第49話 言い方!!
翌朝、身支度を整えて自分の部屋に戻ると、スッキリした顔の樹くんとぐったりした巧がいた。「いやーごめんごめん」と笑う樹くん、嫌がらせ成功して楽しくて仕方ないって顔してる。
その上巧に帰れと言われてもそのまま居座り、三人で豪華な朝食を食べることになった。巧の不機嫌はピークに達していてハラハラしそうだった。
結局チェックアウトギリギリになるまで三人で過ごし、そのあとは当然のように私たちの車に乗り込もうとした樹くんを、巧は華麗に置き去りにした。以前から思ってたけど、樹くんも大概だが巧もなかなか幼稚で負けず嫌いだと思う。
ようやく樹くんを引き剥がしたことに安堵した巧と、せっかくなので軽く観光した。お土産もたんまり購入し、その土地の美味しい食物を大量に車に詰め込む。
観光はまた新鮮だった。巧と見知らぬ土地を見て回るのは楽しかったし、色々なことに博識な巧には驚かされた。忘れてたけどこの人頭はいいんだっけ。
昨晩はどうも不完全燃焼だったけれど、ようやく二人のリズムを取り戻して私たちは過ごせていた。
「ほんっとにさ。樹は昔からああやって意地が悪い」
辺りも暗くなった頃、自宅のマンションに向かって巧と車で揺られている中、彼はいまだ恨みを言っていた。いつもすました顔をしてる巧が、こんなにぐちぐちいうの珍しい気がする。
私は小さく笑った。
「でも私、今回のことで思ったんだけど。二人ってこう、喧嘩するほど仲がいいみたいなところない?」
「ない」
「だって本当に嫌いだったら存在無視するでしょ? 悪戯好きの樹くんに、困ってる巧って感じ。まあ樹くんは悪戯がすぎるんだけど」
「それだよ。あいつは加減ってものを知らない。昔から俺が持ってるものを欲しがるし横取りしようとする」
ハンドルを握りながら巧がため息をついた。まあ、巧の彼女にもちょっかい出すって言ってたしなあ。
「前から聞こうと思ってたけど、いつからあんな感じなの? 仲良い時くらいあったでしょ?」
私が尋ねると、巧は一つ頷いた。
「子供の頃は仲良かったよ。俺も樹の面倒よく見てたし。でも小学校上がるにつれて、俺の成績のよさとかを嫉妬されて」
「ああ、比べちゃったのかなあ……」
「決定的だったのは、中学の頃あいつが好きだった女の子に俺が告白されたこと」
ギョッとして隣を見る。巧はすました顔で続けた。
「もちろん俺は振ったのに」
「いやあ……好きな子が兄弟を好きって、辛そう……」
「でも俺に恨まれてもしょうがない」
「まあ、逆恨みだけどね」
なるほど、樹くんってことごとく巧に劣等感があるのかな。本人だってあれほど綺麗な顔して人懐こくて、人よりたくさんの物を持ってるはずなのに、巧が持ちすぎてるんだよね。
ちらりと隣の巧を見る。頭よし顔よし。
でも性格に難あり。樹くん、ここ見逃してるのかな。
「なに笑ってるんだよ杏奈」
一人吹き出して笑ってしまった私を、怪訝そうに巧が見てくる。
「あは、ううん。巧は確かに嫉妬されるほど色々持ってるけど、性格だけは悪いよねって」
「そんな性格悪い男と付き合ってんの誰だ」
「あはは、私です。私もだいぶぶっ飛んだ頭だからいいの」
「そうかよ」
不貞腐れた巧を見てまた笑ってしまう。
でも、もちろん分かってる。
どうも自信過剰で普段はムカつくことも多いけど、大事なときにはちゃんと優しい。
「さて、ようやく着いたな」
「運転ありがとう」
見慣れた駐車場に車を停める。両手いっぱいにお土産品をもち、私たちはフラフラとエレベーターに乗り込んだ。疲れを取るための温泉、むしろ疲れさせられた気もするけどまあ楽しかったかな。
自宅にたどり着き、巧が鍵を開ける。誰もいない廊下が私たちを出迎えた。電気をつけ、持っていた荷物をどんと一度おく。
「はあ、買いすぎちゃった」
「まあせっかく行ったからな」
「とりあえず着替えとかの荷物をバッグから出して、洗濯は明日かなあ」
私は靴を脱ぎ捨てて荷物を一度自室へ運び入れるために歩く。職場のみんなに買ってきたお土産、忘れないようにしなきゃ。あとは親に買ったやつも、間違えて食べないように別にしまっておいて……
そんなことをぼんやり考えているときだった。
「杏奈」
自分の部屋のドアノブに手をかけたとき、背後からそう呼ばれる。反射的に振り返った瞬間、いつのまに近くに来ていたのか、巧が何も言わず私の口をキスで塞いだ。
突然のことに驚いて固まる。そんな私にもお構いなしに、巧はそのまま深く口付け続けた。
そのキスからはどこか余裕のなさを感じた。巧の手がすっと私の髪を撫でる。一足遅れてやってきたドキドキと戦いながら、ようやく状況を察した。
追いつけない呼吸にやや苦しさを感じていると、巧が少し顔を離す。
間近で見る彼の表情は、やっぱり『オス』の顔をしていてこれでもかと心が高鳴った。
熱っぽい視線に、どこか苦しそうな顔。
「……ごめん、待てない。
杏奈の部屋、行っていい?」
言いづらそうに言っていた巧に、ぼっと私の顔は赤面した。
昨晩樹くんがきたことにより遂行出来なかった夜を、私たちはようやく迎えることができる。だってここは邪魔者なんていない、二人の家だから。
『一つ屋根の下に暮らしてながら何をしてんだ』とおっしゃいました麻里ちゃん、ようやく杏奈は大人の階段を登るようです。
ドキドキしながら、頷こうとした時だった。
…………待て、私の部屋、だと??
一気にサーッと血の気が引いた。床に散らばったゲームソフトやDVD。それだけならまだいい。
綺麗に配置されたフィギュア、毎日挨拶をするポスターたち、極め付けが私のベッドにはもう他の男が寝ている。(オーウェンの抱き枕)
私はあんな部屋で事に及ぶつもりなのか? ええ?
「絶対ダメ」
自分の口から漏れたのはそんな低い声だった。
絶対に巧に引かれちゃう、それを断固として避けたいが故でた言葉だった。
が、巧は私の言葉を聞いた途端ピタリとフリーズした。さっきまでの熱意はどこへやら、彼はただ停止していた。
……ってしまった! 私はバカか、言い方ってもんがある!
巧がわかりやすく停止しているのに気づいた私はアタフタと慌てた。絶対ダメっていうのは、私の部屋に入ることであって、別に巧自身を拒絶しているわけではないのに!
「あ、たく」
「そ、うか、分かった」
私がフォローしようと声を出すが、巧の耳には入っていないようだった。彼は気まずそうに視線を落とし、そのままふいっと顔を背けて私の隣を通り抜けた。
「あ、ちょ、待っ」
「今日は疲れてる、しな、うん」
慌てて巧の背中に声をかけるも、巧は振り返らなかった。もはや意気消沈している様子でそのままフラフラと隣の巧の部屋へと入っていってしまったのだ。
やらかした。盛大にやらかした。
私はその場にしゃがみ込んで頭を抱える。そりゃ巧も驚くよ、昨日の夜は進めそうだったのに今日になった途端強く拒否られちゃ。いい年した大人の男女が未だキス止まりなんてありえないのに。
どうしよう。でも今更どう説明すればいいんだ。恋愛初心者の私はそんなことすらわからない。
玄関にたくさん積まれたままのお土産たちを見てただただ自分の適応力のなさに呆れた。誰か私を殴り倒してほしい。
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