第14話 狂気乱舞

夏休み開始から1週間、亮と百合草たちとの戦いが始まった。


皐月のノートが粉々に切り刻まれたのを直したり、埋め立てられた靴を探して放課後に校内を探し回ったりした。


一番苦労したのは、やはり古典的な方法であった。魔法を施行されれば魔素の残りカスから何とか、どうにか復元できるものの、はさみで切り刻まれたり、物を隠されたりしたら、亮も地道に探したり、魔法で組み立てたりしなくてはいけなかった。


まあこんなことをしていると、さすがの百合草も誰かが裏で邪魔をしていることに気づいたらしい。


嫌がらせの内容のエスカレート具合が明らかに遅い。それに加えて、嫌がらせをし終わった後は、楽しそう談笑しながらではなく、心霊スポットから逃げ出すように、怯えて帰るようになった。


(そんなに怖いなら、もうやんなきゃいいのに…はあ〜…)


今回は皐月が使っていたであろう筆箱を土に埋めるという嫌がらせであった。


よほど、気味が悪いのか、嫌がらせの内容も雑になり始めてきている。


(いや、なんだよ! 筆箱って!あいつらいじめの何たるかをわかってるのかよ? 

いやまあ、自分達が切り刻んだり燃やしたりした物が何事もなく元通りになっていたら流石に気味が悪いか…。)


もう、百合草達も何でこんなことをしているのかわからなくなっているんだろう。嫌がらせを始めてから一週間で、内容が迷走し始めててきた。







そんなこんなで、二週間が過ぎ去り、百合草たちからのアクションがなく久しぶりに暇になった昼下がり。


夏休みが終わり、生徒たちの目が希望休みもなく死に始めて来たころ。


亮は当てもなく校舎をぶらついていた…


「百合草!もう英梨に突っかかるのはやめたまえ!」


力強くされど、しっかりと芯がある声が、空き教室から聞こえて来た。


「はあ?もう何?さっきからいきなり突っかかられても、意味が分からないんですけど!」


何処か憔悴した、覇気のない声でもうひとりが答えている。


「百合草、君が好意を寄せていた彼が、英梨に告白したことがよほど気に入らないみたいじゃないか。」


どうやら、問い詰められているのは、百合草 葵ゆりぐさ あおいであるらしい。とぼける百合草に、なお食い下がる桜。


「ええそうよ!英梨!あなたは、いつも善人そうな顔をして!自己犠牲を気取っているような精神が本当に気に入らない!」


「違うんだ、葵!私は本当に…」


「『本当に』何?なんでよ!先輩からの告白を断ったのは!葵への当てつけじゃないでしょうね。本当は葵のこと見下していたんじゃないの?!それにこれは何?葵を今まで嘲笑ってたのはそっちでしょ!!!」


一気に会話の温度がヒートアップし、もはや叫び声に近いものになっている。


「落ち着け百合草。」


「っつ……」


桜の低い声で、百合草がいきなり静かになった。


しかし「ん~、ん~~!!」と、くぐもった声が聞こえるあたり物理的に黙らしたようである。


「すまないね、あまり暴れるようだから、魔法を施行させてもらったよ。」


(違った、魔法かよ。あいつどんだけ魔素制御上手いんだよ…)


魔法というのは、世の中に存在する現象を、魔素を操ることで疑似的に現象を引き起こすものである。


機械のように入力したら勝手に出力されるもの《ご都合主義》とは違い、自分で魔素を操らなければならず、そこに術者による技量の差が出るのである。


桜がやって見せた芸当は、一介の中学生がプロのサッカー選手張りのボール捌きをしていることに例えるとその凄さが伝わるだろう。


しばらく、くぐもった声が聞こえていたが観念したのか、ふと声が止んだ。


「落ち着いたかい?百合草。これからは英梨にちょっかいを出すのをやめて欲しいのだが。」


「葵はそんなこと知らない。桜さんの勘違いじゃないの?」


口調からも百合草が完全にいじけているのが読み取れた。


桜はハ~とため息をついて、聞き分けのない子供を諭すように続けて言った。


「百合草、君もしていけないことや、ダメなことくらい分別が付くだろう?SNSなどで勝手に英梨の情報をばらまくのはやめたまえ。これ以上エスカレートするなら警察などに届け出を出さなくてはならなくなる。」


「………」


百合草はだんまりを決めたままだった。


そしてしばらくすると、


「英梨、行こうか。」


「う、うん」


(あ、やっべ)


桜と皐月が出てきそうな雰囲気を感じ取った亮は隣りの教室へ逃げ込んだ。掃除がされていない埃っぽい臭いがする教室であった。


ガラリとドアが開く音がして一つ壁を挟んだ向こう側を歩いていく足音が遠ざかっていくのが感じられた。


そのまましばらく出てくる気配がない百合草。


体感で数分位じっとしていたが、さすがにこれ以上待ってしまうのはまずいと、そそくさと教室に戻るために埃っぽい教室を出る。


原作では教室の中で正義を掲げ英梨をかばった桜、それが原作とは違った様相を見始めた現在に若干の不安を感じながら足早に廊下を駆け抜ける。


桜がクラスの皆から悪意を向けられるというシナリオを回避することは成功したが、それこそが未来の不確定さを表している。


ここから先は亮1人でしっかり情報を仕入れながら過ごしていく必要があるだろう。


(わかっていたことだ。もう賽は投げられた。引き返すことは能わない。)


そう言って自分を鼓舞して心が折れないようにする。一人で迷いこんだ世界。


下手すれば亮自身が、死ぬ可能性も存在する世界で、自分が知らないことが増えていくことは、亮が世界に一人取り残されているという感覚をジンジンと突っついてくる。


間違えれば、一発KO。いくらこの世界の行く末を知っているとはいえあまりにもであると感じる亮。


しかし、原作の桜と今の桜の顔がダブついて、より心が締め付けられる。


(許せない。この俺の前で救われないことが起こることが何よりも。自分の見えないところでならまだしも、目の前でバットエンドを迎えることは…あの綺麗に咲いている花を踏みつけ、バラバラにすることは!絶対に有ってはならない。)


決して、正義を気取らないように、悪役なんて言う自己を正当化している弱虫にもならないように、ただひたすらに、亮が勝手に決めた理想を思い描けるように、このゆがんだ気持ちを彼女たちに押し付けながら、狂った狂信者のように演じながら笑う。


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