第38話 すぐ検索する
「でもさ……やっぱ普通ひくじゃん……」
『んなの言わなくてもバレるって。どうせキスする時の感じとか、もっといえば夜の営み時には100%バレるでしょ』
「オーマイゴッド、ストレートすぎ」
『だったら始めに言っておいた方がごちゃごちゃせずにすむし巧さんも考えながら引っ張ってくれるでしょ』
「ごもっともですがね」
頭を抱えた。いや、ほんと麻里ちゃんが言うことは正しすぎる。隠してていいことなんか何もないんだ。
……言わなきゃ、いけないかあ。
『まあ、全部言えとは言わないけどさ。とりあえず、今日のデートは緊張で混乱してたってことだけは言っておきなよ』
「はい……」
『あーーー杏奈からこんな相談受ける日が来るなんてね! 私今日は興奮して寝れそうにないよ。嬉しいな、巧さん大事にしなよ!』
私の気持ちとは裏腹に麻里ちゃんは非常に楽しそうだった。口を尖らせて返事をし、電話をようやく切る。
そうだなあ、そうだよなあ。とりあえず、今日のデートの気持ちぐらい正直に言わねばならない。私は決してつまらなかったわけじゃないってこと。どうしていいのか分からなかっただけってこと。
はあとため息をついてそう結論に至った時、玄関の開く音が聞こえた。出かけていた巧が帰ってきたらしかった。
私は慌てて立ち上がりすぐさま自分の部屋から顔を出す。やはり、玄関で靴を脱いでいる巧がいた。手には本屋にでも行ったのか、薄茶色の紙袋を持っていた。
私に気づいた巧は顔を上げる。
「? なに」
「あ、いや、おかえり」
「ただいま」
そう短く言うと、巧はすぐに自室へ入っていこうとする。このタイミングを逃してなるものかと慌てて声をかけた。
「た、巧!」
彼はドアノブに手をかけたままこちらを向く。
「なに?」
「あ、いやあさあ、あのね。…………」
おいどうした私の声帯。全然震えてくれないじゃないか。さっきまでの決意はどこへ行った。
口ごもる私をみて、巧は怪訝そうにこちらをみてくる。
「杏奈?」
「い、や、巧は、どんな本読むのかなあ、って……」
「経営学の本だよ。読むか?」
「イリマセン」
「だろうな」
そんな短い会話だけすると、巧はさっさと自分の部屋に入っていってしまった。パタンと扉が閉められてしまう。そのドアを意味もなく眺め続けた。
朝、よく笑いながら私に話しかけてくれた態度とは明らかに違った。あんなに小さな事でも笑って楽しそうに人をからかってきたのに、今は会話も短く自室にこもってしまった。確実に、巧は機嫌を損ねている。
「…………はあ〜……」
力なく息を吐いてその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。
嘘でしょ。三次元の男と付き合うって、こんなに難しいの? 恋愛ゲームみたいに行動が全部選択肢になってて選ぶだけの展開とはまるで違う。
▷「ごめんね、デートなんてしたことないから緊張しちゃってて」
▷「今日の映画イマイチだったからまた違うの見に行かない?」
▷(無言で抱きつく)
こんな感じでコマンドが出てきてくれればいいのに。選択肢が無限って、難易度が高い。
私にはあまりに難しい。
その日の夜はスマホで「彼氏と仲直りする方法」や、「男性が喜ぶデート」だなんて検索をし続けて夜が明けてしまった。今の私の検索履歴は誰にも見せれない。
翌朝、少し寝坊してリビングへ行った時、巧はいなかった。昨日卵かけご飯を食べたのが嘘みたいに遠く感じる。私は誰もいないリビングをみてただため息をつくしかなかった。
付き合い出して1回目のデートでこれだけ気まずくなれるカップルなんてある?
落ち込む心を奮い立たせた。私は冷蔵庫を開けて覗き込む。中身をみて腕まくりをした。
中学生みたいな検索履歴でたどり着いた答えはこれだった、「とびきりの手料理でももてなして仲直りをする」!
……呆れるわ、一晩探した結果これか。誰でも思いつきそうなことだ。
それでも他に自分が実行できそうなものがなかった。それに、外より家でゆっくり向かい合って食事をとったほうがあまり緊張することもなく巧と話せると思った。そしたら私の恋愛偏差値についても言い出しやすいかもしれない。
以前大鍋に作ったカレーをふるまったくらいで、私はそれ以降ほとんどマトモな料理をしていない。平日は基本すれ違い生活で食事も一緒にとっていなかったせいもある。
でも今日ばかりは手によりをかけて作らねば!
鼻息を荒くして、これまた調べ抜いた料理のレシピを開く。中の材料と比べて足りないものを確認し、まずは買い物に行こうと意気込み近くのスーパーへ駆け出して行った。
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