第10話 脆性破壊
何かを為すとき、何かを為さねばならないとき、目的をもって行動することが出来るだろうか。
誰かが死ぬかもしれないから、誰かが不幸になるかもしれないから行動する、人を助ける。
こんな大層じゃなくて、例えば日常の些細なことでもいい。宿題を忘れていたから教える、落ちている物を拾い上げ、見える場所に置くなんてことでもいい。
こんな些細なことでも、相手を思うその思いこそが美しいと誰が言いったのだろう。
その美しさに唾をかけて台無しにして、せっかく磨いたきれいな
きっとその人は、きれいな朝焼けをみて、地獄の灯なんていう気取った詩人なんかではなく、溜まったゴミを朝早くに出す、少し気の利かないやつに違いない。
自分のことで精一杯だから、他人なんかに興味が持てないから行動しない。それは行動しなかった結果に対しての言い訳であって、行動しない理由にはなりえない。
自分のやってきたことに対して、整合性を取るために、過去のデータから線形近似をした式に過ぎない。
だから……
だからこそ‼……
宿題を忘れてきたやつに
「ざっっまああ~~~ぷっっっぎゃあああ(笑)」
と、変顔しながら煽り散らかして、クラスメイトに殴られたことも、落ちてきたプリントをちょうど踏んでしまい、なおかつ相手がクラスの中心的な女子であったことにも、しっかりとした理由があるはずなのである。
このように考えるのであれば、絶対に行動の結果に理由が伴わないといけない。
なぜ、あそこまで煽り散らかしてしまったのか、何でその女子はプリントをくれたのか。なぜ、プリントはくれたのに、みんなに配っていたバレンタインチョコはくれなかったのか。
故に、友達が心寄せていた人から告白をされたことに対しても、残酷ながら人は理由を、訳を作り上げてしまう。
それはちょっとした誤解であったとしても、少しの誤差であっても大きな
(夏休みの最終日に、一人学校に優雅にたたずんでいる、いかにも怪しい不審者は誰でしょう?
そう、俺でs((殴 ......
くだらない茶番はここまでにしといてと…)
机の中から鼻を刺すような刺激臭があふれ出ている。
夕焼けが作り出す影が邪魔し、机の奥まで見ることが出来ない時間帯。しかし、土がぎっしりと詰まっているこの机では、昼間であっても見ることは能わないだろう。
ため息を吐きながら、机から土を手で掻き出し、あらかじめ持っておいた袋の中に入れる作業を繰り返す。
(この机はもう使えないだろうな……)
教室の窓を全開にして、臭いを取り除き、机を空き教室机と取り換えるために、えっちらおっちらと運び出す。別棟の空き教室から机を拝借して、比較的新品を持ち帰る。
比較的新品といっても、所詮は空き教室の汚い机。これでは替えたことがバレてしまうので、亮が座っている場所の机と交換する。
(……女子が使っていた机ってなんか興奮するよね……)
一瞬生まれた雑念を振り払い作業再開する。
最後に細工を施して学校を出ようと、下駄箱で靴を履き替えていたとき、
「おい、始業式は明日だぞ? 記憶喪失で日にち感覚が狂ったままなんじゃないのか?」
横からどこか心配を含んだ、いや毒も一緒に含んだ言葉が飛んできた。
「お、おぉ… まあ明日からまた通うからな、ちゃんと登校出来るか一応下見しにきたんだ。まあ下駄箱で俺の場所を確認したら帰るつもりだったんだけど… 何? 皐月こそは明日から始まる学校生活が待ちきれなかったんじゃないか?」
夕日の影ができない向きからの登場で少し驚きつつ、振り返る。
亮の影で薄暗くなっている少女。しかし、紅玉のように美しい瞳はしっかりと曇りなく輝いていた。
「残念だが私は、お前と違いしっかりとしているからな。今は部活の後始末をしていたんだ。」
どうやら、皐月は男子バスケ部のマネージャーをしているらしい。
この学校には女子バスケがないが、バスケの試合を見るのも好きだそうでマネージャーに志願したとか…。
「そうか…そのビブス代わりに持っていってやろうか?」
亮はリベンジとばかりに、紳士的な
まあこんな社交辞令な文句、適当に理由をつけて断られるんだろうなあ、と考えていると、当の皐月はきょとんとした表情を浮かべていた。
「いいのか…? じゃ、じゃあこれを体育館の倉庫まで運んでくれるとありがたいのだが…」
皐月は、はっと、我に返って、慣れない手つきでビブスが入っている籠を渡してくる。
「ま、まかせたまへ」
亮もまた、社交辞令を真に受けて頼んできたことに驚き、口調が変になりながらも籠をしっかりと受け取った。
「じゃあ、私は倉庫を千錠するための鍵をもらってくる。」
(あっ、一緒にきてくれないパターンね。はいはい…)
駆け足で遠ざかっていくJC。
夕日に照らされる校舎を異性と二人きりで歩くことを夢見ていた被害者が一人取り残される。
(…………)
もう何も考えまいと、仏頂面で籠を体育館へと運んでいく。
体育館につくと誰もいないシンとした空間が広がっていた。
体育館には誰一人残っておらず、不思議と腹の底がむずがゆくなる感覚があふれ出てくる。
このお腹の中をくねくねと動き回る悪い虫を吐き出そうと息を思いっきり吸い込み、
「おっっっ〇ああああああいいいいいいいい!!!!!!」
シャウトした。思っていたようには、声がエコーせずにまた静寂とした空気が戻ってくる。
かちっ、と体育館に設置されている時計の針が時間を進める音が厳粛に響く。
スッキリとした気持ちと少しの敗北感そして、何をやっているのだろうか、という思いを抱きながら倉庫に籠を抱えながら扉を開き中に入る。
瞬間、視界が真っ赤に染まり顔を横に向きかけると、刺されたような痛みが顔一面に広がる。
いきなりの不意打ちに驚いてしまい籠を落としてしまう。
戦闘態勢に切り替え自然体で構えをとる。心臓がバクバクと高鳴り背中に冷や汗が滲み出す。激しい運動していないのにも関わらず、呼吸が早くなった。
(…確かにこの世界では、魔法を使用できるから、火傷などに対しては治療のスピードは比較的早くできる。だが、始業式直前に火傷を負えば、学校の開始には絶対に治癒は完了しない…)
多分、いや、確実に皐月を狙って仕掛けた
周囲に見える、事象の残骸が魔素となって、崩れていく。もう光の当たらない体育倉庫で、きらきらと光っていた。
亮は、深く思考を巡らせていると、
「お前は、体育倉庫で何をしているんだ?くだらないことをしているなら締め出すぞ。」
体躯倉庫の鍵を持ってきた皐月が、亮の不審なポーズを見て呆れたように、ため息を吐く。
ドアの隙間から覗く赤いガラスのビー玉はやはり曇っていない。
当然起こったことを、ありのまま言うことは出来ないので、適当に嘘をついて誤魔化そうと試みる。
「なんか人がいない体育館ってテンションが上がるじゃん?見てくれよ、俺のファイヤーボー…」
無言で、亮の痴態を見つめる皐月の顔は真顔だった。まるでどうしようもないダメ人間を見つめるような視線を向けてきた。
亮は本当に締め出されそうな雰囲気を素早く感じ取った。
締め出されたくない亮は、床に散らかったビブスを籠に再度詰めて、そそくさと倉庫を出る。
「おい、右の頬赤くなっているぞ」
皐月は自分の頬っぺたを突っつきながら指し示す。
亮は頬を手で触れてみると、電気が走ったような痛みが広がる。
「うぇ、ほんとだ………」
「火遊びなんかするから、しなくてもいい怪我を被うんだぞ。」
そう亮を注意しながら倉庫の鍵を閉める。
倉庫の鍵を閉めて振り返る、リンゴのように赤く、瑞々しい瞳を持つ少女、
皐月 英梨
彼女をいじめから守る、いや、いじめを受けさせないように立ち回らなければ、その赤い宝石は、不純物が混じったように濁ってしまうだろう。
きっと固く脆い彼女はすぐに砕け散ってしまうに違いない。
(俺は、どこまでやることが出来るんだろうか? 俺が、安全な位置から小細工をしたくらいで本当に彼女を守れるだろうか?)
これからの未来に対しての不確定さに恐怖しながら、もう暗くなってしまった校舎を二人歩く。
太陽が完全に沈んでしまえば、校舎は一気に不気味さを増す。しかし横でしっかりと前を向いて歩く彼女が見つめる先は、少しばかし明るく見えた。
亮は、最低限宝石に降りかかる埃くらいは払いたいと思いながら、彼女の隣から一歩後ろに下がり歩き始める。
俺の行動に不思議に思った彼女はちらりと僕に視線を向けて、いぶかしげに眉をひそめた。
ps
ここまで読んでいただきありがとうございます。
まだ少し忙しい日々を送ってますが、ひと段落つきました。これからも頑張ります。
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