第39話 空回り
「………………」
私は無言で時計を見上げた。
テレビも何もつけていない部屋は無音だ。時刻は昼を過ぎてもう十四時になっていた。
朝スーパーに行くときに気が付いたのだが、駐車場に車がなかった。つまり、巧は私が起きてくるより先に出かけていたのだ。
それでもすぐに帰ってくるだろうと軽く考えていた。昨日の本屋みたいに、簡単な買い物にでも行っているかなあと。
だって一応付き合ってる……というか結婚してるんだけど、それでいて一緒に暮らしているんだから、休日に一日出かけるなら一言くらいなんかあるのかと思って。以前のルームシェア状態とは違う。
きっと昼前くらいには帰ってくるかなあと思って料理を作った。ところが、この通り巧は未だ帰ってきていない。完成させた料理たちはラップの下でとうに冷めてしまっていた。
テーブルの上に置いておいた携帯を手に取る。特に着信はなし。昼ごろ、痺れを切らした私は巧にLINEを送っていた。「お昼ご飯どうする?」と。
既読すらなっていない。
「…………も……自由すぎだろあの男……」
椅子の上で膝を抱えてそこに顔を埋めた。
私たちの関係はあまりにイレギュラーだ。
普通付き合う前に電話したり、LINEしたりして連絡を取り合ってから親しくなる。私たちにはそれがない。
一緒に暮らす前に交わした約束は家事の分担のみで、あとはお互い自由に暮らしていた。どこで食事を取ろうが何時に家に帰ろうが自由だったのだ。それが突然恋愛関係になった。今までの生活態度をどうするかは話し合っていない。
私の感覚が変なんだろうか。巧は今までみたいな暮らし方でこれからもやってくつもりだったんだろうか。
でもだって、ルームメイトと彼女って違うんじゃないの? え、一緒なの? もうわかんないよ。
これまでのように自由な暮らしっぷりだとしたら、それって付き合ってるって言えるのかな。そりゃ結婚とお付き合いは違うけどさ、あれでもそういえば結婚もしてるんだったわ、頭こんがらがってきた。
昨日から何度目か分からないため息を漏らす。一人で全部食べてやろうか。
相手が何を考えているか分からないってものすごく難しい。
私は諦めて一人で食べるために箸を持った。温め直すのも面倒なので、そのままラップを取って大きな口でかぶりつく。無駄に盛り付けに時間をかけたチキン南蛮は一瞬で崩れてお腹に入っていった。
我ながら味はなかなかうまい。これ出来たてだったら最高だったのに。
なんだかじんわりと涙が出てきた。何を作ろうか考えて材料を買ってキッチンに立っていた時間は、こんなふうに食べるために費やしたんじゃないのに。
バクバクと巧の分までヤケクソ気味に食べている最中だった。玄関の開く音が聞こえてきたのだ。
時刻はもう三時近い。
私は出迎える気力もなく、ただそのまま料理を食べ続けていた。
ガチャリとリビングの扉が開いた。あの憎らしい顔が見える。巧は私をみて何か言いかけた瞬間、すぐに目を丸くした。
「…………おかえり」
私は小さな声で呟く。口の中はいっぱいだ。巧は何やら手に箱を持っていた。
「珍しいな、昼飯作ったのか?」
巧がそう言ったのを無視した。今の私は返事ができるだけの余裕がなかったのだ。ただ箸をすすめてもぐもぐと食べ続けている。
巧は普段通りのすました顔でリビングの戸を閉め、私の元へ近づいてきた。
「料理なんて珍し」
言いかけた彼は止まった。テーブルの上にやたら置かれているほぼ空の皿たちを見て停止している。
2人前の料理は流石に胃がキツい。しかもチキン南蛮って。カロリー摂取しすぎた。
「……え、これ」
私は何も言わずにそのまま箸を進めている。巧は慌てたように、私の右腕を掴んで止めた。
「ちょ、待て! これ、二人分?」
なぜ聞くのか。聞かなくてもわかるだろうに。
どう見ても二人分のお皿たちとお箸だ。
「そう、だけど」
「は? 俺の分?」
「他に誰のために作るのよ」
「は!?」
掴まれた手を払って再び食べようとした私を、巧はまたしても止めた。
「ちょ! ならなんで食べてるんだよお前が!」
「だって巧何時に帰ってくるか分かんなかったんだもん。LINEしたのに既読にもならないし」
「え!? ご、ごめん充電切れてた」
珍しく戸惑う巧を見上げる。彼は眉を下げて困ったような顔をしていた。睨みつけてやろうと思っていたのに、その表情を見て、なんだか自分が情けなくて仕方なくなった。
デートすらまともにできなくて、それを正直にも話せないで。頼まれたわけでもない料理を勝手に作って帰りが遅いと一人で苛立ってる。なんてめんどくさい女なんだと思った。
全部が空回っている。
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