第9話 カップラーメンと彼女の温もり

 とにかく腹が減り、調理する気力も無かった俺。

 というか、調理する技術さえもないんですけど。


 今は早く飯が食べたい。

 そう考えた俺は、カップラーメンを手に取った。

 味は味噌と醤油の二つをチョイス。

 醤油はワカメをふんだんに使用した、長年愛されている物で、味噌は普通の物よりビックサイズの物だ。


 俺が二つのカップラーメンを手にしているのを見て、カタリナさんは目を丸くしていた。


「……二つも食べるんですか?」

「これぐらい、腹が減っていたら食べれますよ」

「それにあの、要らぬお世話かもしれませんが、栄養バランスもよく考えた方がいいんじゃ……」


 カタリナさんが俺のことを心配してくれている。

 要らぬお世話などあるはずがない。

 彼女の全ての言葉が俺の胸に響き渡り、じんわりと沁みていく。


「ま、まぁまだ高校生ですし、大丈夫でしょう……でも、明日からはもう少し気にしてみます」

「はい。気にしてくださいね」


 カタリナさんは笑みを浮かべてそう言うと、また空間の操作を始めたようだ。

 次に現れたのは、キッチン回りのコーナー。

 するとカタリナさんは、数多くある商品の中から、白色の電気ケトルを持って来てくれた。


「これがあれば、カップラーメンを食べれま――」


 カタリナさんは、また何も無いところで足を引っ掛けてしまう。

 少し小走りだった分、彼女の体は勢いを持って俺の方へと飛び込んで来る。


 俺の両手はカップラーメンで塞がっており、咄嗟に彼女を助けることができそうもない。

 だが彼女が地面に叩きつけられることは阻止してみせる。

 俺はカタリナさんのクッションになるべく、コンクリートで足元を固めたかのように、その場を動かない。


「きゃっ!」


 カタリナさんの手からケトルが離れており、ケトルは足元にいた佐助が器用にキャッチしている。

 そしてカタリナさんはというと……俺に抱きつく形で、難を逃れているようだった。

 ホッとする俺。

 だがしかし、カタリナさんの頭が俺の肩に寄りかかっている状態、そして彼女が無意識に俺の体に腕を回していたことに、興奮が一気に舞い込んでくる。


「…………」


 カタリナさんに抱きしめらる形になっており、俺は手足をプルプル震わせていた。

 彼女の大きな胸を自分の胸に感じる。

 そしてなんだ、この体の柔らかさと温かさは。

 相変わらずの殺人的ないい香り。

 その匂いだけで昇天してしまいそうだ。


「あ、ごめんなさい……またドジしちゃいました」


 彼女の口から洩れる声と息。

 それをダイレクトに耳に受け、全身がゾクッとする。

 人によってはここで理性を失うところであろう。

 だが俺はグッと我慢。

 俺は紳士……紳士のつもり。

 欲望のまま彼女を襲うつもりも無いし、彼女を襲う勇気も無い。

 だがこの瞬間を楽しむぐらいのことはいいだろ?

 ハッキリ言って、幸せです。

 できることならこのまま時が止まればいいのに……

 なんて、恋人同士が抱き合っているかのようなセリフ。

 

 しかし無情にも時は動く。

 残り香だけを残して俺から離れてしまうカタリナさん。

 申し訳なさそうに笑う彼女は、やはり美しかった。


「気にしていませんよ」


 可能な限り紳士的に俺は彼女にそう言った。

 彼女は紳士な俺の対応に安心したのか、胸に手を当て笑顔を見せる。


「すいません……まだ二回しか会ってないのに二回もドジしちゃって」


 会う度にドジをしてくれて構いませんが?

 しかし俺はそんな本心を隠して、佐助からケトルを受け取る。


「誰だって失敗はありますよ。俺だって失敗は多いです」


 友人作りに失敗したし、パーティ作りにも失敗した。

 あ、思い出したら泣きそうになってきた。


「……優しいんですね、幸村さん。そんなに優しかったら友達も多いんじゃないですか?」


 無垢なる追い討ち。

 優しいかどうかは知らないけど、俺に友達なんていませんよ!


「友達なんていません。だから、カタリナさんと会うのは楽しみにしてるんですよ」


 だって人と話す機会なんてそうそうないし。

 まぁカタリナさんだから楽しいのだろうけれど。


「そう言っていただけると嬉しいです。それでは、お会計をしましょうか」


 カタリナさんがレジにて、カップラーメンとケトルのバーコードを機械で読み取る。

 値段は、合計3400ポイント。

 まだまだポイントには余裕がありそうだ。


「25000ポイントから引かせていただいて……残りは21600ポイントですね」

「一日でこれだけ貯めれるとなると……数日は働かずに済むかもしれないな」

「ちゃんと働いてください。でないと、堕落しちゃいますよ?」


 カタリナさんは困ったような顔でそう言ってきた。

 もちろん、半分冗談だったのだけれど。

 もう半分は本気だが。


「これからもしっかり稼ぐつもりですよ。でないと、能力の無駄になりそうですからね」

「そうですよ。幸村さんが購入できる家電は、まだまだ沢山ありますから。次にまた来ていただけるのを、楽しみにしてますね」


 この世界の癒しをかき集めたかのような、カタリナさんの笑顔。

 これはどの商品よりも価値あるものだな……

 よし。絶対にまた来るぞ。

 彼女の笑顔が見れる限り、俺はここに足を運び続けるのだ。

 

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