第61話 バレたら全開




 瞼を開いたとき、視界に入ってきたのが至近距離の巧だったので驚いた。


 一人用の狭いベッドに二人は窮屈だ。私たちはピッタリ体を寄せていた。


 巧とは一緒に暮らしてそこそこ経つのに、部屋が別々のせいもあって一緒に寝たことなんかない。というか、寝顔初めて見るかも?


 まつげの一本一本が確認できるぐらいの距離で巧をみたことなんてなかった。私は息をするのも忘れてその寝顔に見入ってしまう。


 ……そういえば、いつも帰り遅いし朝は早いしなあ。それなのにちゃんと家事は分担してるし、この人絶対寝不足だよね。


 ぼんやりとそんなことを思っていると私の熱い視線に気が付いたのか。巧が突然パチリと目を開けた。ついびくっとしてしまう。


「……おはよ」


「あ、おはようござい、ます」


「なんで敬語」


 巧が笑う。狭そうに仰向けに体制を変えた。その横顔を今度はじっとみてしまう。


 巧はぼんやりと天井を見つめていた。


……まさか自分にこんな時間が来るとは。ドラマみたいなワンシーンじゃないか。なぜか今更ワクワクしてきた。


 少し前の私じゃあ絶対考えられなかった。今自分で自分に感動している。三次元の男と一緒のベッドで目を覚ますって、ほんと……!


「あのさ」


 一人心の中で感激していると、巧が声をかけてきた。


「え?」


「まあポスターはわかるんだけどさ」


「うん」


「なんで天井に貼ってるの?」


 巧の視線の先には、キラキラスマイルのオーウェンがいた。


……全然ドラマのワンシーンじゃなかった。そんなロマンチックな場所じゃないだろ私の部屋は。もうちょっと綺麗でおしゃれな部屋だよドラマは。


 なんだか急に現実に引き戻された私は冷静に答えた。


「寝る時オーウェン見て寝れるじゃん」


「すっげ……」


「あれ貼るのすごく苦労したんだ」


「次貼りたい時は呼べよ、貼ってやる」


 巧はそういうとゆっくり体を起こした。後頭部が少し寝癖で跳ねている。


 そんな彼の後ろ姿を見ながら微笑んだ。


 そっか、ポスター貼ってくれるんだ。すんごい変な図だけど、素直に嬉しいや。この趣味続けてもいいんだね。


 巧がベッド下に落ちている服を拾いながら、何かを思い出したように言った。


「あ」


「え、何?」


「杏奈今度の土曜空いてるよな」


「え、空いてるけど」


「どこ行きたい? 前肉好きって言ってたから肉にする? ステーキかしゃぶしゃぶでもいいし」


 なんだか外食する前提で話が進んでいる。私は首をかしげた。


「え、なんで急にそんな外食? 肉食べたいの?」


 私がそう言うと、巧が呆れた顔で振り返った。


「はあ? 杏奈誕生日だろ」


「…………

 はっ!!」


「普通忘れる?」


 少し笑って巧が言った。確かに、その日は私の誕生日だった。


 ここ最近そんなこと思い出す余裕なんてなかったもん、忘れててもしょうがないと思う。


 でも巧は覚えててくれたんだ。嬉しくなって笑顔になる。


「忘れてた、覚えててくれてありがとう!」


「忘れんな」


「ええ、どうしよう。うーん肉もいいけどー」


「杏奈の好きなところでいい」


 じっと考える。そりゃいい肉食べるとか、おしゃれなレストランとかもいいけど……


「……家がいいなあ」


 ポツリとつぶやいた。


「え?」


「別にピザとかとればいいから。家でゆっくりしたいな。なんか最近、巧とゆっくりしてないから」


 そう。なんだか色々あって、一緒の家にいるのに全然息抜きできていない気がする。出かけるよりゆっくりしたほうがいいなと本心で思った。


 黙っていた巧が一瞬だけ目を見開く。そして呆れたようにため息をついた。


「杏奈は煽るセリフだけ妙に上手いよな」


「え?」


「いや、わかった。じゃあ欲しいものは。先に聞いておく」


「えー誕生日プレゼント!?」


「なんでも言ってみろ」


 さらにワクワクが増す。初めての巧と祝う誕生日、プレゼント。


 欲しいもの、欲しいもの、どうしようたくさんある……!


 鼻息荒くして言った。


「去年のクリスマスの限定オーウェンフィギュア! レアすぎて手に入らなかったの!! は、さすがに無理かあ……」


「…………」


「今度出る新しいゲームとか! 声優が好きな人で!」


「…………」


「ああっ、ロータスをイメージした香水今度出るって言ってた、推しのイメージの香りとか最高で」


「一度バラしたら急にオタク全開でくるじゃん……」


「あ、ごめん」


 完全に興奮していた。こう言う話できる相手麻里ちゃんしかいなかったから嬉しくてつい。


 だが巧は大きな声で笑った。子供みたいな顔で目に涙を浮かべている。


「誕生日に推しグッズかよ」


「スミマセン」


「おもしろ。もういい、聞いた俺が悪かった」


 巧はそれからもしばらく一人で笑い続けていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る