カップ麺は死の香り

マサユキ・K

インスタント探偵現わる!

「ケイたん、のびちゃうよー」


間伸まのびしたアニメ声が、室内に木霊こだました。

巨大な丸メガネ越しに、助手のリン子が見つめている。


「いや、もう少し。あと十秒……てか、その呼び方やめなさい」


軽太郎は憮然ぶぜんとした顔で注意すると、眼前のカップ麺を凝視した。


……ごぉ、よん、さん、にぃ、い〜ち!


ほい来た、今だっ!


慣れた手つきで、フタをはぎ取る。

担々麺たんたんめんの刺激臭が、鼻腔びくうをくすぐった。


「む〜ん。パーフェクっ……!」


最後の「ト」は言わない。

その方が、カッコいいからである。


「ねー、いつも思うんだけどさー……なんで三分きっかりに開けないのー?ケイたん」

また間延び声で、リン子が問いかける。


「そんな事も分からんのかね……だから、その呼び方やめなさいって」

半開きの口で見つめる助手に、軽太郎は眉をしかめた。


「リン子、カップ麺の長所は何だ?」


「えー……それって……手軽なとこ……かな」


「そう。時間に追われている者にとって、カップ麺はまさに神の食材だ。お湯さえあれば、いつでもどこでも腹が満たせる」


「たった三分で、できちゃうもんねー」


しかり!……ただし、調理の速さと美味おいしさは別もんだ。三分というのは、あくまで揚げ麺がまでの時間──インスタント食材の研究者が、試行錯誤しこうさくごの末に導き出した実食可能な最短時間に過ぎない」


「なんか、言い方がスゴイね」


「麺の美味さは、ダシが具材に染み込み、全体にうまみが行き渡って初めて現れる。大事なのは、なのだよ」

カップ麺を片手に、力説する軽太郎。


「そして、私が長年のカップ麺生活から導き出した答え――至高しこうの味を引き出すベストタイムが、この十秒なのさ!」

そう言って、軽太郎は高々と容器をかかげた。


「そっかー。だから、いつも十秒数えるんだー。『長年のカップ麺生活』と言うのが、なんかむなしいけどねー」

納得したようにうなずくリン子。


「さっすがー、ケイたん。よっ!カップ麺の神サマ!」


「ふんふーん!」


おだてるリン子に、鼻を鳴らす軽太郎。

としか言いようがない。


「さてと、仕上げは添付のを入れて……」

軽太郎が調味ペーストを開封しようとした時、電話が鳴り響いた。


「はーい。即席そくせき探偵事務所でーす!」


アイドル口調で、応対するリン子。

なぜかVサインを出している。


「あ、伊達牧だてまき警部……おひさでーす!」


満面の笑みを浮かべ、誰もいない空間に手を振る。

一体、どこに向かって愛想あいそ振りまいてんだ?


「はいはーい。了解でーす!すぐ行きまーす」


間髪かんぱつ入れず即答し、受話器を置く。


「ケイたん、事件だってー。警部がすぐ来てくれってー」

そう言って、リン子はそそくさと身支度みじたくを始めた。

口調は間伸びするくせに、行動はやけに速い。


伊達牧警部とは、ある事件を解決して以来の付き合いだ。

手にあまる案件が出てくると、所構ところかまわず呼び出される。

まさに【お手軽インスタント探偵】という訳だ。


「なんだ、また事件か?」

「そーみたいよー」


フリフリのついた衣装をまといながら答えるリン子。

どう見ても、メイド服のコスプレにしか見えない。


「まったく、これから食事だって時に……何があったって?」

「来れば分かるって……ほら、行くよー」

すっかり外出用意の整ったリン子が、軽太郎の腕をとる。


「いや、待て!これ食べてから……」

「ほらほら、お洋服まちょーねー」

幼児口調で、あっという間に上着を着せる。

恐るべき手際てぎわの良さだ。


「し、しかし……麺が伸びてしまう!」

「いいから、いいからー!」

「せ、せめて……ひとくち……!」

「時間無いしー。ほら、急いでー!」


ジタバタする軽太郎の襟首えりくびを掴み、戸口まで引きずるリン子。


「人間、あきらめが肝心だよー!ケイたんっ」

「だから、その呼び方はやめ……」


バタンっ!


戸の締まる音が、最後の言葉をさえぎる。


オレのがぁぁっ……と叫ぶ軽太郎の声は、はる彼方かなたへと消え去っていった。

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