第15話 カレーが嫌いな人はいない
「カレーが無性に食べたい」
自分の部屋で一人呟いた。手にはコントローラー。仕事は有給を取り、以前購入した新しいゲームをやり込んでいる時だった。今回も萌えを凝縮させている大変な良作と出会ってしまった。でも、残念なががらやっぱりオーウェンが一番なんだなあ。
胡座をかいて座りながらテレビ画面に見入っている私の姿って女として終わってる自覚はある。こんな姿巧に見られたらすんごい小言を言われそう。
時計を見ると昼前だった。今日は午後に、この新居に麻里ちゃんがやってくる予定となっていた。どうやらたまたまこの近くに用があるらしく、新居をぜひ見てみたい、と言われたのだ。
唯一私の契約結婚を知っている麻里ちゃん。今日は平日なので、巧と会うことはないだろう。ちょっとお茶してこのゲームをチラッと見せて終わりかな。
さて麻里ちゃんが来るまで時間もある、そしてこの胃袋は本日カレーを求めている。普段の夕飯は一人適当に済ますことが殆どだ、時々巧がついでだとばかりに作ってくれた料理を分けてくれる。あれ、これ男女逆だよね?
「久々に作るか」
時々カレーなどの簡単なものを大量に作ってはしばらくカレー続きになる生活を送っていた。だって一人分のカレーなんて作れないじゃない?
私は区切りのいいところでゲームを終えると、たちあがってキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けてみれば、そこそこ食材たちがあった。カレーを作るには申し分ない。
腕まくりをして手を洗い、私はカレーの調理に取り掛かった。料理は好きではないけど、作るとなればそこそこちゃんとやるタイプなのだ。
しばらく集中してカレーと向き合いしっかり煮込む。広いキッチンに調理の音と匂いが充満してくる。
するとその時、インターホンが鳴り響いた。エントランス前の音だ。あれっと顔をあげる。麻里ちゃんは三時頃来ると言っていたのだが。
誰だ誰だとカメラを覗き込めば、こちらに向かって手を振っている麻里ちゃんが映り込む。どうやら早めに到着したらしい。
「はーい!」
ロックを解除し一旦鍋の火をきる。しばらくして、今度は部屋の前のインターホンが鳴ったので慌てて出迎えに走る。玄関の扉を開ければ、久しぶりに会う麻里ちゃんの顔があった。
「杏奈! 久しぶり!」
「麻里ちゃーん!」
「ごめんだいぶ早くついちゃって」
「いいのいいの、上がってー」
中に招き入れた途端、彼女は靴も脱がずにほうっとため息をついて玄関を見渡した。信じられない、とばかりに小さく首を振る。
「想像以上の高級マンションだ……何ここ」
「ね。私もまだ慣れないよ」
「藤ヶ谷グループの副社長は違うねえ。お邪魔しまーす」
この家に誰かを招き入れるのは初めてのことだった。巧との事情を知らない人たち相手では、どこからボロが出るか分からない。信頼している麻里ちゃんくらいしか呼べないな。
廊下を進みリビングへ入ると、麻里ちゃんはさらに感嘆の息を漏らした。
「うっそー……テレビで見るようなやつ……ひっろ、綺麗ー」
「マジで掃除が行き届かないんだわ」
「分担なんでしょ?」
「うん、適当な私がたまに巧に小言言われてる」
「あはは!」
お腹を抱えて麻里ちゃんが笑った。そしてすぐに、キッチンに気づく。
「あ、ごめんご飯今から? さてはカレーでしょ」
「あ、そうなの。麻里ちゃん食べる?」
「食事は取ってきたんだけど、ちょっと貰おうかな。杏奈のカレー美味しいんだよねー」
了解しましたと声をかけ、再びキッチンへ入った。鍋に火をかけ、お皿を用意する。麻里ちゃんはおずおずとダイニングゲーブルに腰掛けた。
「なにこのオシャレな家具は。日本で売ってんのこんなの?」
「全部巧が買った」
「はあーもうため息しか出ない」
仕上げの調理をしながら、私は笑う。
「私もようやくこの家に慣れてきたよー」
「てか、意外と上手くいってるんだね? もっと疲れた顔してるかと思ったよ」
麻里ちゃんが意外そうに私を見る。スプーンを二つ取り出しながらいう。
「そうね、思ったより楽だよ。巧は仕事忙しいから顔を合わせる機会も少ないし、会っても意外と気を張らなくて済む相手ていうか。普通に二人並んで座ってテレビ見てるよ」
「へえーえ……?」
麻里ちゃんの目が丸くなった。
「驚き。杏奈がねえ。藤ヶ谷巧って有名だけどいい噂も聞かなかったりするし」
「ああ、自信家だし腹黒いよ。はは、でもまあ性根が腐ってるわけじゃなさそう。この前もばあちゃんのお見舞い付き合ってくれてさ」
先日の事を思い出しながら麻里ちゃんに説明する。病院でばあちゃんの話に付き合ってくれ、その後ばあちゃんのために結婚式を提案してくれたこと。あれ以降ゆっくり会えてないしその話は流れてしまっているけど、やっぱり私は嬉しかった。
話すうちに出来上がったカレーを盛り付け、二人分のカレーをテーブルに置いて自分も腰掛ける。麻里ちゃんは黙ったまま私の話を聞いていた。
「てな具合で、腹黒いけど律儀なところはあるっていうかねーさ、いただきます!」
「いた、いただきます……」
早速カレーを頬張って喜んでる私を他所に、麻里ちゃんは狐につつまれたような表情でスプーンを運んでいた。
「あー我ながら美味いわ」
「なんかさー不思議すぎて味分かんないくらい。巧さんって付き合ってる愛人がいるんでしょ? そんな人もいるのに、結婚式まで提案してくれるってさあ」
「まあ、他の女との契約結婚認めるくらいだから相当変わり者の彼女でしょ」
「そうだけど、結婚式ってまた特別じゃない? それを杏奈にサラリと提案するって、不思議だよ巧さん……」
「そんなん、契約結婚って時点で不思議すぎる思考でしょ。変人なのよあの人は」
私には理解できない、とばかりに麻里ちゃんは口を尖らせた。麻里ちゃんは普通に恋愛をして普通に結婚した人だし、こんな形の私たちが不思議でしょうがないだろうなあ。
カレーを次々口に運び、すぐにおかわりをしに行った私に麻里ちゃんは言った。
「その愛人から逆恨みされたりとか大丈夫なの?」
「一応契約書に、そういったトラブルは一切起こさない、起こした場合即契約解消って書いてある」
「すんごい契約書ね……どんな人なの、愛人って」
お玉を持っていた手をふと止まる。そういえば、どんな人なのかなんて全然知らない。
シングルマザーって聞いてたけど、何歳だとか、どんな人なのかとかまるで聞いたことがないのだ。
「聞いたこと、なかったなあ。平日も帰り遅いこと多いし、多分その人と会ってるんだと思うけど……」
答えながら、なんだか猛烈に気になってきた。
思えば、あの性格に難アリの男がそんなに入れ込む女ってどんな人なんだろう。巧が恋をしてるって、全然想像つかない。
今度聞いてみようかな。ああでも、あの男のことだから「やっぱり俺の事を好きになったから気になって……」とか自信過剰な事思いそう。めんどくさい。
おかわりしたカレーを持って席に戻り、色々考えるのをやめた。
「まあ、よく知らないし知らなくてもいいことだよ。そこそこ上手くやってるんだし、とりあえず平穏にしばらく過ごせればいい」
「杏奈も本当変わった子だね……」
「ねーそれよりさ、食べたら私の部屋でゲーム見てよ、買ったからこの前の!」
「よし即ざに完食する」
私の結婚生活話はそこで打ち切られた。すぐにオタク同士の心に火がつき、私たちは急いで食べ終えてテレビゲームをしに移動したのだった。
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