第一話 15節 クライマックス前半。

 その後、村民による投票が粛々とそれは厳粛に、滞りなく行われたのだった。その開票作業も委員会に一任された。その影でロークゥと傭兵たちとの間で行われたあるやり取りを人々は知らずにいた。


 アズサが一人で、委員の人と話をしていた時、その終わり際にヘックの部下と思われる一人、細目の男がロークゥのそばを少しはなれたアズサににじり寄り何事かを話しかけていた。ロークゥはその様子を離れた場所でみていたので、ロークゥのそばに帰ってきたアズサにすぐさま尋ねた。

ロークゥ『何かありましたか?』

アズサ『脅されたんです、もし選挙で勝手も力づくで地位を奪取するから意味がないと、“巨人”はこちらの手の内にあると、どういう意味ですかね?』

ロークゥ&アド『……』

 その後も傭兵たちがこちらをちらちらみたり睨んだりしてくるのでロークゥとアドは警戒していた。委員会により開票作業も進み、半分は票があけられたらしい。しばらくしてまたアズサが先ほどの話を話題に出す。

アズサ『先ほどの男の人、あの人はどこに……』

アド『泳がせておきましょう、“黒幕”がでてくるまで』

アズサ『でも』

 アズサが心配そうに、ロークゥの顔をまじまじと見つめる。ロークゥは、少し真剣な顔をしたあとに、表情を緩ませて笑い、彼女を安心させようとした。

『大丈夫、策はあります、彼を救出し、地下への扉をひらけば』

『でも、地下は危険です』

『大丈夫なんです、私は』

 アズサは何かを悟ったようにロークゥの話に納得した。

『あっ、それはあなたの特別な……』

『ええ、私の《呪い》のせい、私は常に悪夢を見て、皇帝の欲望を見る代わりに、“闇影”に浸食されることはないんです』


 離れた場所にいて、開票を見守っていたデミドは、別の事を考えていた。

『さて、旅人たちは、どう貴族をなっとくさせるかな?』

 デミドは回想をしていた。あの日、デミド宅に村人の一部が集まりデミドを持ち上げたあのの事。集まった人々は口々にこういった。

『ラナ村の血を重んじる風習を思い出そう』

『シャーマンこそがその守護者だった』

 たしかに古くからラナ村は“血”のつながりを重んじていた。自分への人々信頼に気分がよくなり確かに今、シャーマンの地位を再度考え直す必要は感じていた。かといって、もしこの村の村長が自分たちの事を聞き入れるのであれば、別にこの混乱に乗じて地位を奪取する必要もない。ただ彼女が気にしているのは、ジャックではなく先代の問題だ。先代の強情さと疑り深さはかねてから有名であり、常に権力者や貴族、シャーマンに疑いの目を向けていた。死の間際には復興派を恐れ、あげくの果てにシャーマンの地位をなくしてしまった。それに怒ったのがシャーマン、そもそもこの村のシャーマンのほとんどが旧貴族である。彼らの中で亜人やマナ使いといった疑いをもたれたものがしかたなくこの村でシャーマンという役職についていた。彼らがかつて、そしてデミドを頼って集まったときに、デミドに口々に話したことを思い出す。それは初代シャーマンの残した予言。

『いずれ外からくるものが外と内との境界を壊し、村を豊かにする、化石マナを掘り起こすだろう』

 化石マナというのは、旧文明の遺産として掘り起こされる事のある莫大な力を持つエネルギーの塊。この予言は古のシャーマンが残し、古くから、貴族や地位のあるものたちによって語り継がれてきた伝説だ。彼らはそれを信じている。というのも彼らに対して先代村長がしてきた仕打ちが彼らをそんな薄い希望にすがらせたのだ。落ちぶれた旧貴族であっても、まったく地位を失うよりかは、かつて与えられたシャーマンというその地位を持っていた方がマシだと考えているはずだ。彼らの地位について考えてやらねば、デミドの信奉者や、信頼してデミドを推薦してくれた人間の心は収まらないだろう。いずれ、この村の政治的な問題にもなるだろう。ならば、早く解決するに越したことはないのだ。もしロークゥたちが新しい村長補佐を任命しようとも、彼らを納得させる何かがなければいけないだろうとデミドは考えていた。



 ラナ村の直ぐ傍に小高い丘がありそこに黒い影がある。丘の上に黒魔術師の格好をした男が一人立ってラナ村をみおろしていた。彼はいまぼうっとこの村に来てからの事を回想している。まずこの村に恨みをもつ別の村の人間から情報を買い、次にこの村の中で村長に恨みを持つものに接触した、そしてヘックという、村長の一族に恨みを持つものを探し出した。彼は自分の魔力と自分の素性をしり、すぐにいう事を聞くようになった。あとは彼を使い黒魔術師自身の願いをかなえるだけだった。“影憑き”を皇帝に差し出すというたくらみを。その背後から、彼に関係すると思われる村人らしき男がよってくる。

村人『ロジーはみつかりません』

それは先ほど投票会場から姿を消した、アズサに話しかけていた細目の男だった。

『ならば予定通り実行しよう、少人数でもいい、影の教会の信者を増やすのだ』

『はっ、混乱に乗じてなるべく多くの村人を』

『魔術の支援も頼むぞ』

『ええ、滞りなく“黒霧”の術を強化してまいります』

話を終えたかとおもった黒魔術師はぼーっと、男に背を向けたまま突っ立っていると、村人と思しき男は魔術師に気を使いつつもまた話をつづけた。

『所で、これが成功した暁には……!例の話は』

『ああ、お前の席は用意してある』

(この件がうまくいった場合だがな)

『ありがとうございます!』

男は喜び勇み去っていった。


 黒魔術師の男はしばらくたつと振り返り、野ざらしの中に置かれた机の上で魔術の本類を整理した。

(さてさて、鉄道関係者に見せかけて村の様子を探りにいったのはよし、マナを買い取ることもできたし、だがいつこの単独行動が仲間に見つかるかもしれない。早く事を起こさなければな。皇帝は単独行動を許さぬ。成果を出さぬ場合にはな!もし成果もださずに皇帝に見つかれば、どのような処罰をうけるか、ヘックという男を懐柔したはいいが、あの男はうまくやっているだろうか)



 その頃別の場所にいたヘックは同じような状況にありながら別のある事を考えていた。黒魔術師からの依頼をうけた3週間前。この3週間ずっと身を潜めていた。協力者としての忠実に従ったのだ。今むらの権力の、武力のほとんどは自分の手の中にあった。選挙にも、強引な方法で黒魔術師が力を貸してくれるといっていた。かといって黒魔術師を信頼しているわけでもない。相手はあくまでも黒の協会の目的を達成しようとしているだけだろうということは明白だった。だが、利用しあい、利用されている間に村の権力をその手中に握る、もしくはひっくり返せば……。利害が一致するうちに、自分の願いをかなえる。ヘックにははそうしたい理由があった。彼自身の忌むべき過去が。数時間前、投票が始まる前、暗がりに部下をよび彼に再三注意をしていた。

『忠誠を捧げろ。亜人なのだから、お前をよくしてやるのは俺だけだ』

『はっ!!ヘック様』

亜人と言われた男の顔は深くお辞儀をして見えなかったがその爪はするどく、獣のように尖っていた。


 小さな籠の中に、妖精の欠片“スレイヴ”を入れて、アーメィが急ぎ走る。しばらく走っていると崖の淵にさしかかり、人の群れを見た気がして驚きと緊張に足取りをゆっくりと遅くし、ついには足を止めた。そのがけ下目の前には、驚くべきものが広がっていた。

『なに、これ……何が行われているというの?』

目の前にひろがる光景に、息をのんだ。

(これは……早くしらせなきゃ)

そこには、十数人という大勢の人間が、それも盗賊らしき人間たちがおりにいれられ、村のものと思われる人間たちや傭兵たちに監視されている様子だった。その場所には一面黒い霧が立ち込めていた。



 そのころ会場では、ちょうど開票作業が終わったところだった。うやうやしく、カーサが三者の間に入り、再び取り仕切ろうとでてくる。この後の手順をしっていた三者は、同じく仕切り直しといった感じであつまってきた。

『開票が終わりました、この後式典が行われます』

咳をして、喉を整えるカーサ。候補三者と支援者も推薦人も集まっていた。皆が緊張の面持ちで彼に目を向ける。その理由は事前に知らされた順序にくみこまれた次の展開を予想してのことだった。

『……その前に、この村のしきたり通り候補者の皆さまには、式典の前に事前に連絡したように先に開票結果を発表する手順をとります……心の準備はよろしいでしょうか?』

ガヤガヤ騒がしくなる。そうなのだ。式を滞りなく進めるために、開票の結果は先に候補者に知らされるのがこの村の投票のしきたりだった。

『では、票の高い順から読み上げます』

ヘックが紙をひろげる。

『1万4千2十票、1万3千票、8千20票、ロークゥさんの指名のアズサさんの当選です。衝立の向こうでも同じ発表がなされています』

喜ぶアズサ、だが。なぜか敵陣であるヘックたちのニヤついているの姿をみたロークゥはその時から不吉な予感がしていた。


 式典前の移動時間。ついたてを後ろに動かす作業を委員会の人間たちがしている。その最中のことだった。ロークゥが委員会の人々の手伝いをしていると背後から男が近づいてきてロークゥの肩にてをかけた、その男は先ほど紹介の時にあらわれたヘックの部下ドイドだった。ロークゥが手を振りほどき進もうとすると、次は左手をがっしりつかんで耳元でささやいた。

『これから何がおこっても、あなたやあなた方は抵抗しないほうがいい、あなたは“マナ使い”でも何でもない。私に脅されても抵抗一つできない、ただの子供にすぎない。そうでしょう?どうあがいても、私たちのこれから持つ武力の前にあなた方は勝てない、だから逆らわないほうがいいんだ、私たちだって事実この村を支配しようとなんておもっちゃいない、ただ私たちは“真実”を明らかにしたいだけなのですから、まあペテンには魔法はつかえないでしょうが』

『私は“必要な時にしか魔法を使わない”ただそれだけです、それに、人々の対立はなるべく見たくありません、もし余計な対立をあおるようなら、私も介入しますよ』

『もはやペテンのごたくはこりごりだ』


 式典の際、先ほどと同様の布陣でならび、たつ三者と関係者。ついたては左右の背後に左右にまとめられほとんどが取り払われた。式典の準備は進んでいた。だが、ロークゥたちが会場に再び目をやると、そこでロークゥたちが見た光景は異様なものだった。会場を覆いつくさんとするほどに、黒い影に取り込まれた人間が、会場の外縁を覆っている。そしてヘックや委員会の人間も、黒い影に包まれた、傭兵たちにかこまれてまるでおびえているかのような様子がうかがえた。

アド『これは……』

(やられた)

とロークゥは思った。きっと先ほどアズサを脅したように、委員会の人間や会場の人間をきっと、武力で説き伏せようとしているのだろうと。そして、予感は的中した。


 式典は進行する。カーサのすぐ後ろに男がカーサを監視していて観客に見えないように、刃物を隠しもっていた。助けを求めつつも、額から汗をながすカーサ。しかし式典を止めるわけにもいかないようだった。

『先ほど発表したように、今回席を得た候補者は、“ヘック・ザカール”』

 ロークゥは式を止めたかったが、ヘックの部下が、ついたての死角の位置にいて、ジャックを人質にしている。首筋に鋭利なものをあてていた。式典が終わり進む最中に、すぐ近くにたたずむロークゥはヘックに怒鳴るように語りかける。

ロークゥ『ヘック、これは不正な投票です、すぐにすべては明るみにでますよ』

ヘック『それでもいいのさ、あの遺産さえ手に入ればもうかまわない、初めから

、この村全部を支配しようとなんておもっちゃいない、ただ、こんな辺境の村でみじめに暮らすのはごめんだ、帝国、皇帝の配下になりたいのさ、あの黒魔術師だって、ただ利害が一致しただけの話だ、この村にはある伝説があり、私はその片鱗をみたのさ、あの時……』

一メートルほど距離をとって、ロークゥとヘックはにらみあう。

ロークゥ『ヘック、話をつけましょうか?私がいつ私の自慢の武力を使わないといったでしょうか、村中で使うと危ないから使わないだけですよ、私の本気の本気の力は……』

ヘック『話があるなら私の部下とするといい、私の自慢の“亜人”ドイドと』

 そして、例の男がロークゥとの間にたつ。先ほどと違い、キリッとにらみつけるような目に、鋭いつめをみせている。獣ののような鋭い爪を。

ドイド『裏 で話をつけよう、私に勝てばジャックを開放しよう』

ロークゥ 『いいでしょう』

 その様子を少し後ろでみていたアズサがロークゥに心配をして声をかけた

アズサ 『ロークゥ、あなたは無理をしないでも……』

ロークゥ『ジャックの事は私に責任がある、危険には進んで前にでなければパーティのリーダーである意味がありませんから』

アズサ『でも』

 アドがアズサの肩がふれて落ち着かせようとささやく。

アド『大丈夫です、あの人はああいう人ですが、土壇場では必ずやりとげますから』


 衝立の後ろ。ロークゥとにらみ合うドイド。ドイドはその鋭い爪をのばし、ロークゥに襲い掛からんとして助走をつけた。ロークゥは、自分の魔術寓話本に手を伸ばし、静かに祈りを捧げた。黒い巨大なカラスをよび、その目は一瞬で決着をつける決意に燃えていた。


 その頃表では式典を続けるカーサがおびえながらも進行をつづけた。

『次に候補者インタビューを、アズサさんから……』

 アズサは傍らにめをとめる。ここで不平や不当を訴えれば、何か変わるかもしれないという思いもあった。しかし、もはやこの現場は武力によって異変が起きていることもしっていた。この村では不正などありえないと思われたが、現に証拠があった場合は仕方がない。

『この投票は……』

ヘックが傍らで呼びかける。それも民衆には聞こえない声で、聴衆に聞こえない大きさで静かに叫んだ。

『正しい投票だといううんだ、公正な戦いだと!』

 その傍らで、傭兵の一味がジャックの首をしめる。目をそらし、仕方なくアズサは言った。

『正しい投票でした』


 大陸中央。影の帝国の王の間―皇帝は玉座につき、仮面をつけその上から好けた布を被っている―彼は王というには甚だ奇妙なボロ衣とフードをその上にかぶる。手足を乱雑にのばし、自由に砕けた姿勢で玉座に座るが、周囲のものが姿勢を正し恭しく構えているので、かろうじて彼の気品は保たれている。ある使いのものがかけつけてきて、ドアの外で近衛兵とひと悶着していた。やがて騒動は終わり、扉がひらかれた。召使のものらしき男がはいってきて、ぶっきらぼうに玉座に声をかける。

『陛下!失礼いたします祭司教から連絡がありました』

『……何?』

 玉座から、ゆったりと皇帝というには少し貫禄のない若い子供の、男児のような声が響く。

『スティグマカラーの反応があったという事です、北の地、旧エディン国、ラナ村』

『誰だ?』

『“ロークゥ・テニファー”というなのものです、どうやら近場に、黒魔術師の反応もあるらしく』

『ふむ、あそこは確か“例のモノ”が封印された歴史がある、黒魔術師が何を考えていようが放っておけ』

召使のものが皇帝にしつこく食いつこうと語りかける。

『しかし……』

『どのみち、その黒魔術師は成果を上げるか、もしくはそこで“例のモノ”を扱いきれず、“例のモノ”に倒される、その結果が残るだけだ』

 皇帝は、薄く見えるその口元をあらわにし、にやりと笑ったのだった。

 『まさか、あの紛争の残骸、アレのコピーが残っているとはな』



 ラナ村では式典が進んでいた一方、その背後では亜人ドイドはすでにロークゥの何らかの魔術で倒されていた。一瞬の事だった。彼の爪とロークゥのカラスの翼が交差し、決着は一瞬でついた。ドイドは頭をうち衝立の後ろで地面につっぷし伸びている。そこに傭兵の一人がにじりよる。真正面にはただ何の変哲もない少女が汗もかかずに立っているだけ、彼の肩を抱き彼に質問をする。

男『何があった!彼女は魔法を使えないはずでは?』

ドイド『ま、魔王!!魔王皇帝だ!!影の帝国の……魔術を使う瞬間に彼女は、爆大な魔力と本性をあらわに……!!』

男『くっ、そんなわけがないだろう、こいつはただの少女だ』

ドイド『皇帝が、皇帝が』

男『こいつはもうだめだ、もう、仲間のもとへ引きずっていこう』

 少女と仲間の傭兵たちとを交互にみて、男がそそくさとドイドをつれさっていく、ロークゥがその男に呼びかける。

『ジャックを開放しないと、あなたたち全員とだって戦いますよ』

 その目はギラギラと光っていた。その背後から、別の傭兵の一人がジャックを後ろ手に縛り、その腕をつかんでつれてきた。ジャックは黒い霧に覆われていて、その目は血走っていて意識がもうろうとしているよう様子だった。

ロークゥ『ジャック!!』

傭兵はこんな言葉を残した。

『すまない、ヘックさんにはさからえないんだ、君たちの勝利はない』

 ジャックが顔をあげる。ぼろぼろの顔には本人の面影はない。だが顔を持ち上げるとその顔の輪郭を包んでいたのは、黒い霧だけだった。それが一瞬はれて彼の意識が引き戻されこんな言葉を目の前の少女に投げかける。

ジャック『逃げてくれ、ロークゥ、俺は今魔術師に操られているみたいなんだ』



 式典会場ではヘックのインタビューが始まっていた。ヘックはもう意気揚々と今後の展望を語り、今起こるべき変化を悠々と語る。

『皆さん、私はかつて先代とともにこの地下に眠るもう一つの、村の正しい記憶を見た、今私がその鍵をあけ、忌々しい記憶を解き放ちます』

 人々の一部は彼の話を真面目に聞いている。

『“地下の暗闇”や“黒霧”が解き放たれるのでは?』

 観衆の一人が問いかけるとヘックが答える。

『多少の犠牲などかまわないだろう、志願者だけを地下におくる、今日このあと地下の扉をあける』

 彼の話は続けられる。自分がいかにこの村をよくするつもりなのか、すぐさま今その成果の一部を出すとか、そのためにはある“鍵”が必要だとか。その傍ら、会場の一番背後のスペースである人々が語りあっている

『おかしいぞ、私の周囲の人間は皆、旅人の推薦するアズサにばかり投票したといっている』

『そういえばおれもそうだ』

『そもそもなぜ傭兵たちが選挙の委員たちをかこっているんだ、異様な光景じゃないか、それに傭兵たちは“黒霧”につつまれているし』

 徐々にその話し合いは大きくなる、投票に疑問を持つものが現れたのだ。話を続けていたヘックが、その声をきいて、最後尾にとりついていた傭兵の一人に命令する。

『おい、そこのお前、そいつを取り押さえろ、裏へつれていけ、痛い目に合わせるのだ』

 しばらくすると村の奥、ある路地裏から連れ去られたであろう男の悲鳴が聞こえてくる。

 『うわー-!!!』

 それから観衆の中で、村人たちの中で、彼に文句をいうものも、選挙に疑問を言うものも露わあれなかった。もはやこの村は、以前とは違うのだと誰もが確信に近いものを抱いたのだった。



 その頃背後では、衝立の後ろでロークゥと、黒い霧影に操られているかのようなジャックが対峙していた。ジャックは体は人間のままだったが、その体全体が影にとらわれ、肩の後ろに魔法陣を抱えていた。そしてその両手に刃物をぎらつかせている。手がぼろぼろになっているのか包帯でぐるぐる巻きになった両手に、刃物を巻き付けている。それをみて、ロークゥはつぶやいた。だがジャックはその眼光を光らせて白目をむいて、まるで自分の意識を奪われたようないでたちだった。その姿をみて、ロークゥは少しうろたえた。

 『ひどい……こんなの、いくら黒魔術師とはいえ』

 『ロ、ローグゥ……ウゥウ』

 頭をかかえこみ体勢をくずしたあと、空をみあげて遠吠えをあげて両手をひろげたジャック。その後ロークゥを一瞬みつめ、まるで別人が憑依したように間髪いれず襲い掛かってくる。さっきのように意識はなく、ガアガアと野獣のような声と荒い息遣いだけがある。

 『ジャック、おちついて聞いて、あなたがしっかりしないと!!』

 『ウォオオ!!』

 『くっ!!!痛ッ!!』

 ロークゥは防戦一方だった。刃物できりつけられ、斬撃をかわし、しかし強い抵抗をしない。ロークゥはたまらず魔術寓話本をとりだし黒カラスを召喚した。

 『ヨツバさん!!』

 カラスは本の中からとびだし、ロークゥをかばうように羽をばたつかせた。

 『彼を傷つけないで』

 『カアッ、クゥ!!カアー!』

 『グァアア!!!偽寓話使いめ!!』

 カラスは主人の言葉に忠実に難しそうにしつつも戦う。そのさなかでジャックの右手に握られていた刃物が下に落ちる。

 『グルゥルルル』

 『このままじゃ、あなたと戦うしかなくなりますよ!!』

 ロークゥは、しっかりと地面にたちこぶしを握り締め、腹に力をこめジャックの様子をみて叫んだ。ジャックは相変わらず言葉をかわさず反応せず、グルルルとまるで野獣が獲物を見定めるようにゆらゆらと揺れて左手に凶器をぶらつかせてその手のひらをもちあげ、左肩の上で振りかぶった姿勢になった。

 『やるしかない』

 ロークゥは決意した。地面におちた刃物をつかみ、ふりかざした。

 『これ以降は……力をおさえられませんよ』

 といって刃物に手を伸ばした。

 

 その頃アズサとアドはロークゥの事について話をしていた。

 『まだ帰ってこない、あんまりに遅いわ』

 『大丈夫ですよ』

 アドはアズサの肩をポンと叩く。

 『あの人はいつも自分から危険のある場所へ飛び込む。でも、活見込みのない戦いはいどまないです。』

 しかし、それから5分10分たっても音沙汰がないので、ロークゥの無事をたしかめようと、人目を盗みアズサは背後へ回る決意をした。一人で歩み始めようとするとアドがその腕をつかんでいった。

 『どこへいくんです?僕もいきましょう、さすがに心配になってきました』

 二人は会場をぬけだし衝立の後ろへ、お手洗いにいくと人づてに伝え二人隠れてあゆみだした。


 そのころ。ロークゥは、思い切った決断をもとに、ジャックとの戦いに決着をつけようとしていた。わざわざ大声をだし刃物をふりかざす。そしてジャックめがけてなげつけた。

 『ジャック!!』

 だが、ふりかぶってなげた刃物は、ゆらゆらと妙な軌道をえがきジャックの横をとおりすぎ、すぐ後ろの茂みに飛んで行った。

 『??』

 それをみてジャックは混乱した。ロークゥがとてつもなくこうした運動が苦手なのか、もしくは自分を狙っていなかったのか、野生化したような彼の思考ではそれが一瞬理解ができなかった。その隙にロークゥは、カラスに何事かを命令すると、今度は突進をして、ジャックの左腕ばかりに執拗につかみかかろうとする。ジャックをだきかかえるようにして、お互いのその体のバランスをくずした。

 『ジャック!!』

 『グルルル』

 ジャックはロークゥを突き放すと、決意したかのように、ついに、刃物で急所を狙いさだめ首筋にめがけておそいかかってきた。しかし、ロークゥは叫ぶ。

 『いまですヨツバさん!!』

 ロークゥの背後からカラスが飛んできて、もうひとつの刃物をまたもや地面にたたき落とした。

 『キュウゥウン』

 しかしその瞬間、刃物のとがった部位が羽にあたり、黒い羽にキズがはいり、背景の青空を透過した。大きなカラスはジャックの後方の青空に消えた。

 『グウゥウ!!』

 怒り狂ったジャックが空に向かってまるで、狼男のように雄たけびをあげ、黒い霧をみにまとい、両手両足をひろげてロークゥにむかっていって大きな口をひろげロークゥの手にかみつこうとした。よけるでもなく、ロークゥはまるで自分を餌にするかのように、羽織っていたコートを脱ぎ、自分の左手にまきつけた。

 『ガウ!』

 ロークゥの左手に、ジャックがかみつくその瞬間をアズサとアドが背後から衝立の裏を通りかかり目撃した。

 『ロ、ロークゥ!!』

 叫ぶアズサ。

 ロークゥは腕をかかえ、倒れこむ。

 『ヨツバさん!!』

 ジャックの背後から青空に消えたかのように思われた黒い大ガラスは、またもやロークゥのもとへ帰還しようと雲の切れ間から現れる。ロークゥはその様子をジャックの背中越しにみていた。大ガラスはジャックの背後で大空に羽をはばたかせ、やがて滑空状態になり羽をピンとのばし、静かに勢いをたもったままその首筋に頭突きをくらわせた。その攻撃が直撃してジャックは、意識を失ったのだった。

 『グッ……!!ウガアア!!』

 ジャックはロークゥの腕にかみつき、背後でヨツバとコンタクトをとるロークゥに気づかなかった。次の瞬間、呼吸を一時とめ、激しいいたみに倒れこむジャック。さーっと黒い霧が彼のそばから離れていき、魔法陣が消失した。背後からの奇襲、はじめからこれをロークゥはねらっていたのだった。



 その頃、例の村はずれ、崖の上にいる黒魔術師。

 『グゥウゥウゥ』

 彼は術と魔法陣を両手を伸ばしその前の空に展開し、村の方を睨め付けうなり声をあげていた。だがジャックのそれが消えると同時に彼の魔法陣も消失した。すると今までそこにあったはずの支えが亡くなったように彼は前傾姿勢で倒れ掛かる。

『くっ!!(ジャックの)術が切れた!!』

 予想していなかったのか、姿勢を直しつつ頭をかかえた。

(ここまで苦しめられるとは、あの旅人は一体何者なのだ?正式な寓話使いではないはずだが、もうほとんど弾がない)

 わけもなく崖の上に設置した簡易な居所の周りをうろうろとあるく。

(くそ、こうなれば撤退の準備をしておこう)

 そうして何分も同じ場所をに居座り、顎にてをあてたり、考え事をしたりして時折歩き回るのだった。



 その後、ロークゥは、ジャックを保護するようにアドとアズサに命じる。アズサはジャックを抱きかかえていった。

 『こんなになるまで……無茶して』

 その近くの物陰でこちらをじっとみている黒い影があった、二つの白い眼光、黒い霧につつまれたかて、擦り傷や切り傷でぼろぼろに傷ついた体、はがれた衣服。ロークゥがその気配に気づく。

 『誰です!!?』

 『うっ』

 ロークゥの予想とは違いその人は物陰から現れると、こちらに襲い掛かるではなく、勢いよく飛び出してそのまま地面に突っ伏して倒れこんでしまった。その影をアドがおこし、顔をみるとそれは傭兵団の隊長、ドグラだった。

ドグラ『早く逃げろ、村人を逃がせ、俺の兄は権力だけが目的だったんだ、私はこの村にきてから、ずっと隠れ、兄の夢に共鳴したふりをして、彼と黒魔術師の関係をみていた、それを止めようとしていたがついに仲たがいをして、こうしてぬけだしてきたのだ、見ろ、俺の体を、仲たがいした時から俺は兄の実験材料になった、この霧が少しずつ俺の細胞を変えていくのを感じるんだ、彼らはお前たちの想像より多くの人間を“影”で支配している、すぐにわかる、お前たち旅人やこの村の人間などでは、太刀打ちなどできない、彼らは“賊”さえも……』

ロークゥ『おちついてください、ひとつづつ話して、兄とは?』

ドグラ『ヘックは俺の兄だ、俺は亜人として俺はこの村から排除されたから多くの人がしるところではないが、実の兄なんだ、彼は先代の時に“地下であるもの”をみて、自分がすさまじい権力を持てると錯覚したんだ、そんなわけはないのに、いまの弱い村長のほうが彼よりよっぽどましだってのに』

 アドの胸で抱えられる彼が口を大きく開けると犬歯に常人のものと比べるとするどい牙があった。息苦しそうに、ドグラがまだ話を続ける。

 『賊が、族がくるまえに逃げられる人間だけ外ににげろ、ヘックは本当に武力でこの村を自分のものにするつもりだ、それともあんたらには何か考えがあるのか』

 ロークゥはアドに抱きかかえらる彼をみながら、少し考え、まっすぐ前をみて答えた。

 『ひとつだけあります』


 表では、ヘックが観客たちに何かをよびかけている。観衆は先ほどのこともあり、彼に抵抗するものはほとんどいなかった。ヘックはもはや、一時的にとはいえこの村の最大の権力者のようにふるまった。人々はおびえていた。

 『これから地下を調査しにいく、この鍵をつかう、多くの人間はしらないが地下には魔法壁がある、この鍵は地下の扉のさらに奥の魔法壁をあける鍵だ、私の手にはすでにこの村の未来が握られているということだ』

 沸き立つ一部の観衆。しかしその観衆はほとんどが黒霧の影に覆われていた。

『うおお』


 裏手にまた来訪者がくる。ゆっくりとしたあしどりで衝立の後ろにまわりこむ、一部のとりまき―貴族連中―をひきつれて現れたのは、老婆デミドだった。

 『デミドおばあさん、どうして?インタビューはいいの?』

 『けってきた、ロークゥに少し話があるんだよ、アズサ聞きたいことがね』 

 ロークゥがたずねる。 

 『何でしょう』

 『どうしてここまでするんだい?もう降伏したらいいじゃないか、それにあんたたちを逃がすことくらい簡単だ、それでもあんたは、この状況をひっくり返そうとするのかい?あんたにはいろいろな疑いがかかってるんだ、今のあんたの返答によっては私も力を貸すか検討するよ』

 ロークゥは少し、頭をひねり額に手を当てて考えた。

 『そうですね』

 一呼吸をおく。

 『私は旅人であると同時に、かつての国々が選んだ“小規模な単位の村や町の住人”平凡な人間であることを望んでいる。いつだってあなた方のような人を助けるために旅をしているんです、私は帝国にとって“贄”だから』

 老婆デミドが尋ねる。

 『どういう意味だい?』

 『私はいまあなたに本性をみせましょう、変わりに私の本性を影に隠しておいてくださいますか、ここにいる貴族の人々以外は』

 すぐにロークゥは自分が羽織っていたコートをぬぎ、その中から彼女の本当の姿、本当の魔力を一瞬だけその場にいる全員の前に現したのだった。


 表ではヘックが機嫌よくこの後の行動を観衆に説明をしているところだった。

 『では皆様、いまからデモンストレーションもかねて、マナの木の前に移動しましょう、傭兵の手下どもが案内します』

 観衆は一部いやいやながら、怪訝に思いながらも武力が振るわれる様子をみては、彼の意思に従うほかはなかった。


 その時裏側から、悲鳴が聞こえた。

傭兵の男『うわあ!!』

ヘック  『どうした』

傭兵の男 『あの女が、ジャックを倒して……やつは!!やつは巨大な魔力を、それも、魔王の、皇帝ような姿になって!!いったいどうなってるんだ!!』


 ヘック 『何をいっている』

 怪訝な顔をしながらも、ヘックは内心こう思っていた。

 (くそ、面倒なことになった、まさかとは思ったがロークゥ、あるいはあのパーティの一行の中に本当に魔術を使うものがいたとは)

 ついたてのうしろからぞろぞろと現れるロークゥ、アド、アズサ、デミドの一行。何もなかったように、デミドはにこにこして座席に戻る。おつきの貴族たちは少し顔面蒼白といった感じだった。


 ロークゥは、ヘックの司会や会場の掌握など知ったことではないという風に、ジャックの姿を観衆にもヘックにもみせつけ、彼を抱きかかえうったえる。

 『ジャックをこの術を開放してください。あなたが影でなにをしたかこの会場の人々にすべてを明らかにしてもいいんですよ!?もし彼を助けないのなら』

 ヘックがにやけてロークゥに尋ねる。

 『だったらどうだというんだね、へっ』

 ロークゥが鋭い眼光を光らせる。

 『いつまでも力を抑えてはおけませんよ』

 ヘックは思った。

 (まさか、こいつが本当にマナ使いだというのか、どういうことだ?)

 『くっ、ペテン師が、おい、傭兵ども……やつらをつれていけ、だまらせるんだ、抗うのならそのつもりでご自慢の能力をつかえばいいだろう』

傭兵たち 『ハッ』

 傭兵たちの一部が、ロークゥたちをとりかこもうとする。

 『させるか!』

 アドがロークゥやジャックをかばい、傭兵の前にでると傭兵がたじろいだ。ロークゥは、相変わらずヘックの方を睨め付けている。

 『力には限界があります、仲間の魔力にも……これ以上何かをすれば“私の本当の力を解き放つことになる”そうすれば大勢を巻き込む事になる、あなただって一たまりもない、ペテンはあなたです!ヘック、一時権力を握ろうと村人の信用はえられませんよ、ジャックは、この村の村長はあなたより手ごわい!』

 ヘックはそれを傍目にみて、また檀上にもどると、人々にとマイクに向き直りつつ、小声でロークゥに小言をいった。

 『くっ、ホラばかりをいう、黙ってみているがいい、この村が何を隠していたか、この“鍵”をつかって、いまから地下の扉を開けに行く、だまってみれいろ、そうすれば悪い風にはしない』



 村の外では、群衆の様子を見ながら一つのたくらみを立てる例の黒魔術師がいた。彼は郊外の林から入口の奥をうかがっている。少しずつ、人目を避けて村に近づいているようだった。

(しめしめ、村が混乱するうちに、一部の人間をさらい皇帝に献上しよう、すべては皇帝のために……)

 


 その数十分後。ラナ村。

ヘック  『何?あかないだと?』

傭兵の一人『ええ、鍵は試しましたが、ジャックからとりあげたものじゃ開かないようで……』

どうやら、魔法の結界がはられた魔法壁が開かないらしい。再び、資料に目を通すヘック。顎に手を当てて頭をひねる。

『ジャックもしくは、すべてのシャーマンの老人に鍵を託す?その中に本物が』

 少したち、彼はすぐにある結論に達した用だった。

『老人を集めろ、すべての人間の鍵を、いや、まてよ?』

(今シャーマンをしているのは、あの老婆だけだ、あの老婆が怪しい)

 ヘックは座席にもどっている老婆デミドに目をつけ、にらみつけた。デミドはそれに気づいたものの、同じように睨み返したのだった。


 その時だった。

『会場の皆さん、話があります』

 ロークゥは、座席から大声をたてるとたちあがり、まず正面の観衆をみたあと、やさしくアズサの肩に手を当てた。

『アズサさん、あなたにはもう、私の全てが見られてしまった、でもまだ私が生きてきた工夫をおしえてません、あなたに“あなたの短所”のうまい使い方をおしえてみせましょう』

 ロークゥはアズサの肩のそばで小声で耳打ちをする。

(嘘は悪いものだけじゃないんです、人を驚かせるよいウソがあります、いまから証拠をみせてあげます)

 ロークゥはおもむろにたちあがり壇上にちかづく。

『ヘックさん、ちょっとまってください』

 檀上にあがり、ヘックの隣でマイクに声を近づけ、一呼吸をおいた。

『私は、私とアズサは、ともにこの選挙を戦った勇士として、共同で地下をあけにいきます』

 その言葉をきき沸き上がる観衆。ため息まじりにしたうちをするヘック。いくらヘックといえども、人々の心まで操ることはできない、黒霧は人の意識に影響するが、その半数ほどはまだ霧につつまれていなかったのだった。



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