第32話 カタリナの料理
「う、動くなよ……動いたらこいつを殺す」
「あのね。人質ってのは生きてるから価値があってだな、その人質を殺した時点でお前を守る物が無くなるんだぞ。それでいいなら殺してみろよ」
フレアの首に剣を当て、男は裏声ながら脅してきているが……
だが、殺す気は全くないように思える。
フレアを殺す勇気も、俺と戦うだけの力も持ち合わせていない。
どうやってこの場を乗り切るか、それだけを考えているようだ。
勿論、逃がす気はないけれど。
殺さないことを見越し俺がそう言うと、フレアは息を呑み、男は大量の冷や汗をかき出す。
フレアの顔を見て、俺は溜息をつく。
「分かったよ。分かった。俺はお前に手を出さない約束する」
「ほ、本当だな……手を出さないんだな!?」
「手を出さないって。俺は約束は守る男だ。手を出さないと言ったら手を出さない。だからフレアから手を放せ」
「…………」
男は安堵の表情を浮かべるも、再び緊張した顔をしながらソッとフレアから手を放す。
そしてゆっくりと後退して行き、俺が追わないことにまた安堵する。
「じ、じゃあな! 追いかけてくるなよ!」
「追いかけるかよ。面倒だし。でも、一つだけ忠告しておいてやろう」
俺の背中まで逃げてきたフレアは、とあることに気づき「あっ」と声を漏らす。
「俺は追いかけないけど――後ろの奴には気を付けろよ」
「う、後ろ?」
ゴインッ!
と、凄まじい音が鳴り響く。
男の後方にいたのは佐助。
佐助は男が下がってきたところに、金的の一撃を食らわせた。
泡を吹いて白目をむく男。
股間に手を当てたまま、まるで石にでもなったかのように、固まったまま前方に倒れ込んだ。
「手を出さないって言ってたんじゃ……」
「
そこでフレアがようやく明るい顔を見せる。
「良かった。急に二人に連れ出されてさ……どこに連れて行かれるか分かんなかったから怖かったよ」
「良かったな。もう少しで酷い目に遭ってたところだぜ」
「酷い目? もしかして、強いモンスターと戦わされてたとか?」
「純粋! 本当に気づいてないのかよ……」
もう少しで奴隷にさせられるところだったんだぞ。
俺は嘆息し、最後に倒れた男を見下ろす。
最初からフレアをさらうつもりだったんだろうな。
仲間のフリして、油断させて。
でも、お金のことでトラブルを起こして、なんて情けない結末。
取り分をケチらなかったら、こんなことにはなってなかっただろうに。
フレアと同じく、金が好きなんだろうけど、金にがめつ過ぎたのがお前らの敗因だ。
「で、お前の名前はどっちなんだよ?」
「…………」
男は気絶したままなので、当然返事はない。
ま、興味もないからどうでもいいけど。
◇◇◇◇◇◇◇
奴隷の売買に関与していた連中を、自警団と呼ばれる連中に引き渡した後、俺たちは自宅というなの小屋に戻った。
フレアが誘拐された件で一日潰れてしまったのだ。
もう外は真っ赤である。
無駄な一日になってしまったものだ。
「あ、おかえりなさい、幸村さん」
「ただいま戻りました、カタリナさん」
小屋の中に入ると……女神のごとくカタリナさんが、エプロンをつけて料理を用意してくれていた。
エプロン姿もまた素晴らしく、動画、あるいは静止画として保存しておきたいものである。
よし、次はスマホを購入することにしよう。
「私もいるんだけど」
「あ、そうだったわね」
フレアの顔を一瞥すると、台所の方へと向かってしますカタリナさん。
カタリナさんの態度に反応することなく、フレアは地下室へと降りて行こうとする。
「どこへ行くの?」
「何もすることないし、もう寝るの」
「そう? 折角食事を用意しているのに」
「え?」
カタリナさんはテーブル席に食事を運んで来る。
コーンポタージュにフランスパン。
それからハンバーグが用意されているようだった。
それも三人前である。
「……私の分もあるの?」
「当たりまえじゃない。一人だけ除け者にするわけにはいかないでしょ?」
なんてお優しい方なんだ……
同居人……というか、居候のフレアの分の食事まで用意してくれているとは。
それも何故か犬猿の仲であるフレアの分を。
そんなフレアに対して食事を用意してあげるなんて……普通の人ではできひんで。
やっぱええ女やで、カタリナさんは。
と何故か関西弁を使用してみたり。
「じゃあ、食べましょうか」
「そうしましょう。すぐに食べましょう」
俺がテーブル席に座ると、隣に座るカタリナさん。
フレアはしぶしぶといった表情で俺の前に座る。
「いただきます」
俺たちは声を揃えて、手を合わせてそう言い、食事を開始した。
「美味いっす……涙が出るぐらい美味いっす!」
コーンポタージュの甘み、ハンバーグの肉汁、フランスパンの硬さ。
そしてカタリナさんが込めてくれた愛情が五臓六腑に染み渡る。
本当に美味しくて、俺はマジ泣きした。
「大袈裟ですよ。そんな泣くほどのことじゃ」
「そうだそうだ。美味しいけど、泣くほ美味しくはないだろ」
「美味いの! とにかく美味いの!」
もしかしてこれから毎日、こんな幸せで美味しい料理が食べることができるのだろうか。
そう考えるだけで、心が弾み、昇天してしまいそうなほど興奮を覚える。
カタリナさんはやはり天使なのだ。
だってこんなにも俺に天国気分を味わせてくれるのだから。
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