第1話 7節
その日の夜更け。人々も寝静まりロークゥのパーティメンバーも寝静まったあとに、ロークゥは一人掛布団をはぎ寝床からおきあがる。
『よいしょっと』
きょろきょろと部屋を見回す、隣にアーメィ、その隣にアドのベッドが並んでいて眠っている。二人に気づかれないようになるべく静かに動くようにして、ベッドから立ちあがると、コートをはおり外に出る準備をする。音をたてずにあるきながら部屋の扉のそばへ進む。ドアが小さくパタンとなる。どうにか二人起こさないようにしながら部屋をでられたようで、ふうと胸をなでおろした。借りている部屋は二階だったので階段を降り一階へ、降りた直ぐ傍に受付と玄関口がある。宿のオーナーもすでに自室で就寝中、表玄関傍の受付もしまっている、彼女はその反対側、裏口をめざした。
『ふう……』
外に出て一息をつく、少し肌寒かった。周囲に気を使いながらやっとの思いで裏口から宿を抜け出したのだ。周囲を見る、寓話本をとりだす、一人で深夜の調査しよういうつもりだった。その背後から、いつのまにか音もなく裏口の扉をひらき、同じように忍び足でよってくる人間がいた。ロークゥの肩に両手をかけて、呼びかけた。
女性の声 『ちょっと!』
ロークゥ 『うわっびっくりした!』
小声で、しかし響くとてもなじみのある声が響いた。アーメィである。アーメィは少しむくれながらロークゥのほうをみて、腕を組んでいる。
『今狸寝入りしてたらさあ、こんな夜更けにあなたが一人でこそこそしてたから何かとおもったら今から、こんな時間へどこへいくのよロークゥ、まさか一人で“闇影”の調査に乗り出すつもり?』
腕をくみながら、宿の裏口のドアにもたれかかる金髪金目の少女。ロークゥはそれでも動きをとめることなくフードをかぶり、一人でいこうと準備をする。
『ええ、この村には、秘密が多いようです、しかし……もう皆さんには迷惑がかけられません、勝手なことをしてすみません、でもアズサさんだけを危険な目に合わせるわけにも』
『はあ……まあ、一年近く一緒に冒険してるけど意外にもあなたって、結構勝手よね』
『すみません』
その時アーメィはロークゥの背中をみて、哀れむような目線をおくり、ぽつりといった。
『体、しんどいんでしょ、“あなたの体は特別だもの”まあいいわ、今日はやすみなさい』
『でも』
ロークゥは食い下がろうとする。しかし強い力でアーメィがその手を握って宿に戻させようとし、ロークゥはにげようともがき、アーメィが宿につれもどそうとひっぱり、押し引きの力くらべになる。
『ちょっと心配なんですよー、きっと“妖精の断片”は彼女には見ることができないし』
踏みとどまろうとするロークゥ、しかしアーメィも負けじとロークゥの手をひっぱりずるずると宿のほうにひきずっていく。ロークゥは背が小さくふんばりがきかないものの反対方向にあるこうと足をばたつかせる。
『いかせてくださいー!』
アーメィはロークゥを気遣いながらも、ロークゥに命令をする。
『今日はやーすみーなさーい』
『うわー、うあー』
いつもはロークゥにやさしいアーメィがめずらしくロークゥを強気に封じ込め、彼女をうでの中に抱きかかえた。身長差によってロークゥは簡単にだきかかえられて、じたばたと暴れるも、宿の中へ戻されるのだった。
宿に戻った二人は、夜更けまで眠れずに会話をしていた。窓際のベッドでアドが何も知らず心地よさそうな顔をして眠っていた。落ち着きを取り戻したロークゥとアーメィが向かい合って、隣り合うベッドの上に座っている。
アーメィ 『まったく……そもそもロークゥ、なんで突拍子もなくあの夜に調査をはじめたわけ?いくらあなたには“黒霧”もっというと黒魔術師の作る“闇影”に近づくことで、体の痛みがあるとはいえ、あなたの勝手でこんなことになったんじゃなくて?』
ロークゥ 『すみません……師匠の教えなんです、師匠の教えは、“闇影”に解くべき秘密があったらあたってくだけろです、未知のものを恐れてはならずまずはその中心に身を置くことで自分の身の振り方がわかると、しかしこの村は、私が思ったより秘密主義の村でした、まさかマナツリーを調べることであそこまで怒りを買うとは』
アーメィ 『まああんたの師匠も変わった人よね』
ロークゥ 『闇影にかかわる人々に、不幸な事があるのなら率先して助けなければ、“寓話使い”ではありませんから』
アーメィが退屈しのぎにと自分のバックからトランプをだし、広げてならべた。
アーメィ 『でもあんたがいくのはだめ、何かあればまず私したちにまかせて』
ロークゥ 『はいぃ』
その翌日、ロークゥ一行は村の依頼を再びうける事を許可された。早朝じきじきにロジーとジャックが尋ねてきて、二人がならび突然深くお辞儀をしてきたのだ。
ジャック『マナツリーには何も問題はありませんでした』
ロジー『地下についての秘密に触れられることを恐れ、過剰な対応をして失礼をしました』
と非礼を詫びるとともに、依頼をうける事を許可された。
ジャック 『もし今後村の秘密を無理に暴こうとしないのであればという条件つきですが、村にはいろいろな困りごとがありますので、手助けのほど何とぞよろしくお願いします』
宿ではアドが体がなまっていたからと一番大喜びで、その日ロークゥ一行は朝食をおえ、食堂をでると、さっそくアドがいう。
『仕事をしましょう!』
そして朝から何件かの依頼をうけるのだった。午前中から掃除の依頼、害虫駆除、探しものの依頼。午前中は難なく仕事をこなした。しかし魔術や“寓話使い”の能力は
『目立つことをしないように、私たちは“寓話使い”と“マナ使い”なんだから』
というアーメィの考え方から、魔術を使うことをさけ、使う場合でもなるべく慎重に状況を選ぶ事をパーティ内の合意とした。
午後になって、ようやく魔術が必要そうな依頼がやってきた。午前中でくたくたになっていた女性陣だったが、アドがあまりに魔術がなまるというので、村はずれに、ある水の魔物を退治しに出かけたのだった。村はずれという事でここでは魔術を使ってもいいだろうと、アドがいうと、アーメィとロークゥは合意した。
彼らがそこへ駆けつける前、人気のない湖のぼさぼさのほとりのなかから、人のものと思われるぼさぼさのかみのけがチラリと顔をだす、しかしそれも一瞬で、次の瞬間には、なまめかしい女性のキレイな歌声が聞こえてくるのだった。しばらくすると水辺のわきの舗装された通り道りからロークゥたち一行がの足音が響いてきた。やがて話し声も聞こえてくる。
アーメィ『間違いない、ルサールカね』
ロークゥ『ええ、水辺の妖精ですね』
アド 『早く“能力”を使いたいなあ!』
先頭にアドがいて、女性陣はそれについていく。アドはいよいよ妙にはりきっており、先頭にたって手足をおおげさにふって意気揚々と歩いていく。
アド 『今回は僕にまかせておいてください!あふれでる体中のマナが、こんな仕事すぐに終わらせられると僕に訴えてくる、くぅうー!!もし何かあっても手を出さないで、今回は、なんとか一人でも退治できますから』
アーメィ (ただの妖精ならあいつ一人で十分か)
ロークゥ『ちょっと、アドさん先走らないで……この先はけものみちですから』
確かにロークゥのいうように、その先の舗装された道はなく、けものみちらしき道ともいえない部分とあとは鬱蒼とおいしげる人の背丈ほどある雑草ばかりが見渡す限りにびっしりと生えているのだった。
アド 『あ!!声だ!!いまの聞こえました!?』
ロークゥ&アーメィ『??……』
アドは二人の意見など聞かずに、ほとんど単独で湖のほとり鬱蒼としげる草をかきわけ、一人で声のする方向へ全速力で向かうのだった。ロークゥとアーメィは聞こえなかった。だがアドがかき分けていく方向をおっていくも、背丈ほどある雑草に視界を遮られるのだった。
アーメィ『あれえ、アドあいつどこいっちゃったんだろう』
ロークゥ『すぐにおいつかないと、妖精の声も聞こえなくなってきましたし』
二人は急いでアドをおいかけたが、すでにアドの痕跡はなく、二人とアドははぐれてしまったのだった。
アドはその時、一人で血気盛んなその闘争心をもやしていた。けものみちが少し開けた場所にいた。彼は何か植物の根っこをつかみ、それをむさぼるように食べていた。
『いたな!ルサールカ』
『グルルル』
呼びかけると、ふりかえる、彼の目の前に、ジャンプしてとびかかるようにでてきた。ぼさぼさの頭の女。しかし肌は水のように透明で青みがかっている。体からは水の魔力のオーラが発せられている。これこそこの世界のルサールカ。水辺で亡くなった女性や、宗教による庇護を受ける事のなかった赤ん坊の魂が妖精の姿になったものだ。
アドは右手にてをつけ、詠唱をする。
『内なる手よひらけ、内なる魔術を開放せよ』
とたんに彼の触手が精霊めがけて突進する。縦横無尽にシュンシュンと空を飛びまわす触手、精霊もまけじと右に左に上下に縦横無尽に空を飛びまわるのだった。精霊は何度となく触手をかわしたが、あるとき一瞬何かにきをとられると、すぐにアドの触手の一本に巻き付かれ、うごきをにぶらされ、他の触手が追撃をして、あっけなく妖精はからめとられ、地面に墜落するのだった。
アド『フッ』
ルサールカ 『グクゥフウ』
アドの魔術はそれ一つだけ。彼は《ミュータント》である。そして“マナ使い”である。故に他に魔法術をしらない。だが彼の魔法は純粋で強力な力をもっている。それは、のちにわかることなのだが……。
アド 『捕まえたぞ!おとなしくしろ、ロークゥさんと魔術契約をするんだ、これ以上人に悪さをしないと』
ルサールカ 『キィイイ、アアア!!』
先ほどまで綺麗な美声をはなっていたルサールカは、触手にからめとられるとじたばたと暴れるのだった。しかし、またひとこわ大きな美声でさけぶ、
ルサールカ 『フォーウフォーウ!!』
その背後からごそごそと、何人もの足音を聞いたか。すぐさま危険だと思うと、アドは大声をだして仲間をよんだ。
『ロークゥ!!アーメィ!!敵は一人じゃないぞ!!助けにきて!!』
しかしまた別の場所から、人影がみえて、それが彼の背後からおそってとびつき、彼の背中にくみついた。
『二体か!』
背後から襲い掛かるルサールカ、身動きがとれなくなるアド。
アド『仕方ない、もう片腕も触手に……』
アーメィ『アド!!どこなの!!』
アド『ここです、ここで……す』
そのとき、一度だけ声をはりあげたアドだったが首を後ろからしめつけられ、声が思うように出せなくなった。絶体絶命か、呼吸も難しくなる、彼は詠唱する余裕さえもなくなっていた。薄れゆく景色の中で、彼は一世一代の魔法を使うかという悩みに逡巡するのだった。
(使いたくないが、あの魔術を使うしかないのか?命を削るあの魔術を……)
その時、背後から複数人の足音と声がきこえた。
A『精霊だ』
B『石をなげろ!!』
C『こいつら、旅人だぞ、しかし奇怪だ!!まるで怪物じゃないか』
A『いいから、一応人間なんだよ、早くたすけなきゃ』
《ドス、ドスドス、ゴン!!ドスドス!!》
『ギイィイイアアア!!!』
その声と音とともに、アドの背後にくみついたルサールカが悲鳴をあげたかというと、ぱたりと、今度は地面に倒れ気を失ったようだった。
アド『く、くふう』
アドは少し息をととのえ、やがて、背後からやってきた数人の人間たちにお礼をする、姿格好をみるとどうやらこの村の人間たちらしく、朗らかな笑顔でお礼をしようとした。そのとき、自分の左手がまだ触手だった事を思い出し、即座に魔術をといて再びおじぎをしてお礼をいうのだった。
アド 『す、すみません、見苦しいところを』
頭をさげてお辞儀をする、するとその数人、よくみると3人組から帰ってきた返答は意外なものだった。
A『ふん!』
B『今回だけだぞ、お前たちは偽物の“寓話使い”だって悪いうわさもあるんだからな』
C『そうそう、悪い魔術師だって噂もある』
A『じゃあな!!妙な噂ばかりの旅人よ』
B『いこうぜ、手が触手になるなんて気味が悪い、ミュータントなんてこの村にはいないぜ、嘘つきはいないからな』
アドは、今の今まで元気に一人で怪物と対峙しようとしていたし、自分が悪く言われることにはなれていたが、妙な噂という言葉にロークゥやアーメィが侮辱されたように思えすこしむっとした。
アド『なんだよ、あいつら、別に俺もこの体が普通とはおもっちゃいないが……』
そこへ、おくれてきたロークゥとアーメィが雑草をかきわけて登場した。
《ポンポン》
『何か悪い事いわれてたみたいだな、気にすんな』
いつもはアドに喧嘩腰のアーメィもその時ばかりは理不尽な陰口に文句をいい、彼の肩をたたいて慰めた。ロークゥはそそくさと捕まえたルサールカたちと魔術契約をすると、やがて、一行は村へと戻るのだった。
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