参の目
⚀
登校すると匠実が女子たちに囲まれていた。
華やかな雰囲気かと思いきや、何やら剣呑な様子。
「ちょっと藤原君、昨日郁と一緒にいたでしょ? 郁に何したの」
修学旅行で同じグループ行動をしていた白川純子が、友達の橋本郁の事について匠実に問い詰めていた。
「あ? 俺、橋本となんか一緒にいねーよ。ヘンな言いがかりはやめてくれよ」
たじろぎながらも匠実は、白川純子に言い返した。
「とぼけたって無駄よ! 翔子があんたと郁が一緒にいたところ見たんだから」
どうやら昨日、匠実と橋本が一緒に居たことを問われているようだが、匠実は否定している。
橋本は、修学旅行でグループ行動をしていたもうひとりの女子だ。
匠実の事だから特定の女の子と仲良くなれば、すぐに俺に言ってきそうなものだが、いつからそういう関係になったのかは全く知らないことだった。
「あ、宗介! 俺は橋本とは一緒に居なかったってお前からも言ってくれよ」
遠巻きに見ていた俺に気付いた匠実が、助け舟を求めるように声をかけてきた。
けれど、匠実の昨日の行動など、俺の知るところではない。
「言ってくれって頼まれても、お前が昨日誰とどこで何をしていたかなんて、俺が知知っているわけないだろ」
真実を告げているのだが、匠実は逆に責められる。
「冷たいやつだなぁ~。よく考えてみろ。女子と二人っきりで過ごす状況があれば、真っ先にお前に自慢するだろ、俺は!」
聞きもしないのに、自慢にならないようなことを話しまくるのが匠実だ。
「確かに」
素直に納得した俺に『そうだろう、そうだろう』と一緒に納得する匠実。
だが、話はそう簡単ではない。
「何バカな事言ってんのよ。そんなんで納得できるわけないでしょ」
当然だ。
白川が怒るのも無理はない。
それにしても様子がおかしい。
匠実はお調子者で軽口ばかり叩くが、敵を作らないのが匠実の長所だと認識している。
だが、囲まれて責められるほど匠実が何をしたのだろか。白川がこれだけ怒るのにはよほどの理由があるのだろう。
「橋本がどうかしたのか?」
尋ねると、純子の勢いに影がさす。
「郁が……郁が目を覚まさないの……」
白川は言葉を詰まらせた。
隣にいた徳永翔子が、白川の背中をさすりながら代わりに言葉を続ける。
「今朝、姿が見えないから連絡したら、郁の携帯にお母さんが出て、そしたら魂が抜けたみたいにどんなに揺さぶっても起きないって、今病院に居るらしいけど、どうして意識がないのか医者にも分からないって……」
徳永も話をしているうちに涙ぐむ。
逆に徳永が話をしている間に、気持ちが落ち着いてきたのか、白川がキッと匠実を睨みつける。
「昨日、あんたと郁が一緒に居たって聞いたから、今日郁に会ったら問い詰めてやろうと思っていたのに、こんなことになるなんて……。昨日一緒に居たんだったら郁の事、何か知っているかと思ったのよ」
その話に意外にも一番驚いたのは匠実だった。
「俺、マジで橋本とは一緒に居なかったぜ。ホントに俺だったか?」
「そう言われると、いつものおちゃらけた藤原君とは少し雰囲気が違っていたような気もする」
急に不安な表情を見せる翔子に、匠実がすかさずたたみかける。
「おちゃらけたっていうのは心外だな。俺ほどの男前はそう居ないと思うが、俺と誰かを見間違えたんじゃないのか?」
「うーん、そう言われると、こんな軽い男じゃない気がしてきた」
「ユーモアのある男といってほしい、なあ、宗介」
だから、俺に振るなって……。
いきなり同意を求められ、返事に困ってる俺をよそに会話は進む。
「ホントに一緒じゃなかったの?」
白川が鋭い視線で匠実を問い詰める。
すると、首が取れそうなくらいウンウンと頷く匠実。
「ホントだって。信じてくれよ」
半泣きの匠実の言葉を、半信半疑ながらも信じたようで、白川はこれ以上追求しようとはしなかった。
「そうね。郁がこんな軽いヤツと一緒に居るわけないか」
そう言うと、白川と徳永はようやく匠実を解放した。
疑いの眼差しから逃れた匠実は、一気に力が抜けたのか、ドカッとイスに座った。
「宗介ぇ~、女ってホント怖いな。オレ、マジで女性不信になりそう」
「友達が意識不明なんて聞けば、仕方ないだろ。ホントにお前じゃないんだろ?」
匠実の言葉を疑っているわけではないが、友達を心配する白川の気持ちも分かる。
確認のつもりで軽く聞いた俺に、匠実が口を尖らせる。
「何だよ。宗介までオレを疑うのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……、そう言えば匠実、昨日俺んちの前にいたけど、何か用があったのか?」
昨日の夜、家の前にいたことを思い出し、何の気なしに聞いてみた。
「はぁ~? お前までヘンな事言うなよ。俺、昨日はお前んちなんか行ってね~よ。お前に用があったら、お前が居なくても家に上がって茶の一杯でも飲んでるよ」
図々しいにもほどがあるが、匠実ならそうしているだろうという確信がもてる。
では、家の前に居たのは誰だったのか。
「どうやら俺に似たイケメンが、何か悪さをしているようだな」
と軽口をたたいた。
だが、事はこれで済まなかった。
その後、橋本の意識は戻らないまま一週間が過ぎた。
結局、匠実によく似た人物も特定できないままだ。
そして再び、朝登校してくると匠実の周りを何人かの女子が囲っていた。
「いい加減白状したらどうなの? あんたと一緒に居たのを見たっていう子がたくさんいるのよ」
「だから~、それは俺じゃなくて、俺に似た他の奴だって、何回説明すればわかるんだよ」
タイムスリップしたかと思うほど、一週間前と同じ光景が繰り返されていた。
「もう、そんな言い訳出来ないわよ」
そう言うと、匠実を囲んでいたうちのひとりがスマホを取り出した。
画面を見せられた匠実の表情が固まった。
「正直に話しなさいよ」
匠実は突き出されたスマホをかぶりつくように見つめた。
「ちょっ、ちょっと待った。確かに、確かにこれは俺だけど、でも俺は昨日、白川と一緒になんかいなかった」
「この期に及んでまだ反論する気? ここに写ってるのはどう見たってあんたでしょ!」
断言されても、なおも匠実は首を振る。
「お、俺じゃ……ない」
「だったら、あんたは昨日どこにいたのよ」
その質問に黙る匠実。
「お、覚えてない……」
「何ふざけたこと言ってんのよ。あんた自分が何を言っているかわかってる? これは俺じゃない、でもどこにいたのか覚えてないって。言ってることめちゃくちゃだよ!」
女子の言っていることはすべて正論過ぎて、反論する余地はない。
動揺する匠実が俺の姿に気付き、助けを求めてくる。
「宗介ぃ~、俺ホントに何も覚えていないんだよ」
いつも軽口を叩き、軽薄に見える匠実だが、嘘を平気でつけるような奴ではないことは俺が一番よく知っている。
「ちょっとそれ見せて」
その画像を俺も見せてもらった。
すると、匠実の一歩後ろを白川が歩いている写真だった。少し雰囲気が違う気もするが、どこからどう見ても匠実だ。
そして今更だが、匠実を囲んでいる中に白川の姿がないことに気付く。
「白川は?」
俺の質問に、みんな下を向いてしまった。
匠実を見るとバツが悪そうに視線をそらした。
「白川も目を覚まさないらしい」
声は群衆の後ろから聞こえてきた。
答えたのは甘楽だった。
「え? 白川も?」
てっきりまた橋本の件で責められていると思っていた俺は、驚きを隠せなかった。
聞き返した俺に、甘楽が厳しい視線を匠実に投げつける。
「橋本も白川も、藤原と一緒に居た次の日に意識がなくなった。そして画像まである。これはもう言い逃れ出来ないだろ」
「ま、待ってくれ、ホントに俺じゃない、覚えてないんだよ。嘘じゃない。宗介は信じてくれるよな?」
すがるような目で見つめる匠実。
俺には匠実が嘘をついたり、言い逃れしようとしているようには見えなかった。
けれど、状況証拠を突き付けられた匠実を救う術を俺は知らない。
「少し匠実と二人で話をさせてくれないか」
もう少し匠実の話を聞きたい。
そう思ってのセリフだったが、これが女子たちをさらに興奮させてしまったようだ。
「あなたたち、まさかグルじゃないでしょうね」
思わぬ展開に言葉が詰まる。
「そんなんじゃないけど……甘楽も一緒なら、いいだろ」
どちらかと言えば女子勢の甘楽が一緒なら文句はないだろうと、咄嗟に口走ったセリフだったが、思いのほか功を奏した。
「甘楽ちゃんが一緒なら……ねえ」
各々が確かめ合うように頷くと、女子たちはようやく引き下がってくれた。
甘楽だけが仏頂面をぶら下げている。
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