第34話 いざ映画館へ

「何がやってる」


 巧が前のめりになって私の手元を覗き込んだ。そんな些細なことにさえなぜだか一瞬緊張してしまって、なんでだよと自分で突っ込んだ。


 巧にも見せるようにスマホを傾けながら答える。


「こんな感じ……」


「見たいのは」


「え? ええーと……」


 慌てて考える。ここはやはり初デートということで恋愛ものなどを選んだ方がいいのだろうか! いやラブシーンあったら気まずすぎない? でもアクション映画じゃさすがにムードないし、ってなんだムードって。映画館でムード出したいのか私は。


「……杏奈すごい汗かいてるけど」


「へっ!!」


 指摘をうけて慌てて額を拭いた。確かに汗かいていた。手のひらがぐっしょりと濡れている。


 巧がなぜか面白そうに小さく笑った。


「お前さ……実はあんまり映画とか好きじゃないだろ」


「え、ええっ……好きなジャンルは好きだよ」


「何が好きなの」


「ミステリーとかホラーとか(推しがいるアニメとか)」


「ああ、なるほど。ぽいな。んーでも今はそれ系統やってないのか……」


「巧は何が好きなの?」


「結構バランスよくなんでも見るよ、話題になってるやつは見ておくかってスタンス」


「へえ……」


 一緒に暮らしてしばらく経つけれど、どんな映画が好きなのかすら知らないなあ、としんみり思った。そういえば巧って食べ物とか何が好きなんだろ、基本何でも食べてたけどさ……。


 しばし沈黙を流した後、彼はあ、と小さく声を出す。


「これ、ホラーやってんじゃん。そういえばcmで見たわ」


「え」


 目線を下げると、確かにホラー映画も上映していた。なかなか面白そうな内容だった。出ている出演者も豪華だ。


 ……いやでもさ。初デートでホラー見る? ムードかけらもなくない??


 巧は一人満足げに頷いてほうれん草を食べる。


「よし決まり。昼頃の上映にしよう、昼飯はどっかで食べる」


「え、まじでこれ見るの?」


「なに、初デートはもっとロマンスな映画でも見たかったのか?」


 どこかニヤニヤしたような顔でこちらを見てくる男にかっとなる。いや、見たかったわけじゃないから!!


「べ、つ、に!! そんなこと意識してませんしー!」


「お前時々なんで急にガキになるの」


「情けなく怖がっても知らないから」


「振りか? 夜一人で寝れないなら一緒に寝てやらないこともない」


「馬鹿!」


 巧はまたしても面白そうに笑った。この前真っ赤になって私に告白してきた男と別人だろうか? おかしい、巧は今までと全然変わってないじゃないか。


 付き合うってどういうことか分かっていない私は首を傾げる。そりゃ突然巧が甘い言葉でも言ってくるほうが調子狂うけどさあ……


「そうと決まればチケット取っておくから。杏奈は着飾ってこい」


「はーい」


「恥ずかしい格好で出るなよ、おにぎりとか」


「あれは寝る時だけよ! 普段はちゃんとしてるの知ってるでしょうが! ちゃんと藤ヶ谷の奥様として恥ずかしくないようにしますー」


「なら安心した」


 巧はそう言いながら私が用意した卵かけご飯を食べた。今更ながら、藤ヶ谷副社長に卵かけごはんって私頭大丈夫かな。さすがに庶民的すぎた。巧も文句言ってくれてよかったのになあ。






「着飾るのは得意だ」


 私は全身を鏡に写しながら独り言を言った。


 鏡の中には完璧に着飾っている自分がいる。メイクよし、ファッションよし。どこからどう見ても完璧だと思った。背後のオーウェンのポスターが映り込んでるのはちょっと背景としては相応しくないけど仕方ない。


 巧とのことで色々落ち込んでいた時はオーウェンに対しても気持ちが盛り上がらなかったけれど、プライベートが充実した途端元の自分に戻った。三次元に彼氏ができれば二次元は卒業するのかと思っていたが、それはそれ、これはこれらしい。新しいゲームもまた買ってしまった。むしろポスターの枚数増えてしまった。


 ……そういえば、巧が部屋に入室禁止だった理由はわかった。あの昔の手紙を見られたくなかったからだろうけど。


 私は言えてないなあ。この秘密。


 ゆらりと部屋中を見渡す。二次元のポスター、フィギュアにDVDたち、抱き枕……


…………


 いやこれあかんだろ。言わない方がいいだろ。だって絶対引くじゃん。巧が引いただろとか言ってた案件よりずっとやばいと思う。


 巧にカミングアウトする案はすぐに却下した。私はクローゼットからカバンを取り出すと、そそくさと自室を出る。


 ちょうどその頃、巧も部屋から出てきたところだったらしい。タイミングよく鉢合わせた。


「おお、行けるか?」


 よく見る黒いスウェットじゃなくなった巧を見て不覚にも緊張度が増してしまった。別に私服見るの初めてってわけじゃないのにさ。でもそんな戸惑いを知られるのは非常に癪なので平然を装う。


「うん、平気」


「よし行こう」


「あれ、ねえそういえば今って代車なの? 修理中でしょ?」


「修理中ってかもう買い替えることにしたから。んで今は親父の車一台借りてる」


 ぎょっとしてカバンを手から落としそうになった。まさか、藤ヶ谷社長のお車!? 絶対高級車じゃん!


「そ、それ私のって大丈夫なのかな」


「はあ? 大丈夫に決まってんだろ」


「藤ヶ谷グループ社長のお車なんて……緊張しちゃう、靴脱いで乗ろうかな」


「なんでだよ」


 笑いながら巧は言った。私は口を尖らせながらとりあえず玄関に向かう。背後から巧がついてくる。


 玄関にあるシューズクロークを開けて中を見渡した。


「えっと、靴はどれにし」


「杏奈」


 突然呼ばれて振り返る。そこには、考え込むようにじっとこちらを見ている巧がいて思わず固まる。


「え、な、なに」


「似合ってるな」


「ど、どうも」


「……でも俺は相当頭がヤバいみたいだな」


「今更気づいたの?」


 私の言い方にまた笑った巧は、そのままひとしきり笑ったあと、目に浮かんだ涙を拭きながら言った。


「その格好もいいけどおにぎりが一番可愛いと思った」


「…………


 あれ、ごめん褒めてる? 貶してる?」


 褒められる心の準備をしていた私は目を座らせて巧を見た。おにぎりが似合う女ってことか?


 巧はそんな私をみてさらに大声で笑った。何がそんなに面白いやら、今日ずっと笑われてる気がする。


「ごめん、行こうか」


「いやだから褒めたの貶したの」


「両方」


「なんだそれ!」


 ふくれる私を見て、彼はただ微笑みながら靴を履いて玄関から出た。






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