第19話 泣くこと



 祖母の葬儀は、家族葬で行われた。


 私を送ってくれた巧に、葬儀は参加しなくても大丈夫だと父が言った。一度会っただけだし、巧は仕事で目が回るほど忙しいのだから、無理はしないでくれと。


 それでも、巧は「参加させてください」と言い切って参加してくれた。ばあちゃんを亡くして放心状態の私は彼を放置していたけれど、横目に映る巧は凛として振る舞い、ばあちゃんをしっかり見送ってくれた。時々電話で忙しく外へ出ることがあり、ああきっと仕事について色々フォローしているんだろうなと冷静に思った。


 ばあちゃんは服を着替え、化粧を施して頬が少しふっくらしたように見えた。


 覚悟していたはずの死は、それでもやはり悲しい。ただ、数日前巧と笑いながら話していた笑顔のばあちゃんが最後の思い出でよかったと思った。


 結婚して、よかった。私はそう初めて心から思った。


 ばあちゃんを騙したような気がして心苦しい時もあったけど、でもやっぱりあんなに喜んでたから。いいニュースを伝えることができてよかったよ。


 安らかに、眠ってほしい。





 忙しかった葬儀も全て終わり、私たちはようやく自分たちの家に帰ってきた。


 家族で見送るお葬式は大変穏やかなものだった。ばあちゃんも年齢を考えればそこそこ長生きしたし、泣きながら見送ると言うより微笑んでみんなおばあちゃんを送った。


 何より、最期に間に合って、よかった。


「杏奈、Tシャツ前後ろ逆」


 喪服から着替えてリビングにいくと、巧も黒いスウェットに変わっていた。私をみるなり呆れたように言う。見下げてみれば、確かに胸にあるはずのおにぎりが見当たらなかった。


「あ、しまった」


「ま、いいけど」


 私がまだ少しぼうっとしていることを、彼は強く咎めなかった。ソファの前には、お茶の入った冷えたグラスがふたつ置いてある。彼が私の分も入れてくれたらしい。そんな小さな親切心に微笑んだ。


 私はそのまま服を変えることもせず、巧の隣に座った。


「おい、首苦しそうだからちゃんと変え」


「巧、ほんっとーにありがとう」


 私は深く頭を下げた。


 帰ってきたら一番に言おうと思っていた。なかなか葬儀の間は話す機会もなかったし。


 巧は面食らったように私をみる。


「いや、別に礼を言われることは何も」


「仕事休んで葬儀も出てくれて。おばあちゃん絶対喜んでたよ」


「それは当然だろ、戸籍上俺も家族だぞ」


「そりゃそうだけど。それに巧が送ってくれなかったら絶対私おばあちゃんの最期に間に合わなかったよ。もう、本当に感謝してる。本当に本当にありがとう!」


 言い切って顔を上げると、真っ直ぐにお礼を言われたことに戸惑っている巧がいた。この人って、お礼言われるの苦手だよね。変な人。


 私はニコリと笑う。


「それに……今更だけど、結婚してよかったって。ばあちゃんを最後喜ばせれたのやっぱりよかったって思ったの。私に結婚提案してくれてありがとう」


「……別に、いいけど」

 

「この前巧と会った時、本当に嬉しそうだったじゃん。結婚式とか巧が気遣ってくれたのに見せれなかったのは残念だけど、それでも……」


 話しながら、目の前に祖母の顔が浮かんだ。三人で笑いながら話している場面だった。


 『よかったねえ、杏奈ちゃんよかったねえ』って何度も繰り返していた。私よりも私の幸せを喜んでくれる人。


 もう泣き終えたと思っていた涙が再びぐっと湧き上がってくる。十分泣き尽くしたはずなのに。涙腺が壊れてしまっているようだ。


 慌ててその涙を誤魔化そうとしたとき、目の前の巧がそれを止めた。


「いやなんでそんな隠そうとしてんの」


「い、いやあ、目の前でメソメソ泣かれたらうざくない?」


「俺は鬼かよ」


 突然、目元に黒いスウェットの生地が見えた。巧が着ている服の袖で、私の涙を拭き取ったのだと理解する。ぎゅっと抑えられ、反射的に目を閉じた。


「杏奈がおばあちゃんっこだったって知ってるし、流石にここで泣くのをうざがるわけないだろ」


 やや乱暴に涙を拭き取られ腕が離れる。目を開けると、やはり彼の着ている服の袖が僅かに濡れていた。


 いや、泣いてる女の涙を普通スウェットの袖で拭き取るかな。オーウェンなら絶対そんなことしないよ。


 そう思いながらも、なぜか私は笑った。泣きながら笑った。スーパーな藤ヶ谷副社長が、こんな女の慰め方をするなんて。


「……何」


 巧が不機嫌そうに聞いてくる。


「いや、女の慰め方雑じゃない? 私相手とはいえ、性格出てるよね」


 悪口のつもりはなかった。むしろ、気分的には褒めているつもりだった。上手く言えないけれど、キラキラ輝くオーウェンみたいな王子様とは程遠い巧が非常に面白かった。


 それでも彼はやっぱり馬鹿にされていると思ったらしく、むすっと目を座らせてこちらをみる。


「あは、違うの、これは貶してるわけじゃなくて……」


「悪かったな、じゃあこうしよう」


 不機嫌そうに言った彼は、突如私の頭を自分の胸に寄せた。まるでそんなことを想像してなかった私はされるがまま巧の胸によろけて体重を預ける。


 温かな体温と、どこか懐かしい香りに包まれ、驚きでそのまま固まる。自分とはまるで違う、広い胸になぜか息が止まった。


 今自分がなぜこんな体勢になっているのかややパニックになるも、巧はいつものトーンで言った。


「泣ける時は泣いておけばいい。目がパンパンになるまで泣いておけ」


 低いその声が、なぜか私の涙を誘った。


 一気にぶわっと蘇ってきた祖母の面影に涙が溢れる。巧のきているスウェットに、それをなすりつけた。


 ああ、泣くのを我慢しなくていいって、楽だな。


 どこか居心地のいい体温に安心して、私はそのまま離れることなく彼にしがみついていた。泣きすぎて顔が熱くなるほどに。巧は何も言わずに私に寄り添っていた。







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