第2話 初期条件

「悪いけど、俺の名前を教えてくれない?あとここは何処なのかも」


主人公であることを確信した男は早く早くと自分の名前を聞き出そうと試みた。まるで我が春が来たとばかりに、名前を聞き出そうと試みた。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。その静止者は糸目の保健室の先生である。


「記憶喪失になってしまった場合、むやみに情報を教えていいのかしら?一旦親御さんをよんで病院で精密検査を行った方がいいんじゃないんかしら?」


適切な対処を施そうとする先生に、すかさず嚙みついたのが我らが主人公である。気分は腹ペコのなか目の前に御馳走が用意されている中、待てを喰らっている感じである。自分の名前が聞きたくて、主人公であることを、この世界の主である宣言を聞きたくてたまらなくてしょうがないのである。


(テンプレ通りならここは俺の知っている剣と魔法の世界もしくは、原作がある世界への憑依転生だ!俺知ってるよ、俺強いよね、近距離、中距離、遠距離、隙がないと思うよ。でも俺は無双するよ。俺が無双するかっこいい姿をみんなに見せたいね。)


「先生!大丈夫です。記憶喪失といっても、そんながっつりしたやつじゃないです!ちょっとしたやつです。多分、名前を聞けば思い出せそうです。

そこのポニーテールの娘! 君もそんなに大事にしたくないよね!だから俺の名前教えてくれない?」


興奮した陰キャにありがちな、スキル高速いきなり詠唱饒舌を発動した。加えて、女の子を脅して味方につけるというクズっぷり。その効果により、先生たちは若干?引きつつも当人がそう言うのであればと、教えようということにした。


「お前の名前は、小鳥遊 亮だ。そして私の名前は皐月 英梨という。

まあ、名前だけではあまりピンとこないだろうから、この学校の名前も教えてやろう。

私たちは、中学生というのはわかるだろ?

そして、この学校の名前は、帝都第1魔道大学付属中学高、通称魔道1中だ。」


皐月は亮の目をしっかり見て話した。二つの真っ赤で透き通るような、宝石で例えるならルビーのように、力強く、それていて、すぐに壊れてしまいそうな印象を抱いた。また男のような口調をしているが、実際は声が高く一本の芯があり、彼女の近寄りがたい雰囲気に一役買っているようにも思える。

しかし、ずぼらというわけではないらしく、制服のブレザーは皺や、毛玉は一つもない。

顔の横の髪の触覚はサラサラであり、彼女が身振りを交えて、教えてくれているときに、ゆらゆらと揺れている様は、突き放すような暴言に反して、亮のことを心配する気持ちのように不安定であった。


そんな造形美に引き込まれて、じっと見つめていると、赤い瞳がふれて、プイっと顔をそむけてしまった。きれいであるという印象を覚えながら、先ほど教えてもらった情報を頭の中で反芻させていると、脳内コンピータから一つの情報を導き出すことに成功した。 


瞬間、思い出した情報とともに亮は絶望というにふさわしい表情を見せた。テストの最後に裏面を発見したかのような、提出物として出したノートが気持ち悪い妄想ノートであることに返却後知ってしまったような、さらにコメント付きであることを確認したような表情をしていた。







(この世界が鬱満載の世界だとは…)


早々に心を折られた亮は、現実逃避をやめて自分の持っている整理を始めることにした。

この鬱である世界の名前は「花は咲かず砕け散る」という名前の小説であった。


大まかな内容としては、主人公である小鳥遊 亮はどこにでもいる、オタクであり、そして、幼馴染にこれまたとてもかわいい女の子がいた。このように、親の顔より見た初期条件から物語は始まる。この条件があることによって主一般人一般解から主人公特殊解にグレードアップするのである。そして、陰キャで根暗である主人公は勿論ヒロインであるさくら さやに淡い恋心を抱いていて、反対にヒロインである彩も亮に恋しているという、何も面白味のない話である。


しかし主人公に機転が訪れる。高校1年の夏に母親が死んでしまうのである。その死因として原作の主人公はダンジョンの呪いであると知る。もちろん、主人公である亮はお母さんの仇を打つために、ダンジョンに潜ることを決心する。その復讐に心を囚われている主人公に、寄り添うのがヒロインの彩であり、二人一緒にダンジョンの呪いついて解き明かしていくというのが、導入部分のあらすじである。


しかしここは鬱にまみれた世界、ハッピーエンドなんてものは存在しないのである。その最もたる例として、過去の回想シーンでの中学生のいじめの事件があげられる。ヒロインの彩は中学生のころ、友達がいじめられているのを止めようとして、友達をかばった結果、いじめの対象にされてしまう。


中学生からクラスの人気ものであった彩は、その状態が面白くない他の女子に攻撃させるきっかけを与えてしまったのである。物を隠されることは勿論のこと、体の見えない部分に暴行を加えられたり、SNS で勝手に個人情報をながされ、ストーカーに襲われたりという風にいじめはどんどんエスカレートしていった。


勿論鈍感主人公である亮君は、彩がいじめられていることに気が付かないし、SNSで意図的に流されたフェイクの情報を鵜呑みにしてしまい、彩に向って「見損なった」などと一方的に彩を傷つける。


亮だけは信じてくれているという心の支えがなくなった彩はそれでも、かばった友達を助けようと奮闘しようとしたが、そうとはいかない世界である。かばっていた友達は耐えきれなくなって自〇し、彩の心が完全に折れてしまう。 


そこに加えて、いじめの主犯に仕立て上げられ……


もう嫌だ!!!―――思い出したくないんですけど!俺こんな厳しい世界に転生しちゃったの?嘘だろおい!嘘だといってくれよ!

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