第1話 3節
ロークゥたちは案内に同意し村を見て回る事になった。平凡な朝、平凡な村の中央を5人が歩く。町は生活音に満ちているが、騒ぎの起きた昨日よりはいくらか静かだ。ロークゥはおとなしくついてくが道中でまたもや、他の二人の小さな喧嘩がはじまっていた。
アーメィ『ちょっと!よそ見しておくれないでよ!まったくもう……あんたがついてきてるだけで大変なリスクを背負っているんだから』
アド『ああ、はい、すみません』
アーメィ『男ってだけでいやだったのに、私は』
アド『またその話ですか』
アーメィ『何よ!』
二人はきっかけがあればつかみかからんとするほどににらみ合う。
ロークゥ『もう一か月ですね、彼がパーティに加わってから』
うしろを気にしながらロークゥも二人の喧嘩を気に掛ける。彼女はいつも二人の間にはいって二人を気遣う。
アーメィ『少女二人に突然男が入ってくるんだもの、そりゃ一か月たってもなれないよ、もう少し素直だったらいいんだけど』
アド『確かに、女性二人ですもんね、でも……皆さんには迷惑はかけないですよ』
アーメィ『あんたそういってこの前の村でも、トラブルを引き起こしてくれたじゃない、あんたは常に要注意人物よ』
アド『はあ、それは確かに、すみません、僕はたしかにドジなところがありますね』
二人が喧嘩する様子を、ロークゥが苦笑いしながら見守る。そうして移動していると、村の中央にたどり着いた。ロジーがある巨大なものを指さした。
『ここですね』
ある祠とその背後、周囲に厳重にロープの張られた木がある。周囲は鉄柵でかこまれていて、柵の入り口の扉には厳重に鍵がかかっている。木の中央には円環の形に機械の構造、端末やら計器やらモニターがある。その円環の部分は、まるでこの世界の人間に備えられているマナカラーのようだ、機械と自然が合体したかのような大樹であるる。さきほどまで最後尾にいたアドが率先して先頭を走っていった。
アド『大きいな』
ジャックが陽気に声をはりあげて左手をひろげた。
ジャック『これがこの“ラナ村”のマナツリーです』
ロークゥ『おお、旧世界の遺産……ですね』
アーメイ『立派ね、樹冠の部分だけで村の半分を覆うくらいの大きさだわ』
アド『ですね、樹液があんなに』
この世界のあらゆる生物は、だれもがその体の内部にマナをもち、魔力の根源でありあらゆるものの動力源になる。マナツリーはかつてあらゆる国が“地下”を探索した時代に掘り出された、滅びた文明の遺産、世界各地の村や街に標準的に置かれる。地下に沈殿した生物の死骸や現存する生物が放出した空気中の余分なマナを吸い上げるサイボーグ植物だ。“樹液”とはツリーの抽出物、マナの凝固した姿。
ロジー『この村では、重要な公共施設から最初にマナの樹液を供給します、介護施設、病院、学校など』
アドが退屈そうにあくびをして、アーメィがひじで彼をこづいた。退屈そうな二人をみるにみかねて、困り顔で村長のジャックがいった。
ジャック 『ロークゥさん使ってみますか?』
ロークゥ 『いいんですか?』
ジャックはロジーに目配せするとロジーも困り顔で笑いつつこくりとうなづいた。
ジャック 『少量だけなら、それに、寓話使いの力を見てみたいんです』
ロジーがマナツリーの周囲の厳重な鉄柵の鍵をあけ、祠の前の樹液の泉にある器をとりだし、少し樹液を拝借する、そしてほんの少しだけの樹液の入った器をロークゥに渡した。ロークゥは初期の“寓話術”を唱える。
『アイソープス・スクラヴォス・アイソープス』
これはほんの初歩的な魔法で、だれでも使える魔法“バタフライエフェクト”となずけられた予言の魔法だ。
《パタパタパタ……》
―本が開かれ、優雅な飛翔とともに、黒い蝶がきらきらとした黒い影の花びらを飛ばしあらわれ、舞い踊る。ふわりふわり、ゆらりゆらりと人々の目線でいくらか影の鱗粉をまきちらして浮遊する、ゆっくりと人々の視線をなぞるように、人々一人ひとりの前へ遊ぶように円をえがいて飛行すると、それははるか上空にとびたち、そこでぴたりと飛び上がるのをやめ、光を放つ、人々を楽しませたあとのその瞬間、それはある言葉を言い放った、薄く小さく今にも消えかからんとするような声量で―
【予言、この村で近く、根幹を揺るがす騒動が起きるだろう】
そうして予言を言い残すとそれははじけて消えた。その様子を歓声まじりにみていた人々は、本から本物そっくりのリアルな黒い蝶が飛び立つ様子と臨場感に言葉をうしなって関心していた。
ロジー 『はあ、これは、優れたものですねえ、本物の蝶のようだった』
ジャック 『すごい、本当に影に、動物の魂が宿るのですね!』
ロークゥ 『ええ、ありがとうございます、しかし皆さん、ちょっと予言が不吉でしたね、よ、予言の精度はまちまちですので、必ずあたるともかぎりません“寓話使い”にこういう初歩的な魔法があるということです』
《キキィーーッ!!》
一同『!?』
丁度その説明が終わるころ、村の入り口付近ですさまじい金属のこすれる音が響いた。よく耳を澄ますと列車が線路上でブレーキを踏む音だった。村の人々が警戒する。人々がつどい、野次馬が生じ、町の出入り口にどよめきがまた生まれた。人だかりの村人たちが話ている。
村人A 『何だ?』
村人B 『またか、“カーゴレール”が付近でとまったんだ』
村人C 『影の教団か!?影の魔術師がまた来るのか?』
村人A 『安心しろ、ロジーさんがいる、村長も頼りねえが少しは……先代のときは頻繁に取引していたんだ、問題はねえ』
ロークゥのパーティは、入口とは結構な距離はなれていたが人だかりはみえたので、何があったのかと確かめに急遽そちらに向かう。
ロジー 『何があったんでしょう』
ジャック 『すぐに向かいましょう、すみません旅人の皆さん』
かけつけ、人々に何があったか話しかけるジャック。人だかりがみな入口の外をみていた。入り口の外に誰かがたっているようだった。彼らがゆっくり近づきその姿を確認しようとすると、人込みがあり、皆その合間から先にいる人物の姿をぼんやりと確認した。そして、驚いたようにロークゥがつぶやいた。
ロークゥ『黒の人影!……まさか』
アーメィ 『え?』
アド 『まさか、何かいちゃもんでもつけにきたのかな』
パーティメンバーが口々にささやく、人影は黒い影のオーラをまとう人“影の帝国”の関係者らしき事がわかった。村人の一人が叫んだ。
『影の教会の魔術師!?本物だ、なんでここに』
ロークゥが焦りながら、ロジーにそれとなく聞くと、ロジーは焦りをみせたまま、彼らにむけて両手の掌をあげて、ここにとどまるように指示した。
『大丈夫です、私にまかせて、妙な事はこんな村で起こさせはしませんから』
彼はそれだけを言い残し毅然として前へ人込みをかきわけた。何事かこの村の入り口につったっている、黒いオーラを放つ人物の前にでようと急ぐ。相手はモノ言わずただ立ち尽くし、汗をぬぐうようなしぐさをしている。大勢の人がみていたが、たじろぎもせず
『ただ村の責任者と話がしたい』
とだけ言っている声がわずかに聞こえる。人込みの中をかきわけたロジーがようやくその最前列につき彼によびかけた。服を整えピンと背筋をのばしておじぎをする、右手を腹部あて、左手をおじぎにあわせておろした。
ロジー 『こんにちは、どういったご用件で?どちらさまでしょうか?』
謎の人物 『見た通り“影の魔術師”だ、少しマナをわけてもらいたい、我々の
ロジー 『ふむ、分量によりますが、我々のマナツリーもかつかつでして』
影の魔術師『ほんの少しでいいよ、コップ半分の樹液でもあれば、少し修理に必要なだけなんだ』
影の魔術師と自称したものは、この暑い日刺しの中でも黒いコートを羽織り、肉食動物を骨をもしたマスクの目に罰マークをつけたいつものかぶりものをしている。影の魔術師おなじみの格好。
ロークゥ一行はまだ人込みの近くにおり、人込みの上から、つま先立ちで村の外の様子右手で帽子の傘をつくり遠くをみつめて、確認したように足の力をぬいて振り返り、アドがいう。
アド『確かに鉄道、本当に脱線していますよ、平地に斜めに進出してます、確かにいつもある“霧”のシールドがないね、単純に困っているだけかも、ただ取引したいといっています、マナが欲しいから通貨を出すと』
ロークゥ『カーゴレールといえば、大陸を横断する、帝国専用の鉄道、通常は“影の帝国”の所有地意外ではとまることはないけれど』
アーメィ『けれど“黒霧”の件もあるし、まったく関係ないかどうかは怪しいわよ』
ロークゥも、少し人込みをかきわけ、じっと人込みの向こうにいる影の魔術師の方をみていた。といってもロークゥのパーティはよそ者だ。この村のあれこれに口出しをすることなどできない。
しばらく話をしていたロジーと影の魔術師だったが、ジャックをよんで話をつづけた。しばらくすると話がまとまったようだ。取引は成立したようだった。ロジーとジャックは、影の魔術師に一礼をすると、人込みにどくように指示して、ひらけた人込みの中をロークゥ一行のほうへあるいてもどってきた。ロークゥはその様子をみてきて、人込みの中、すれ違いざまにジャックに質問する。
ロークゥ『大丈夫ですか?』
頭を掻きながらジャックが答える。
ジャック 『悪さをしなければいい商売相手だから』
ロークゥ『ちょっと様子をみてきます』
ジャック&ロジー『え?ちょっと!』
その瞬間、人込みが明けているすきまを、何をおもったか、ロークゥが影の魔術師のすぐそばまでずんずんと走りだした。ひとごみはジャックとロジーを通し出口のところでとじかけていて背の低いロークゥは一瞬とまどったが、瞬間ふっと人込みが何かの力でおしのけられたようにひらけて、押しのけられた人々が、転んだりしていた。そして人込みの出口にたどり着き、その瞬間、まるでそれを知っていたかのようにぼうっと、村の出口にたつ影の魔術師がロークゥの方、真正面ではなく少し左をあきらかにロークゥのほうを不自然に見ていた。
影の魔術師『こんにちは』
ロークゥ 『あなたは、本当に黒の魔術師?悪意はないんですか?』
ロークゥがよびかけると、焦ったようにロークゥの後をおい人ごみをかきわけ、ジャックが止めに入る。ロジーはその場でたちつくし黙って見守るだけだった。ジャックがロークゥのそばにくると、背後からロークゥに小声でよびかける。
ジャック『まずいですよ!意味もなく話しかけては、目を付けられますよ!』
ジャックは焦っていたが影の魔術師はおとなしく、ロークゥをみて、それからロークゥのさげている“本”をみて何かさとったように、仮面の下から見える口元で笑った。
『“寓話使い”か……我々が怖いかな?光明のものは私たちを疑ってばかりだ、だが、疑い合うもの同士でもお互いの大事には争うことは不毛だ、いずれわかるだろう……互いに、利害の一致するときには助けあわねば……』
影の魔術師は、ロークゥにむけ手を上げて、そうして奇妙な言葉を残して、その場をあとにするのだった。
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