第36話 14歳女性に負けるオタク
それから私たちは予定通りホラー映画を鑑賞した。なかなか良作だった。ただし案の定見終わった後はムードのかけらもなくホラー映画を見たあとの後味悪い感じが残っていた。
巧が以前行ったことがあるという小洒落たイタリアンのレストランに入り、そこでランチをいただくことにする。
そういえば外食も結婚の顔合わせ以来したことがなかったっけと思い出す。改まって正面に座られるとどこか小っ恥ずかしいのは何故なのか。
「杏奈のみたかったら飲んでもいいぞ」
メニューを開きながら巧が言う。彼は運転があるので飲めるわけがない。
流石に一人でお酒を飲むのも気が引けたので断った。
「まだ昼だしいいや、ソフトドリンクで。ええっと、私このパスタにしようかな」
「決まり」
メニューを閉じた巧は店員に声をかけてオーダーしてくれる。その様子を眺めながら、チケットを取るのも買い物も食事も、この人は贔屓目に見てもスマートだ。自画自賛しても仕方ないほど洗練された行動をとっている。
金持ちゆえか、過去にあった恋愛の多さゆえか。
……両方だろうな。
これまでもそれなりに恋愛してきたと巧は言っていたし。私とは経験値がまるで違う。きっとデートだって腐るほどしてきたはずなのだ。
そう想像してみると、ちょっとモヤモヤした気になる自分は幼いなと思った。デート経験ない私が異常なんだっていうのに。
「結構面白かったな。ラストが微妙だったけど」
ぼうっと考え事をしている時に話しかけられてはっとする。なんのことだ、と思いつつすぐに映画の話だと気づいて慌てて同意した。
「そうだね、オチだけちょっとね」
「途中の臨場感はよかったんだけどな」
「キャストが合っててよかったね」
「久々にホラー映画なんて見た」
巧がそう笑った後、なんとなく沈黙が流れた。家ではくだらないことを言ったりもするのに、外だとどうも緊張してしまうのは不思議でならない。思ったより自然な言葉が出てこないのだ。
落ち着かないためやたら目の前の水を飲む。今注文したばかりなのに、早く料理が来てくれないかなと願った。
ちらりと正面を見てみる。
無論普段の黒いスウェットでもない彼は腕時計を眺めていた。ああやっぱり、どうも正面向き合って改まって外食って気まずい。なんでなの。卵かけご飯食べてた時は普通だったのに。
何か話そうと思っても話題が思いつかず言葉が出ない。店のBGMがやたら響いていた。
なんだか、なあ。付き合ってるカップルってこんな感じでいいのかな。
見たのもホラー映画だし、手を繋いで街を歩くわけでもないし、向かい合っても沈黙流してる。私にはどうしてもわからない。
「これからどうする」
突如巧が言った。その声に反応してびくっと体が揺れる。
「あ、えーとそうだね」
急いで頭の中を回転させるが、もうこの恋愛ど素人の知識は全て使っていた。映画、買い物、ランチ。他に何も浮かんでこない。あとは海に行って「捕まえてごらん」とか追いかけ回してる馬鹿みたいな映像しか思い浮かばなかった。
これから。これからって、何しよう。みんな何してるの? 全然わからない。
「もう、堪能したかなあ……」
ポツンと声を出す。まだ時刻は昼過ぎだと言うのに、そんな言葉が漏れてしまった。
まだ外に出てほんの三、四時間しか経過していない。そのうちの二時間近くは映画を見ていただけで、デートらしいことはまるでしていないのに、もう堪能したとはこれ一体。
はっと巧が行きたいところを聞けばよかったとすぐに思い出す。慌てて彼に言った。
「あ、巧は行きたいところとか」
「ん? いや、杏奈が堪能できたならいい」
私の質問に、彼は笑ってそう答えた。けれどもその顔はいつもの自信に満ちた彼とは違い、どこか力ない笑みのように見えた。
そんな顔を見て、ああやっぱり返事を間違えたと後悔する。初デートをこんなに早く切り上げようとする女なんてダメだ、あまりに酷い。
それでもこれから行く先なんてやっぱり思い浮かばなくて、私は困りながらただ目線を泳がせた。
そのまま車に乗って帰宅してきた私たちは、初デートを終了させた。なんともあっけない一日だった。
巧とマンションに戻り、彼はいつものようにリビングへ入っていった。私は今日買った靴をシューズクロークへ収納する。普段使いするには流石に気が引けるので、多分ここぞという時に出番が来るはずだ。そのここぞと言う時がいつなのかは知らない。
私は自分のカバンを置くために一旦自室へ入った。キラキラ金髪の王子が笑って出迎えてくれるが、私の口からはため息しかもれなかった。
しまったなあ。もうちょっと気の利いたことをいえればよかったな。
今更ながら、私の買い物はしたけど巧の買い物はしてないんだしそれを提案してみるとか。別に必要じゃなくても二人の生活雑貨でも見に行くとか、今考えれば浮かんでくると言うのに。なぜあの時提案できなかったんだ私。
とりあえずスマホを開いて『付き合いたて デート 行き先』と検索をかけた。中学生か私は。
呆れながらも検索結果を必死に読み込んでいると、デートする場所だけではなくさまざまなエピソードがインターネット上にばら撒かれていた。
初デートで手を繋ぐ……?
初デートでキスをする……?
「お、おいおい……世のみんなはそんな高度なデートしてるのか……!」
驚愕した私は記事を血走った目で読み込む。
『年上の彼との初デートの帰り道、手を繋いでファーストキスを交わしました☆忘れられない思い出になりました!(14歳女性)』
「14歳女性いいい!!」
絶望を覚えてスマホをベッドに投げつけた。一回り以上年下の女の子が! 私より有意義なデートしてる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます