第10話 覚醒するケトル
「またドジしてしまった……」
幸村を見送った後、自分の失態に肩を落とすカタリナ。
まさか二回連続でドジをしてしまうとは。
自分がドジだというのは認識しているが、しかしここまでドジだったかなと頭を悩ませる。
だがそれ以上に彼女を悩ませるのは、自分のドジを幸村がどう考えているのか。
二回もドジをして、何とも思ってないわけないよね?
嫌われたかな? 幻滅されちゃったかな?
いや、でも幻滅されるほどの仲でもないし……どう想ってるかな、幸村さん。
「…………」
悩みつつも、幸村に抱きついてしまった時のことを思い出す。
細身ながら引き締まった体。
こちらまでじんわりと汗をかいてしまいそうな熱さ。
そして男性特有の匂い。
あの体に抱きついてしまったのか……と、カタリナは顔を赤くさせる。
「きゃー! なんでドジしちゃうの! やだやだやだやだ! もう少しカッコいい女みたいな感じでいたいのに!」
カタリナは顔を両手で覆いながら店内をバタバタ走り回る。
恥ずかしさから立ち止まっていられない。
恥ずかしさを紛らわすように、興奮する感情のままは走り続ける。
しかし、急にピタリと立ち止まるカタリナ。
「幸村さん……カップラーメンだけ食べるみたいだけど、栄養、大丈夫かな……?」
自分ができることなんて一つもないかもしれにあ。
だが幸村の栄養状態と精神状態が気になる。
異世界に来たばかりだけど、どんな風に感じているのだろう。
栄養は……私が出来る限り管理してあげたい。
しかしどんな物を食べればいいのか、自分もそこまで理解しているわけではない。
そこでカタリナは栄養関連を調べるため、異空間の操作をした。
先ほどまでの景色は遠くの消失点に飲み込まれ、変わりに本のコーナーが現れる。
「お店の商品は幸村さんしか買えないけれど……立ち読みぐらいいいよね?」
カタリナは沢山ある本の中から、料理関係の本を手に取る。
そして本に穴が開きそうなほど凝視し、真剣に読みはじめた。
「なるほどなるほど……こういう組み合わせをしてあげればいいわけか……」
本から視線を外し、自分が料理をしている姿を想像するカタリナ。
作る相手はもちろん、幸村だ。
そんな光景など訪れるはずがない。
そう理解はしているが……料理をする自分の姿と、美味しそうに食べる幸村の姿を想像し、顔を赤くする。
「わ、私が作ったら美味しく食べてくれるかな……」
作る機会は無いだろうが、しかし真剣に調理法などを確認するカタリナ。
彼女はキュンキュンする胸を、初めての感覚を楽しんでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
俺はケトルを箱から取り出すが……しかし水が無いことに気づく。
水が無かったらケトルなんて意味がない。
砂漠で船を手に入れたような物だ。
使い道なんてない。
そもそもコンセントも何もないんだから、水以前の問題まである。
どうしようかと悩む俺であったが……だが、とりあえずケトルに【家電魔術】を施すことにした。
意味の無い物をカタリナさんが選んでくれるはずがない。
「…………」
これはカタリナさんが選んでくれた物。
だから実質、俺へのプレゼントなのでは?
無駄に興奮する俺。
セルフイメージで人ってここまで感情を高ぶらせることができるのだなと、自分のことながら唖然としていた。
「よし。カタリナさんがくれたこのケトル。【家電魔術】で命を吹き込んでやろう」
俺は【家電魔術】を発動し、ケトルに触れる。
ケトルはピカッと眩い光を放ち、そして正常の状態へと戻っていく。
何か変化が起きたのだろうか。
俺はケトルをテーブルの上に置いて、黙って眺めていた。
「お……おおっ!?」
ケトルの側面に、どれだけ水が残っているのか分かる目盛りがあるのだが……水が勝手にたまっているようだった。
俺は感激し、ケトルの蓋を開けてみる。
中に水があるのは分かっていたが……なんと、中身はしっかりお湯になっているではないか!
これならカップラーメンを食すことができる。
俺は味噌ラーメンの封を切り、中にお湯を注ぐ。
お湯を注いでやると、ケトルの中身はまたひとりでに補充されていた。
これはまた便利な物だ……カタリナさんがくれたケトル、最高じゃないか!
「佐助、時間は計れるか?」
『ニャン』
佐助の目のマークがタイマーに変わる。
必要な時間は三分。
佐助のタイマーはしっかり機能しており、一秒一秒減っていくのが確認できた。
これならカップラーメンさえあれば、なんとでもなりそうだな。
俺は料理ができないし、ありがたいことだ。
でもな……カタリナさんにどう思われるか。
それだけが気がかりだ。
俺はカップラーメンだけ食ってればそれでいいと思っているけれど、しかしカタリナさんがどう思うかが問題だ。
あそこで何を買うにしても、全てカタリナさんにバレるわけで……カップラーメンばかり買うとなると、また心配してくださる。
あの人の心配する顔は極力みたくないな。
そんなことを考えていると佐助が時間を知らせる、ジリリリリといううるさい音をかきならす。
朝起きるタイマー……あの寂しさと朝の気ダルさを思い出す。
だがここは異世界。
あの時に戻れるのはいつのことやら。
俺は熱々のカップラーメンを、一人で啜り始めるのだった。
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