第1話 10節


 会議では今後の対応と、お互いの持つ情報の交換が行われた。会議の中盤の時点で、ロークゥからジャックに“精霊”についての説明が行われる。

ジャック『そういえば先ほどアドさんが精霊をみたっていってましたね、私には見えなかったのですが、本当にいたんですか?それともハッタリか何か……』

アド 『精霊は“ある条件”を持つ人にしか見えない、それはとても言いづらいから、そうだ、ロークゥに説明してもらおう』

 ロークゥは少し戸惑い、しかしこほんと咳をして一息つくと、説明を始めるためか、いつも斜めに書けている自分のバックをごそごそあさりはじめた。

ロークゥ『“寓話使い”および“影の教会”について詳しくない人々にこれを説明するのは難儀なのですが……図をつかって説明しますね、それは古い時代……奴隷制度がひどかった頃に生まれた魔術です、奴隷だけでなく、かつて君主や領主の力が強かった頃は、だれもが自分に対する被害者意識をもっていました、闇の魔術師が誕生したころ、魔術は研究段階でしたが、彼らは人々の弱い立場を利用して罠に嵌めようとしたのです……』

  ロークゥは紙とペンをとりだし、精霊の絵とよこに三つのかけらのようなものをかいた。

ロークゥ『最初に断っておきますが、アドさんが精霊、というよりその欠片を見た時点で、“黒霧”の事件は最早“影憑き”の事件に移行しました、それも今回は“闇魔術師”の介入があったことは間違いありません、“黒霧”が自発的に人間に憑依をすることはありますが、その場合被害はせいぜいその人物だけですむでしょう、ですが、それが“意図的な儀式”と魔術でつくられた場合は“影憑き”はまた一段階特別の、魔物のような力を発揮します』

 ロークゥが饒舌に話すので他のメンバーが気を使って小声でジャックに語り掛ける。

アーメィ『ついてきてる?』

ジャック『なんとか、つまり今回の件は、“地下にあふれる邪悪な影の力”の影響だけではないと?』

アーメィ『そういう事ね』

ジャック『特殊な事例ということですね、先代のと違って』

アド  『今なんて?』

ジャック『いえ、なんでも』

ロークゥ『儀式を用いて“影憑き”が作られる場合、この儀式は……闇魔術師の力を使い、ひとつの精霊と一人の人間を触媒とします。第一に魔力によって、精霊を洗脳します、精霊との“魔術契約”は知られていますね、これはそれと同じく、魔力の強い側が一定期間精霊に行動の制限を課すものです、まずはそれによって闇魔術師が精霊との仮の主従関係をつくります、主従関係が成立したら、第二に契約の形を変えていきます、闇魔術師との仮の主従関係を解き“触媒に使う人間”と精霊との間に主従関係を作ります、精霊を“触媒の生き写し”にするのです、まるで同じ人間が二人いるかのように、精霊が触媒と同じ趣味、趣向、人格を持つように情報をコピーし洗脳するのです、第三段階が肝心で、その段階で、“精霊”を分解します』

ジャック『!?』

 ジャックは大げさにジェスチャーをして、両手をひろげて困惑を示した。

ロークゥ『驚かれるのも無理はないでしょう、これは“寓話使い”にしか詳しく知られていない事ですから、国々が分断され、人々の生活する村や町が小規模化して以降、人々は魔物や闇の魔術師などと、それぞれの工夫によって生活をともにしてきたのですから……それはともかく、“光明教会”では精霊は、人々や動物や魔物の意識やマナが“細分化され空気中に放出されたもの”とみなしています、ですから“分解”という観念は我々には、身近なものなのです』

ジャック『いや、いよいよちょっとついていけなくなってきたけど、まあ最後まできこう、続けてください』

ロークゥ『“魔術契約”によって洗脳された精霊は、触媒に使った人間のその性質、性格の生き写しとなり、やがて分離させられます、彼らは三つの欠片にわけられます、ここにかいたのがその図です、キングが父性であり記憶、クイーンが母性であり理性、スレイヴは欲望を忠実に模倣します……次に』

 ロークゥは、図にスレイブからキングとクイーンに延びる矢印を追加した。そしてキングとクイーンに罰印を付けたのだった。

ロークゥ『その精霊の分身たちに“殺し合い”をさせ、欠片の中で欲望を受け継いだ“スレイブ”が勝てば、“逆贄狩り”の儀式は完成します、つまり“影憑き”があらわれます、最初に触媒にした人間が影憑きとなるのです、彼は魔物のようになり、巨大な影の力を手にします』

ジャック 『これは、呪術?それとも生贄の儀式?“逆贄狩り?”とは?』

アーメィ、『ええ、いけにえの逆って意味よ、この儀式の名前、儀式をへて影をつけられたものは“魔影憑き”と呼ばれるわ』

ロークゥ 『この魔術は、かつて奴隷本人のの望みをかなえるためのもの、として闇魔術師がいいふらし、人々を騙して使っていた原初の魔術です、しかし実際は違います、これが“闇影”の魔術と呼ばれるわけは、その代償と、結果があまりに大きいからです、儀式が成功しようとも、“影がついて一体化した存在”は、莫大な力と欲求に対する爆発的な衝動を手にする変わりに、代償として自我を失い、命を奪われ続け、その飢えはその触媒になった人の命が尽きるまで続く、まさに“魔物”と化す、つまり名称に反して、ほとんどこれは闇魔術師が、ある人物をいけにえにして、人間を魔物のようにしてしまう魔術なのです』

ジャック 『じゃあ、この魔術の意味や目的はほとんど“闇魔術師”の何らかの目的を達成させるためのもの?』

ロークゥ一同『そういうこと、です』

ロークゥ  『厳密には、触媒との利害が一致した時にだけ魔術師は触媒を利用しこの魔術を行うのです』

 ジャックは頭をかいた。目の前の説明を理解してはいるが、納得はできていない部分もあるようで、半信半疑の顔だった。

ジャック『じゃ、じゃあ、“精霊”だか“精霊の欠片”そのクイーンとかキングとかが僕に見えなかったのはなぜなんです?』

 アドとアーメィがため息をつき、変わりにロークゥが答えることにした。

ロークゥ『後ろめたい隠し事のある嘘つきにしか、見えないからですよ』

 ジャックは拍子ぬけしたように、彼らの様子を見守るばかりだった。


 会議が人段落をすると、一行は村長宅に移動して、例の“側近”の権力について調べることにしようという話になった。側近は、先代の時には三人いたが、ジャックの意思により、先代の生前の時にジャックの代には一人にすることにしていた。ロジーはそのころからジャックのお気に入りだったのだった。子供の頃から何かと世話になり、ほとんど兄や父のような存在だった。ジャックは宿から村長宅に移る道中、ロークゥ達一同に

 『自分が親任せでふがいないばかりに、権力の実態について子細を把握していなくてすまない』

 と謝った。


 ほとんど夜中の時間にランプを使いこっそりと宿をぬけ、村長の家に移り、リビングに全員で居座った。リビングには豪華な照明に、暖炉、通信モニターが正面に並ぶ。その隣が入口に近い客間である。宿と同じように丸いテーブルをかこむ、そこで、寝ないわけにもいかないのでかわるがわるで調べものをしようという話になった、幾人かがかわりがわりで起きて、交代で側近の権力の座について調べものをしようというのだ。そうして何度か寝ている人間、起こす人間のローテーションをきめ、作業を進めた。ジャックが起きている番のとき誰かが玄関をコンコンと叩いた。

ジャック 『誰だ、こんな時間に』

 扉を開けると思わぬ訪問者がそこにいた。

アズサ 『ごめん、部屋のあかりがついてたからさ』

ジャック『アズサ!』

アズサ 『今日は大変だったね、まさか側近のロジーさんが行方不明になって、別の側近が特権をふりかざして暴走するなんて、地下資源の“復興”なんて本当にするつもりなのかしら』

ジャック『うーん、彼はちょっとくるっているとしか、しかし君こそ、ひどい目にあったばかりで大丈夫かい?今日はやすんでいていいのに』

 玄関口でそんな言葉を交わすと、その後ジャックは調べものをしているとアズサにつたえる。アズサはその後ずっとジャックのそばで彼につきそい探しものを手伝った。ジャックは、アズサと深夜まで探し物をしていた。ロークゥ、アド、アーメィはまだ、疲れて仮眠をしていた。魔力を使ったので皆疲れていたのだ。しばらく二人で調べものをしていたが、ジャックが何か思いついたように手を止めた。

ジャック『アズサ、ちょっといいかい』

アズサ 『なに?』

 ジャックが資料を調べる手を止めて、テーブルより少し離れた皆の椅子の後ろ側に控えめに椅子をおいていたアズサに自分の体と椅子を向き直して整えてこう切り出した。

ジャック『僕は、自分の判断に自信がなくなってる、今、だれを信用すればいいと思う?』

アズサ 『どういう事?あなたが信用したい人を信用すればいいじゃない』

ジャック『それが難しいんだ、僕はなかなか、表面ではうまくやれるんだが』

 アズサが怪訝な顔をしてジャックをみる。

アズサ 『旅人たちは何度となく助けてくれたし、あなただって信用してたじゃない』

ジャック『いや、信用してないというのも違うが』

アズサ 『じゃあどういう事よ』

 ジャックは、いやあ、と頭をかくばかり、アズサはジャックのうじうじした態度についかっとなってこういった。 

アズサ 『村長のいたころはそんなんじゃなかったのに』

ジャック『……』

 ジャックは悔しそうにアズサにばれないようにテーブルの下で握りこぶしをにぎりしめていた。 

 そこへ宿の玄関口のノックがたたかれる。元気を失っているジャックをみて、アズサが変わりに玄関にでた。ジャックも気になり玄関のほうを注視するとそこにはデミドがいた。

デミド 『おや、ちょっといいかい』

 そうして老婆も加わり3人が村長宅の資料をあさることになった。

ジャック『父の書斎かとなりの部屋に、にたいがいの重要な資料はあるはずなんですが』

デミド『……ああ』

 デミドも真剣になって調べものをしているがそのスキにまたもやジャックが、アズサの袖をつかみ彼女に話しかけた。

ジャック『なんで“魔女”婆さんまで、こんな時間だよ、古くは父の専属シャーマンだったことは知ってるが……誰も信用できなくなりそうなこんな時に』

 その頃にはもはやアズサもあきれて、ただ袖をつかんでくるジャックの手の甲をつまんでひねって返事の代わりにした。ジャックはいてて、と大げさにその場に転がり込んだのだった。そしてそれを抱えて起こすと、アズサはこういった。

アズサ 『少しは自分で決めたり考えられるようにならないと立派な村長にはなれないよ』

ジャック『しかし死に際には“魔女”に気をつけろと父さんが……』

アズサ 『村長は“病”がどうにもならなくて取り乱してたでしょう!父さん父さんって自分の頭で考えないから今回だってこんな事になってるんでしょうが!』

 少し怒ってジャックと別の場所で調べものをしていたアズサだったが時間をあけてアズサのほうからジャックに話しかけた。

アズサ 『たとえ家族が疑われたとしても“復興派”は悪いのかしら、村長が病の末期の時にしたことは、正しかったのかしら』

 それを言われるとジャックは黙り込んでしまった。


 その後リビングに持ち込まれた資料を腰をかけて調べていたジャックは少したつと、どこからか視線を感じることにきづいた。目の前をみるとロークゥがいつの間にか体をおこしていた。だがどうやらまだ寝起きでぼんやりとしているらしく、しばらくぼーっとこちらを見ているだけだった。

ロークゥ『あ、おひゃようございます、夢じゃなかった』

ジャック『プッ』

ロークゥ『あはひゃは、すみません、お見苦しいところを』

 そういってロークゥは、姿勢を正した。顔をあらい、ジャックの手伝いをするといってまたジャックの持ってきた資料に手を付けようとしたとき、ジャックが自分から質問をした。

ジャック『あの、ひとつ気にかかってる事があるんですが』

ロークゥ『はいなんでひょう』

ジャック『あの、言いづらい事なら結構なんですが、ヘックに一体何を脅されたんです?』

ロークゥ『今はいえません、まだ信頼関係が……』

 アズサは丁度前の席にすわり、左右の二人を交互にみて様子をさぐっていた。

ジャック『じゃあ、こうしましょう、情報の取引といきましょう、あなたの知りたいことにできる限り答えますから教えてください、これはお互いのためだと思うのです』

ロークゥ『??』

 ロークゥはしばらく眠たい頭を働かせ目の前の事象に応えを出そうと頭を抱えて悩みこんだがしばらくしてこう返答した。

ロークゥ『うーん、私たちの“嘘”が気になるのか、それじゃあ村長時代の話でも……』

ジャック『うっ』

 ジャックは頭をかいて、少し悩んだが、何か納得したように手をポンとうつとこう切り出した。

ジャック『じゃあ、先代より昔の事を話します、その話がきにいらなければ、答えなくて結構ですから』

ロークゥ『わかりました、そうしましょう』

ジャック『ええ、この村は昔から閉鎖的な村で、この信仰も村人の中でも秘密とされ古い人間しかしりませんが、古くからある“神”が信仰されてきました、“マナミス”ではありません、土地の神です、この村の古き信仰、で名を“センジュシン”といいます、千の手をもち人々の災厄をはらい守る、豪族や村長などといった地位の高い人間、つまり私たちはその神にたよってきた、今でもその神の痕跡はのこっています、この村をつくった最初の先祖、村長が貧しい旅人だった頃に、魔物の大群に襲われたところ、この村のあった場所の地下から延びる千の光る手に救われたという言い伝えから、この信仰は生まれました、ほら、そこに』

 みるとリビング暖炉の棚の上、指さされた先に“マナミス”の木像があり、それは確かに手が千とはいわないが、いくつも生えている。

ロークゥ『確かに変わったマナミスですね』

ジャック『古き神と合成されてうみだされた地元の神、センジュのマナミスです、私たちはこの神を信仰しています、今でも私たちは、マナよりも、外から来るものよりも、この“神”を信仰しています、ある種そのせいで、この村は“外から来るもの”に対して常に閉塞的なのですが……あなたたちにも』

 ジャックはロークゥが反応しないので、仕方なくもうひとつという感じで話を付け加えた。

ジャック『あらゆるものよりその神を信仰する、私の親、先代村長もそうだったんです、だから私は少しでも変わりたいと思っているんです、信仰ばかりではなく、他の村や街、人を信用できるように』

 ロークゥは、少し頭を抱えたり、鼻根をつかんだりして考えたが、少しするとジャックの方を向きなおった。

ロークゥ『ええ、そんなにいうなら、私も話ましょう―私のモットーは“もし世界に信用されなくとも私は世界を信用する、安心して信用できる世界でなければ、私にとっては意味がないから”』

 その時、隣の部屋―物置から老婆のしゃがれた声が響いた―。

デミド『あったぞ!痕跡だ』




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