第42話 カタリナの頼み
「はー。もう面倒事ばかり持ち込むんだから」
俺は怒りを発散するように溜息をつく。
だがそんなことに大した意味は無い。
しかし、カタリナさんの笑顔を見ていると心が落ち着いてくる。
彼女の笑顔を額縁に入れていおきたいぐらいだ。
まさに芸術的であり、神の造形とも言える笑顔である。
「それで、幸村さん」
「はい?」
「国を助けてあげないんですか?」
「助けるわけないじゃんユキムラが。カタリナって、あんまりユキムラのこと分かってないね」
フレアが何故か勝ち誇った表情でカタリナさんを見る。
カタリナさんは一瞬眉をピクっと動かすが、だが彼女の挑発的な言葉に大きな反応を見せていない。
「フレアが俺のことを知っているかどうかは置いておいて……助けることはしませんよ。だって俺、酷い目にあったんですよ」
「そうですよね……助ける義理はありませんよね」
少しだけ。
少しだけ悲しそうに笑うカタリナさん。
彼女のそんな顔を見ると、胸が痛くなる。
クソッ……これが惚れた弱みってやつか。
何も弱みなんてないんだけどね。
「ご飯、用意しますね」
「はい。お願いします」
映画を観ながらカタリナさんが食事を作ってくれるのを待った。
見ているのはアクション映画で、隣の席でフレアが興奮している。
「…………」
興奮するフレアと対象的に、俺は冷めきった表情で映画を観ていた。
映画なんかより、カタリナさんの悲しそうな笑顔の方が気になる。
なんだったんだよ、さっきのは。
「お待たせしました」
カタリナさんが用意してくれたのは酢豚のようだ。
揚げた豚肉を包み込む、赤黒い液体。
ピーマン、玉葱、人参。
野菜もふんだんに使用されているようだ。
食費代は後で支払おう。
それも多めに。
だってカタリナさんが作ってくれたというだけで価値がある。
もし彼女が料理屋をしていたら、電波も届かないような山奥で経営していたとしても絶対に足を運ぶし、何万も払うだけの価値はあるだだろう。
それぐらい嬉しいのです、私は。
彼女がご飯を作ってくれるのが。
「あっ」
カタリナさんは、ドジを発動してしまう。
宙に浮く酢豚を乗せた皿。
まるで時間が止まってしまったかのようだった。
彼女がゆっくりとこちらに倒れ込んでくる。
いつものことだ。
避ける必要はない。
酢豚は……ええい。
今から起きるであろうご褒美に比べれば落ちてしまったとしても仕方がない。
床に落ちても全部食ってやる。
箸もいらない。
犬食いまでしてやる所存である。
そんなことしたら優しいカタリナさんでもさすがに引きそうな気もするけど……
それより、今はカタリナさんを助けなければ。
助けるついでに、喜びをいただくのだ!
彼女の体を両手でキャッチする。
ついでに彼女の豊満な胸に顔を埋める。
ハッキリ言って、わざとだ。
ほら、女の子とは出来る限り触れ合いたいじゃないですか?
俺の気持ちは分ってくれますよね?
ボヨンとした感触が顔に広がっていく。
感触と共に喜びが生じ、俺は彼女の胸の中で笑みを浮かべる。
至福。
今が人生において、もっとも幸福な時間である。
彼女の柔らかい体と胸を密かに堪能しつつ、ゆっくりと彼女の体から離れる。
「大丈夫でしたか?」
「すいません……またドジしちゃいました」
うん。
俺の愚行は悟られていないようだ。
俺は落ちたであろう酢豚の方に視線を向ける。
すると、酢豚は――なんと、フレアがキャッチしているではないか。
ナイスだ、フレア!
何故彼女がここにいるのか、それが分かったような気がする。
君は酢豚をキャッチするために存在していたんだね。
なんて大した意味を持たない女なんだ。
ごめん。
言い過ぎたので謝っておきます。
「本当、ドジだね。カタリナって」
「……すいませんね」
バチバチに視線を交わす二人。
喧嘩はよしておきましょうよ。
女同士の喧嘩に巻き込まれたら、泣く自身あるよ、俺。
「酢豚も無事だったようだし、食事にしましょう。ね、カタリナさん。それにフレアも」
「…………」
ご飯をお茶碗に入れてくれるカタリナさん。
深いため息をついて、テーブル席につき、そして笑顔を浮かべる。
「いただきます」
彼女が笑顔を見せてくれたことに安堵しながら食事を開始する。
酢豚を一口。
酸味と甘みのバランスが良く、そして豚の美味さ。
食べた瞬間、美味さと幸せが口の中に広がり、脳へと侵食していく。
「美味しいです! 最高ですよ、カタリナさん」
「ありがとうございます。幸村さんにそう言ってもらえると嬉しいでう」
「いやー、こんな美味しい物を作ってもらえて、俺、本当に幸せです。あ、俺に出来ることがあればなんでも言ってください。お礼じゃないですけど、何でもしますよ」
「何でもですか……?」
「はい! 死ねと言われたら死にますよ!」
それは元気に、とびっきりの笑みを浮かべてそう言った。
「死ぬのはどうかと思います! でも……何でもいいと言うのなら……」
「はい。何でもいいですよ」
「……国を助けてあげてください」
「喜んで! カタリナさんのお願いだったら国ぐらい助けてあげますよ!」
脊髄反応で俺は彼女にそう答えた。
かくして、俺は国を守るための戦いにおももくことになったのである。
普通なら嫌な気分になるのだろうが、彼女の頼みならむしろ気分がいい。
他の奴に頼まれたら絶対否定しかないはずなんだけどね。
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