第46話 まさに




 それから夕飯はお義父さんたちの部屋でみんな揃ってとった。


 樹くんもそこにはいて、今回彼のみ一人で宿泊しているらしかった。まあそれもそうか。


 こんな豪華な旅館に一人で泊まるだなんて金持ちの感覚は凄い、とまた感心しながら目の前に並べられた豪勢な食事に舌鼓を打つ。新鮮なお刺身、上品な味付け、柔らかな肉! 肉! 肉!!

 

 残念ながらお酒は飲まないでおいた。酔っ払ってどこでどうボロを出すか分からないと自分で控えたのだ。


 非常に楽しそうにしているのは誰よりも義両親だった。というのも、やっぱり兄弟仲がよろしくない二人とみんなで食事をとったりお酒を飲んだりすること自体珍しいことらしく、特にお義母さんはニコニコしながら何度も私にお礼を言った。何もしていないのだが……。


 そんな両親や樹くんを見て心が少しだけ痛んだ。なんせ私たちは彼らに大きな嘘をついているから。出会いだってこれまでの経緯だって嘘にまみれた二人なんだ。


 そりゃ今は一応付き合っているから、以前よりは嘘が減ったかもしれない。でもやっぱり、自分の心の中にある良心は少し痛むのだ。





「はあ〜楽しかったわ、杏奈さんとっても面白い方だし」


 お義母さんがお酒のためにやや赤らんだ顔でそう笑った。私も笑い返す。


「私も楽しかったです。それにお食事がとっても美味しくて……! ふふ、食べすぎちゃいました」


「いいのよ〜美味しいものをお腹いっぱい食べられるのは若いうちだけよ! 杏奈さんなんてスタイルもいいんだし気にすることないわ、ねえ巧!」


 私のとなりで顔色一つ変えずに日本酒を飲んでいた巧は顔を上げた。なかなか酒が強い。結構飲んでいると思うのだが、みんなからの質問などにもそつなく答えている。


「ああ、藤ヶ谷家の嫁として肥満は避けてもらいたいが」


「まーったこの子はこういうこと言うのよ。昔から素直じゃないわ、一言多いっていうか口が悪いっていうか」


 大きな口を開けて笑うお義母さんは本当に楽しそうだった。初めて会った時は、やっぱりお金持ちの奥様という感じだったけれど、話してみればわかる。なんてことない、普通の『母親』なのだ。


 私は微笑みながらその顔を見ている。


 ふと時計を見たお義父さんが、持っていたグラスを置いて声を上げた。


「もうこんな時間だった。そろそろ解散しよう」


「あら? ほんとだわ、杏奈さんたちのプチ新婚旅行なのに、二人の邪魔しちゃだめね」


 そう二人がお開きにしようとしたのを見て、私はここずっとおさまっていた心臓がどきんと鳴った。それが顔に出ないように必死に営業スマイルを心がけた。


 食事が終わればいよいよ巧と部屋で二人きりになってしまう。超ド級の一大イベントが始まってしまう。


「えーもうちょっといいじゃん」


 樹くんがつまらなそうに反論したのを義両親はあしらい、ついに隣の巧もゆっくりと立ち上がった。


「じゃ、杏奈行くか」


「え、あ、はい」


 私も慌てて巧に続く。ニコニコしながら私たちに手を振るお義母さんに頭を下げる。


「ごちそうさまでした……!」


「ゆっくりしてね!」


 二人でそのまま部屋を出、自分たちの客室へと足を進めていく。長い廊下は誰もいない無人だ。二人の足音が擦れる音が響く。


「おいしかったね、ご飯」


 沈黙が耐えられなかった私は隣の巧に笑いかける。彼はお腹をさすっていった。


「なかなかの量だった。杏奈が完食するとは思わなかった」


「だって肉がおいしかった」


「肉そんなに好きだったか。今度ステーキ屋でも行くか」


「ほんとに!? ステーキ大好き!」


 そんなどうでもいい話をしながら自分たちの部屋番号を見つける。巧が持っていた鍵を取り出して開けた。中に入り履いていた草履を脱ぐ。


「でも焼肉とかしゃぶしゃぶもいいなー」


「なんでも行けばいい。休みは合うんだから」


「豚になりそう……」


 そういいながら、部屋への襖を開けたときだった。


 目の前に、布団が並んで敷かれているのが目に入った。


「…………!」


 完全に油断していた自分は固まる。


 まさに。


 これは、『まさに』ではないか!!


 旅館に泊まりに来たからには、食事が終えた頃布団が敷き終わっているのは当然とも言えるサービスだ。でも残念な私の頭からはそれがすっかり抜けていた。多分オーウェンたちは布団ではなくベッドでいつも寝ていたからだ。


 ピッタリ隙間なく並ぶ布団はさすがに夜を連想させる。


 顔が熱くなるのを自覚した。そういえば夕飯食べすぎて腹が出ているかもしれない。控えるべきだったか。


 そんな私をよそに、巧は表情一つ変えないまま部屋にはいりこんで携帯を充電しに行った。本当に全然意識してない顔。


 それが大変に悔しかった。私だけ慌てふためいてる。


 何より、巧は今までもこうして他の女の人と来たことあったのかなあ、なんてくだらない嫉妬心が自分の心を覆った。来たことあるに決まってる、ない私が異常なんだっていうのに。


「杏奈? どうした突っ立って」


「えっ。あ、私……部屋のお風呂入ろうかな!」


「ああ、せっかくなら入ってきたら」


 巧はテレビをつけて興味なさそうにそう言った。私は自分の頭を冷やすためにも、慌ててお風呂へと駆けていった。



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