さあ、推理を始めよう!

軽太郎が引きずられて行った先は、とあるアパートの一室だった。


「やあ、探偵ぃ!」


台所の前に立つ伊達牧だてまき警部が声を上げる。

その足元には、


背中に付いた血糊ちのりと苦悶の表情……


「殺人……ですか?」


軽太郎の言葉に、無言でうなずく警部。


佐神紀幸さがみのりゆき……この部屋の住人だ。背後から、刃物のような物で刺されている」


警部はおもむろに口を開くと、うつ伏せの遺体いたいを指差した。


「第一発見者は、このアパートの管理人だ。二時間前に一度おとずれたが、応答が無かったので一旦引き返したそうだ。一時間後に再び訪れ、施錠せじょうされてなかったので中をのぞいたところ、台所で倒れている紀幸を発見したらしい」


警部は眉をしかめながら状況を説明した。


「なるほど……それで、私を呼んだのはなぜです?」


「……分からんかね?」


ためすようなその言葉に、軽太郎は肩をすくめた。

そのまま黙って遺体を眺める。


「なるほど……そういう事か!」


「えー!なにー!どゆことー!わかんなーい!」


軽太郎の首を掴み、激しくするリン子。

見慣れているのか、死体には驚きもしない。


「ねー、ケイたーん!おせーてよー!ねーてばー」


「わ、わがっだから……は、はなじでっ」


振り子のように揺すぶられ、軽太郎の顔が青くなる。


「け、血痕けっこんだよ」


「……ケッコン!?そ、そんな……突然言われても……」


急に真顔になるリン子。


「分かった……きっとこれも運命ね!では、結婚指輪は誕生石のダイヤモンドでお願い」


「いやいや、君の誕生石はだろ。勝手に高いヤツに変えるな……違うよ、私が言ってるのは、血のあとの事だ」


目を輝かせるリン子をたしなめる軽太郎。


「被害者の体には大きな血糊ちのりがあるのに、まわりに血の飛び散った形跡が無い……明らかに不自然だ」


「さすがだな、探偵ぃ!その通り……あちこち探したが、どこにも血痕が見当たらないんだ!」


伊達牧警部が、感心したように大声を上げる。


「犯人がき取ったって事ですか?」


「恐らくな……だが、その理由が分からんのだ。遺体は放置したままなのに、なぜか血痕だけ始末している……君を呼んだのは、このためだ」


そう言って、警部は頭を掻いた。


「謎を解いてくれぃ!探偵ぃ!」


軽太郎は渋々しぶしぶうなずくと、遺体の横たわる台所の前に立った。

調理台には鍋と食器が少し。

電源の入った湯沸かしポットと、それから……


「あー!ケイたんのと同じカップ麺だー」


なぜか声をはずませるリン子。

軽太郎もそれに目を落とす。


今朝食べようとしていた担々麺と、同じものが置かれていた。

閉じたフタ越しに、かすかな刺激臭がただよってくる。

軽太郎は警部をかえりみた。


さわってもいいぞ。もう鑑識かんしきは済んでる」


軽太郎は頷くと、ポケットからゴム手袋を出し装着した。

容器は冷たい。

フタを少し開いて中を見る。

ふやけて盛り上がった赤い麺が顔を出す。


「おや?……変だな……」


ポツリとつぶやくと、今度はゴミ箱をのぞき込んだ。

中にはカップ麺の包装紙と粉末スープ、調味ペーストの残骸ざんがいが捨てられていた。


「ああ、それと害者がいしゃの弟さんにも来てもらってる。君も会うかね?」


軽太郎が頷くと、警部が名前を呼んだ。


佐神秋人さがみあきひとさん。こちらへ」


長身の男性が入って来た。

革製のジャケットを羽織はおり、ブランド物の手提てさげバッグに高級腕時計──

一見して、羽振はぶりの良いイケメンといった感じだ。


「警部さん、もう帰ってもいいでしょうか。仕事の約束がありまして……」


男性はバッグから携帯を取り出すと、チラリと時間を確かめた。

かなり苛立いらだっている様子だ。

兄が殺されたというのに、動揺している素振そぶりも無い。


「何度も言いますが、アニキが殺された時間、僕は車を運転中だったんです。ここには先週来たきりで、何も分かりません」


吐き捨てるように抗議こうぎする秋人。


「すみませんね。もう少しだけ、お話を聞かせてもらえますか。こちらの方が、質問があるらしいので」


「質問?何ですか」


秋人は軽太郎に視線を移すと、ふてくされたように言った。


「私からの質問は一つだけです」


全く動じる気配も無く、軽太郎は人差し指を立てた。


「紀幸さんはカップ麺はお好きでしたか?」


その質問に、一瞬ポカンと口を開ける秋人。

だが、すぐに軽太郎の顔をにらみつけた。


「……ええ、そうだと思います。僕が訪ねて来た時は、いつも食べてましたから。でもそれが一体、何の関係があるんですか!?」


激昂げきこうする男性に背を向けると、軽太郎は警部に親指を立ててみせた。


「謎は解けましたよ。伊達牧警部」


「なっ……ホントかね!?探偵ぃ!」


軽太郎はニッコリ微笑ほほえむと、またくるりと振り返った。


「犯人は……アナタですね」


軽太郎の見つめる先には、呆気あっけにとられた佐神秋人の顔があった。


「ば、馬鹿な事を……何を根拠こんきょに!?」


「根拠ですか……それは、コイツですよ」


秋人の怒声どせいを受け流し、軽太郎は調理台のカップ麺を指差した。


はたして、インスタント探偵が気づいたものとは!?

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