第47話 脳内が残念で
パターン1
私がお風呂でのぼせる。心配して来てくれた巧が抱き上げて運んでくれる。あらまあ裸じゃないか!
パターン2
私が入っているとまさかの巧が一緒に入ってくる
パターン3
お風呂を覗いている痴漢が出没! 悲鳴をあげて来てくれた巧が痴漢を撃退!
「……なんで私の脳みそってこんなに残念なの?」
温泉の成分でツルツルになった肌を触りながら、私は一人呟いた。
涼しい露天風呂は最高だ。夜っていうのがまたいい。このお風呂には何の文句もない。
文句をつけたいのは自分の脳内思考だ。一人お風呂に浸かりながら、これからのパターンを想像してみたけどどれも少女漫画やゲームで培った展開しか思い浮かばない。全部アブノーマルすぎる。
はあとため息をついて頭を抱えた。のぼせるなんて体張りたくないし、痴漢はでそうにないし、巧が入ってくる気配もない。入ってきたら張り倒しちゃいそうだし。
これから私一体どうすりゃいいの??
スマホ持ってきて調べればよかった。
部屋に戻るのが何となく恥ずかしくて気まずい私は長い間お風呂を堪能した。洗うのは大浴場で洗ってきたし、そうやることもない。
まあ、多分だけど……デートすらよくわかってない私なんだからこういうのも慣れてないって巧は感づいてるはずだし、もう相手に任せておけばいいのかな。
火照った体を仰ぎながら私は立ち上がる。時計がないので今が何時かよくわからないが、結構いい時間だと思う。そろそろ出て寝る準備をしなくては。
緊張する心を押さえてとりあえず再び浴衣を着用した。麻里ちゃんの助言通りヨレヨレの下着は避けた。
濡れてしまった髪を今一度ドライヤーで乾かすと、私はゆっくりと部屋へ戻っていく。
緊張しながら戸を開けると、窓際の椅子に腰掛けて水を飲んでいる巧がこちらを見た。その目と合ってついどきりとする。
「あ、いいお湯、でした……」
「なっが。溺れてるのかとそろそろ見に行こうかと思ってた」
「女は長風呂ですから!」
「長風呂にも程があるだろ。溶けそう」
呆れたように言ってくる巧はいつも通りで少し安心した。そして巧はそのまま立ち上がると、部屋に付属してある冷蔵庫に移動して中を開けた。
「一本飲むか。夕飯の時杏奈飲んでなかったろ」
「あ、酔ってヘマしちゃったらいけないと思って……」
「せっかくだしゆっくりしよう、これでいい?」
巧が缶を一つ手に取って私に笑いかけた。ほっと緊張していた力が抜ける。
「嬉しい! 風呂上がりの一杯!」
冷えた酎ハイを受け取り、いそいそと窓際にある椅子に腰掛けた。巧もビールを持って向かいに座る。
開けるとプシュッといい音が響く。それを差し出して私たちは乾杯をした。
「乾杯!」
熱くなった体に酒は最高の刺激を与えてくれる。炭酸のチクチクした感覚が喉を刺激した。数口飲み終えると、ついはあーっとため息を漏らしてしまう。
「ああー天国!」
「オヤジかよ」
「て、ゆうか巧は部屋のお風呂よかった? 私が随分長湯しちゃったけど」
「俺はそんなに風呂好きでもないし、まあ朝に一回入れば十分かな」
「ふーん、楽しいのにお風呂」
巧が笑いながらビールを飲む。家でも一緒に飲むことはいくらかあった。でも、場所も違うし格好も違う。それだけで、なんだか特別なものに感じてしまうから不思議なものだ。
巧がビールに口をつけながら言う。
「なんで女はそんなに風呂好きなんだか。爽快感があるって意味では好きだけど別に広くても大して普段と変わりないのに」
笑いながらそう言ったのを聞いて、私はふとその顔を覗き込んだ。
思ってたんだよね。女は風呂が好きって、まあ一般的にもよく知られてることだけどさ。それでも巧の言い方にちょっと思ってた。
「他の女の人とも旅館とかきたことあるんだ?」
単刀直入にそう尋ねると、漫画みたいに彼はごぶっとビールでむせ返った。苦しそうに咳を繰り返したあと、困ったように視線を泳がせる。
いや、そうだよね。普通だよ、この年でお父さんとオーウェンとしか寝たことない私が異常なんだよ。他の女の人と温泉くらい来たことあるに決まってるじゃんか。
「あーごめん忘れて。変なこと聞いた。大丈夫、もういい年なんだからそんな経験あるのが普通」
私は両手を挙げてそう笑った。気になるっちゃ気になるしいい気分でないことは確かだけど、だからといってこの話をこれ以上蒸し返すのはどうなんだと思う。
聞いたっていいことなんか何もない。
「……まあ、なくはないけど」
「ああ、うんそうだよね、それが普通だよわかってる」
「そんな言い方するなよ」
「ごめんって。こんなの聞いても何もいいことないのに、つい言葉に出ちゃったの。気になっちゃって」
苦笑して言いながら酎ハイをあおる。そう、黙っておけばよかったのに。結構めんどくさい女なんだな私って。
恋愛なんてほぼゼロ経験だから知らなかった。前も思ったことあるけど、私はそこそこめんどくさい女だ。
それでも目の前にいる巧は私の顔を真顔で見た。その表情はどこか安心しているような顔立ちにもおもえる。
「……え、なに?」
「いや。そういうこと気にしてくれてるんだって思って」
わずかに微笑みながらビールを飲む。意味がよくわからない私は首をかしげた。
「え、何が。どう言う意味?」
「いや。杏奈には悪いけどちょっと嬉しかっただけ」
「え?」
「俺の過去に興味持ってくれるのが」
そう言った彼は、目を細めて私を見た。
その子犬みたいな顔を見てついどきりとする。私は持っているチューハイの缶を両手で包んだ。ひんやりとした感覚が伝わる。
「いや、めんどくさいこと聞いてごめん……」
「めんどくさくないよ」
「めんどくさいじゃん。どうせ何を聞いてもいい気持ちにならないのわかってるのに聞くなんて」
「いい気持ちにならないんだ?」
「そりゃ」
パッと顔をあげる。巧と思い切り目が合ってしまった。
私はすぐにまた逸らす。
狡い。
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