京都駅につくと、駅の構内の隅の方にクラスごとに集まった。


 担任が諸注意のような話をしていけどが、後ろの方に並んでいる俺のところまでは残念ながら声は届かない。

 届いていたとしても、約半数が聞いていない状態だった。


 概ね集合時間や他校生や観光客などに迷惑のかからない行動を、という内容だろうことは想像がつく。


 ほどなくして集団がガヤガヤと散り始めたのでそれに倣う。


 京都へ来たのはこれで二度目だ。一度目は中学校の修学旅行。高校でも京都に修学旅行に来るとは思ってもいなかった。


 できれば違う場所に行きたかったというのが正直な感想だけど、一度来たくらいでは回りきれないほど見学場所には事欠かないのが京都。


 こうなったらとことん満喫してやるッ!


 というのは匠実の言葉。


 俺はといえば……京都はあまり来たい場所ではない。


 何と言っても京都は平安時代に『魔都』と呼ばれていた場所。

 かの有名な安倍晴明が妖たちを結界張って排除しまくって、退治しまくった都だ。妖と人間の様々な思いがぶつかりあい混沌としていた都の名残りは、未だ健在、怪しさ満開である。


 中学の時は何もなかったんだから今回だって大丈夫、のはずだ。

 ゴチャゴチャ言ったところで、すでに来てしまったのだから腹をくくるしかない。


 ヘンなモノに出会わないことを祈るのみ……。


 中学の時と同じ修学旅行先とはいえ、先生たちもそれは織り込み済み。集団での移動はなく、グループ行動での自由行動がほとんどで、『コーステーマを決め、三か所以上の寺院を巡る』という条件はあるものの、何をしてもどこに行ってもいいと、かなり生徒任せの修学旅行だ。それに時間内に戻ってこられれば奈良まで足を伸ばすことも可能と、県を跨ぐことも許容範囲であることには驚いた。


 俺は、匠実と甘楽、少し男勝りな白川純子しらかわじゅんこと、おっとりとした橋本郁はしもといくの、見ため的には男子二人に女子三人、実際は男子三人に女子二人の少し変わったグループでの行動となった。


 俺たちのグループは、『幕末と源氏物語の世界』と全く共通点のないテーマのもと京都を巡る。


一日目は主に幕末関連の史跡を見て回る予定だ。


 初めに、新選組最後の屯所である不動堂村屯所跡地。

 西本願寺から半ば追い出されるような形で移った屯所だが、すぐに大政奉還があり王政復古の大号令と情勢が大きく変わってしまい、約半年間で役目を終えた屯所だ。跡地といっても実際にここが跡地だったかというとそうでもないらしく、ホテルの入り口に石碑があるだけだった。


 石碑には、新選組の特徴を示しただんだら模様と『誠』の文字の横に、近藤勇が将軍上洛警護で京都に上る時に詠んだとされる歌が彫られている。


 興味のない白川と橋本は一見すると、さっさと次の場所へと急き立てる。

 

「え~と、次は西本願寺ね」


 橋本が次の目的地を促す。


「写真くらい撮らせろよ」


 匠実がスマホを向けたので、俺も慌ててスマホを取り出してシャッターを切った。


 先を歩く白川、橋本そして甘楽の後を慌てて追うと、三人は通りから路地に入った和風の造りをした店の前で足を止めた。


『きものレンタル』と書かれた看板が目に飛び込んできた。


 まさかと思い白川と橋本の顔を見てみると、先ほどの不動堂村屯所跡地を見ていた時とはうって変わり、目を爛々と輝かせている。


「まさか着るんじゃないよな」


 隣にいた匠実にこっそり聞くと、この期に及んで何を言うか、というような表情をした。


「着物の柄を選ばされたの、覚えてね~の?」


 言われて、記憶が蘇る。


 そういえば事前調査をしていた時に着物の柄を見せられ、どれがいいか聞かれたっけ。あの時は何も考えず適当に選んでしまったが、それがこれかと今さら納得した。

納得はしたが、さすがに着物を着て、京都の町を闊歩するというのには抵抗がある。


 コース決めを人任せにした報いがこれか……。


「どうしても着なきゃダメなのか?」


 店の前まで来て渋っていると、白川に引導を渡される。


「今更何言ってんのよ。京都を満喫するっていうのがうちらの裏テーマでしょ。つべこべ言ってないでさっさと着替えて! 時間ないんだから」


 そんな裏テーマがあったことなどつゆ知らず、文句を言う暇もなく尻を叩かれる。


 仕方なく着物に着替えて店から出てくると、俺が最初で次に匠実、しばらくしてから女子たちが少し恥ずかしそうに出てきた。


 目を奪われたのは、髪を結い上げ鮮やかな着物を着た甘楽の姿だった。


 くっきりとした目鼻立ちのせいか、制服の時は少しきつい印象があったが、凛とした立ち姿は上品さを醸し出し、はんなりとした仕草からは色香が漂っている。白いうなじにおくれ毛がまた色っぽい。


「コラコラそこの男子! あからさまに甘楽ちゃんに見とれんな!」


 白川の言葉で現実に引き戻される。見れば小花柄の赤い着物はショートカットの白川に良く似合っている。紫色のシックな着物が、いつもは地味目の橋本を大人っぽく魅せていた。


 恐るべし着物マジック。


 そのマジックに魅せられたのは匠実も同じだったようだが、いかんせん言葉が悪かった。


「馬子にも衣装だな~」


 ポロっとこぼした言葉に、白川がボコッと匠実の頭を叩いた。


「痛ッ! 何すんだよ!」


「さ、こんなヤツ放っておいて、行こ行こ」


 そう言うと、白川、橋本、甘楽の三人は仲良く腕を組み京都の町を散策しはじめた。その後ろをトボトボと男二人が付いていく。


 その後はなんやかんやと匠実と白川の掛け合いの元、幕末、主に新選組にまつわる史跡を周り、最後は清水寺を見学した。


 慣れない着物で、その上見知らぬ土地を巡るのはいささか無謀な試みだったが、何事もなく宿舎へたどり着くことができた。


「うわぁぁぁあああ!」


 部屋に入るなり、匠実が奇声をあげた。

 何事かと匠実をみれば、何やらひとりでもがいている。


「何やってんだよ」


「蜘蛛の巣が……」


 よく見ると白とも銀色ともつかない色の糸が、匠実に絡まっていた。


「うわぁ、ついてねえな俺」


 客が泊まる部屋にそんな大な蜘蛛の巣があるなんて、ここの宿大丈夫か? といぶかったところで学校で決めた宿舎だ。今更どうこうできるものでもない。


 運が悪かったというしかない。


 が、匠実には悪いが、魔都京都でどんなモノに出くわすか恐々としていたけど、何も起きなかったことは運が良かったと思う。


 それに、人ならざるモノの事を気にする暇もないくらい、忙しい時間を過ごし、布団に入れば、すぐに寝付けたのも幸運といえた。


 ただ少し、胸の中でゾワリと何かが動いた気がした。




 二日目は、源氏物語ゆかりの地を巡るコース。

 予算的なこともあり、着物で巡らずに済むことに人知れずホッと胸をなでおろす。


 向かったのは源氏物語ミュージアム。


 不朽の名作と謳われる、紫式部が書いた源氏物語の世界観を人形や映像、音楽などで美しく表現した博物館なのだが、俺はこのミュージアム自体にそれほど興味を抱いていない。


 というより、どうやっても光源氏が好きにはなれない。身分が高くお金持ちでイケメンの青年が、ひとりの人を思いながらも、次々にいろんな女性と情を深め不義理を重ねていく物語という認識しかない。


何人もの女と楽しんでる自慢話としか思えない源氏物語。

やっかみだと言われれば言い返す言葉もないが、そんな物語に魅力を感じられるわけがない。


 そう思っていたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。


「俺、この光源氏ってやつ、気に入らねぇ~」


 不満を漏らした匠実に、甘楽が鼻で笑う。


「やっかみにしか聞こえないぞ」


 やっぱりそうとしか聞こえないよなぁ~、なんて思っている俺とは違い、匠実は果敢に挑む。


「へっ、顔がよくて金持ってるやつが女遊びしてるだけじゃねえか」


 誰が聞いても皮肉にしか聞こえない言い方をする匠実に、甘楽は淡々と答える。


「けど、光源氏は美人にばかり恋心を抱いたわけじゃない。一度愛し合った者はどんな欠点がある女性でも生涯面倒を見たんだから、それなりに誠実だったんじゃない?」


 源氏物語に詳しい甘楽にも驚いたが、甘楽に応戦できるほど話の内容を知っている匠実の方が驚きだった。


 俺には言い返す知識もない。


「そうとも言い切れないぞ。光源氏が冷たくあしらうから生霊になって呪い殺すやつがいただろ」


 納得するように甘楽が頷く。


「ああ、そんな奴もいたな。まあ、若い頃は遊びまくった光源氏も、晩年は因果応報で報いを受けたし、金持ちの超絶イケメンでも、本当に好きだった人とは添い遂げられなかったんだから、モテるからって必ずしも幸せになれるとはかぎらないだろ」


「宗介。お前にも幸せになるチャンスはいくらでもあるってさ。腐るなよ」


 話に参加していなかったのに突然話を振られ、しかも、あたかも俺が僻んでいたかのような匠実の発言に面食らった。


 確かに多少の僻みはあるが、俺のことは放っておけ。


「は? 俺は関係ないだろ」


 と言い捨てたところで、少し離れて前を歩いていた白川が後ろを振り向き手招きした。


「おーい、そこのモテない男子。グダグダ喋っていないでとっとと行くわよ。時間ないんだからね」


 昨日の『馬子にも衣裳』の仇を取られたのか、白川がこれ見よがしに大きな声で呼んだ。


 他の見学者たちがクスクス笑う。


 昨日の発言は匠実なのに、自分まで巻き添えをくったのは腑に落ちないが、言い返す度胸もない。


 が、匠実は果敢にも言い返そうとした。


「もう入場するんだから、騒ぐなよ」


 口を開きかけた匠実はあえなく甘楽に制止され、言いかけた言葉を無理矢理飲み込んだ。


 代わりに肩を怒らせドスドスと歩くことで、気を紛らすことにしたようだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る