに噂になっていた話で、黒の教会が秘密裡に魔人の複製をある村の地下でつくりだす実験をしているという話だった。

 『あれは“黒魔術師の兵器”だ、村長は、黒魔術師とつながっていた、まあ見ているがいい、いまに私の部下が地下の秘密を掘り当ててくるだろう、オイ、お前ちょっとこの鍵をためしてこい』

 そういって、直ぐ傍の部下の一人を檀上から見下ろしゆびさすドイド。鍵をうけとりそのまま部下の一人がマナツリーの地下へと向かう。


 会場は恐ろしいほど静まり返っていた。黒霧に支配された盗賊やら、傭兵やら用心棒やらがいる、抵抗するには分が悪いのは皆が皆わかっていた。10分ほどたった後あまりに遅いので、ドイドはもう一人の部下に指令する。

 『遅いな、おい、お前、様子をみてこい』

 檀上から、イラつきながらドイドは次は別の部下を指さす。するとしばらくののち、彼が迎えにいった。その間も地下からうめき声が聞こえたりしたのだった。また数十分しながら、一人の部下が先に地下にいった部下を抱きかかえるようにして支えながらもどってきた。

 『大丈夫か!?』

 『う、ううう黒霧が、光霧も……』

 様子をみると、先に地下へいって鍵をあけようとした部下がおかしい。うめきながら、時折頭をひねったり、頭を抱えたり、頭をふったりして、意識ももうろうとしているような様子だった。

 『おい!!しっかりしろ、ドイドさんに状況をおしえるんだ』

 あとから彼を地下からつれだした部下が叫んだ。次に先に地下にいった部下が話を始める。

 『……あのカギはあってるようなんです、でも、鍵穴にいれて、まわそうとしてもまわせず、ただ空気だけが、地下からの黒い空気だけが入り込んできて、頭が割れるようにいたく、頭の中に声が“お前じゃない、お前じゃない”と、わんわんわめきたてるんです!!きっと、鍵を開ける人間を、あの扉は、結界は選んでいるんだ!!』

 先にはいった部下は黒霧につつまれて、それを自分でおいはらおうとしてよろけた。

 『結界の内容が変わっているのか?かつては、ヘックさんが明けたと本人がいっていたのに』

 ドイドは頭を抱えた、まさかこんな問題がまだ残っているとは。


 離れた場所、ロークゥのパーティのそばで村人がこそこそ話をしている、ロークゥのパーティの中でアズサだけがその声を盗み聞きして時折後ろに目を合わせた。

 『きけよ、勇気を出して』

 『でも』

 『お前がいいだしたんだろ、責任をもて』

 『しょうがねえ、俺がきく』

 ロークゥのパーティの後ろに人込みがあり、そちらがあまりに騒がしいので、アズサが耐えきれず、こちらがわかから村人が質問をした。

 『何です?』

 『あ、ごめんなさい、うるさかったですか?いえ……あのその、ちょっと気になってるんです、さっきの選挙は不正だったんじゃないのか?って、村人の中でも賢い奴らは何か今度の事はおかしいとずっと思ってるんです、だから』

 アズサは悪気のない人々の、純粋な質問だと落ち着いて理解した。そして、誠実に回答をしたのだった。

 『ああ、なるほど……今は、そこは何ともいえません、厳粛な選挙に不正といいだしたところで、きっといま権力を持っている彼らのほうが、この状況を左右する力をもっているし、余計な混乱をきたしてしまうから』

 『でも、うちら、アズサさんに入れたんです、それに、もしそれが不正なら、抵抗しなきゃいけない、と、ともかく、応援してますよ、何があろうともしヘックや彼らの妙な、おかしなやつらにに抵抗するならいつでも手助けしますよ』

 アズサは返答せず、笑ってごまかすのだった。そして、この時彼女は初めてこのような、緊張する状況下で自分が嘘をついたのだと、後から知るのだった。


 また別の場所では、村の出口周辺に、村から出ようとする村人たちが集まって声をあげていた。だが傭兵たちが横に並び壁をつくり出口を遮っている。

 『ここから出してくれ、紛争は嫌いだ!!』

 『俺はもうこんな村はいやだ!!』

 『心配無用、すぐに収まる、村からは誰もださん』

 傭兵たちは、ヘックからの命令、寡黙に仕事を遂行するだけだった。その顔は黒霧につつまれている。ほとんどの傭兵や、一部の村人が黒霧につつまれていて、村のほとんどの人々はその不吉な兆候がもはやヘックの一団から生み出されていることに気づき、この村が黒魔術師の手に落ちかけているであろうことを悟っていた。


 また会場の中ではドイドの呼びかけに呼応するような人間たちもいた。おもに旧貴族であり、旧シャーマンのものだった。いまでは差別は減っては着ているとはいえ、先代村長のころには亜人やマナ使いへの差別はこの村でひどかった、その理由、あるいはそうした強硬な行動をしていた村長の秘密や隠しごとがあるとすれば、それを口実にもう一度地位についてこの村が考えなおすきっかけになるだろうと、思うものもいたのだった。


 片腕が黒霧につつまれたドイドが、部下からいま耳打ちで情報を伝えられ、人々に呼びかける。それをきいた彼は、踵を返し姿勢を整え、また群衆によびかけた。

 『ヘック様が“件の文書”を読み解いたところ、欄外に、“ある血筋のものたち”に限りとかいてあったそうだ、ヘックさんは鍵を開けたときの記憶はなく、ドグラが先代とともにその役目を負ったというおぼろげな記憶しかないという』

 あたりを見渡すドイド。

 『そうだ、ロジー、お前にこの鍵をあける役目をわたそう』

ニヤリとわらう。慌ててデミドが話を遮る。

 『私らは貴族ではないよ、なぜ息子なんだい』

 『じゃあシャーマンの代表だな』

 『しらみつぶしにやるつもりかい!?もし扉をあけられても、お前の望むものがその向こうにあるというのか?』

 『あるさ、ある証拠がある、それを見せられればいいんだよ、それでこの見世物はおわる』

 デミドは、まけじと食らいつく。

 『私の子は弱り切っている』

 『じゃあお前がいけ』

 少し悩んだうち、胸をたたいて、老婆が名乗り出た。

 『……いいだろう』

 ドイドが部下から渡された鍵、それをデミドが素直にうけとり、傭兵の部下2,3人に取り囲まれながら地下へと連行される。

 『そうだな、一人ずつ実験しよう、黒霧に取りつかれないものに、報酬をだし、私の部下とする』

デミド『何を、そんなもので、狂気に取りつかれることのリスクと釣り合うのかい!?』

 観衆も反対したり戸惑いの声をあげたりしている。

 『皆、落ち着け、我々はここで事実を、一つの事実を暴露したいだけなのだ、すでにこの村は古くから先代より以前から、黒の教団に協力をしてきた証拠が地下にある、それを先代は封印したのだ、俺たちは悪ではない、俺たちが真実を今みせるのだ、むしろ先代の長老どもが隠していたのだ、“我々が本来悪であったことを”』


 デミドの決意はかたかった。だが、ロジーもまけていなかった。ロジーが叫ぶ。

 ロジー『まってくれ、私がいく、私には心あたりがある』

 ドイド『???』

  怪訝な顔をしてドイドがロジーを見つめる。

 ロジー 『地下を、あけさせてくれ』

  ロジーは自分をにらむ男の目をしっかりと見つめ返した。

 ロジー『なあ、俺の気がくるっても、害はないだろう?それにこの状況、だれも盤面をひっくりかえせない、村長の秘密は暴かれなければならない、なあ、ドイドさん、それに母さん……信じてくれ』

 デミド『しかし……』

 ロジー『俺は絶対大丈夫だ、俺には知識がある』

 

  ドイド『チッ、わかった』

 めんどくさそうに、ドイドは部下にロジーとドイドを入れ替えるように命じた。部下たちは老婆をはなし、乱暴にけとばした。変わりにロジーがそれをささえ、デミドに耳打ちをした。

 ロジー『“村長”がカギだ、村長ジャックに伝えてくれ』

 デミド『??』

 ロジー『……大丈夫か、母さん!!』

 すぐにわざとらしくロジーは大声をだして、今の会話をごまかしたのだった。


 ロークゥはドイドをじっと恨みのこもった目で睨みつけている。ドイドがそれに気づいた。

 『何をにらんでいる?お前に余力はない、そうだろう?いうことをきいたほうがみのためだ。今いる兵だけじゃない、外から悲鳴が、感じるか?20人ほどの“加勢”の部隊を用意しているんだ』

 ドイドは完全に調子ずいている。

 『次の順番も決めておこう、そうだな。ジャック……ではなくジャックのお気に入りのアズサ……』

 アズサが諦めたようにうつむく。ジャックの頭の中に、旅人アーメィといつか、食事をした時の会話がよみがえる。それはジャックが子供の頃、旅人に憧れたと話した時のことだった。

アーメィ『あんたにも思い人がいるだろう、一人や二人、その人を守ろうと思ったら、どこでだって危険はあるし、苦労もあるし、旅をしてるのと同じくらい大変、旅は、大事なものを守り続けられるかどうか、そういうものなんだ』


 デミドがロークゥ達の傍にきて、ジャックに声をかけた。

 『息子が、ロジーが“村長がカギだ”と』

 『!?』

 ジャックの頭に色々な迷いと考えがよぎった。

(僕のせいで、優柔不断なせいで、ロークゥさんは無駄な力を失った……だが父とこの村を信じられるだろうか、部下に不信感を抱かれ、秘密をかくし、今では黒の協会とかかわりがあったとすら噂されたあの父を、しかしそれでも、ロジーは僕に何かを託したのか?僕はもともと、こんなつもりじゃなかったんだ、けれど、こんなことになってしまった)

旅人アーメィとの記憶がまた蘇る。彼は自分の責務の重さについて正直に語り、打ち明けた。彼女はそれを聞いてくれる気がしたのだ。

『本当に?村長に生まれたことが嫌だったんだ』

『がんじがらめな感じがいやで、たまたまこの血筋に生まれただけということで、責任もありますが、それよりも、身に余る幸運の使い方がわからなかったんです』

『なるほど、それを変えてくれたのがあんたの思い人なのかもね?』


 アズサの方をみるジャック。次に視線をずらし旅人ロークゥのほうをみる。

 『……』

 言葉はかわさなかった、だがただひとつの動作、コクリとうなづくとロークゥもうなづき返したのだった。ジャックの心に、静かに、少しの抵抗の炎が芽生えた。


 ロジーがマナツリーの方と進む、ふらふらと足取りがおぼつかない。皆がそれは疲れによるものだろうと考えていた。ただ一人、ジャックを覗いては。ロジーは傭兵につれられ、地下への道をいく、と一瞬、足取りが不安定になった。

 《どす……》

 『お、おい!』

 『す、すまん、調子がわるくて』

 一人の傭兵にぶつかり、謝罪をするロジー、その瞬間をジャックは見逃さなかった、そしてチャンスをまった、わざとらしく姿勢をくずし、ころがり、また起き上がる瞬間、ロジーがわざとらしく片手でカギをぷらぷらとさげていることに気づいた。

 ロジーは考えた。

 (あの鍵は本物だといっていた、奪い取れということだ)

 ジャックはその瞬間記憶がよみがえる。

『お前には本当は年の近い兄弟がいた、だが今は遠くにいる』

 昔よく聞かされていたこと。あれは自分のための嘘だったと今きづいた。だってそうであれば父は傍に置いておくはずだ。ロジーは、ロジーだけが昔から父のそばにいた、そしてジャックと年も近かった。きっと兄弟のいなかったジャックを慰めようと父は嘘をついていたのだ。だがその嘘が何だろう、あるいは父の隠しごとが何だろう?ロジーの事は言葉を交わさずともわかる。ジャックに判断がまかされているのは“これから”のことなのだ。ロジーとは、兄弟よりも親しい仲だ。自分のむなもとでアクセサリーがゆれる。この村でとれるイセキの実を加工したものだ。もしこれをくれた人が、危険が及ぶなら、ジャックは決意しなくてはならなかった

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