花は咲かず砕け散る

枝垂れ桜

第1話 憑依転生

 中学の2年生の夏休みと聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか?


 両手いっぱいに抱えている宿題の山か? はたまた、何かが起きるというなにひとつ根拠のない未来への希望だろうか?


 そんな色めき立つ終業式の帰りのホームルームが始まる前のひと時


 そんな中…俺は、机をたたき割る勢いで頭を机につけた。


 (痛い、痛い、痛い!)


 体のお腹のあたりから背まで火にあぶられたような感覚に陥った。息が浅くなり、助けを呼ぼうと声を出そうにも、口から出てくるのは、あくびのような到底声にならないような空気音。


 鼻から血が垂れ、机の上にたらたらと落ちていくのを、涙でにじんだ視界でぼんやりと見つめることしかできなかった。


(脳出血ってこういう風なことをいうのかな…)


 記憶の最後に残っていたのはどんどんと血だまりを広げていく、赤黒い暗い暗い色だった。






(という夢を見たのさ☆彡きゃぴ


じゃあねええええええええええええええええええええ!

超痛かったんですけど! 体育のソフトボールでボールが俺のピックポーツに直       撃したきのトラウマがよみがえったわ!  あれはマジで声が出せなかったんだよなあ…

というか、ここどこ!?私はだれ!?全然見覚えのない場所なんだけど?!

OK OK まずは深呼吸...

ふっふっ はっはー ふー はー ふー はー

よし、落ち着いた。まずは状況をかくにんっt…)

  

「「「「きゃあああー――――!!!!!!」」」」


 周囲の様子を確認していたら、いきなり女子に悲鳴を上げられ、近くにいた娘に平手打ちをされてしまう。


(なんて理不尽なんだ…)


 周りを見渡していただけなのに、平手うちをされた、世界の中に対して不平不満を垂らしながら、最後に視界に映ったのは眉を顰め、口を不快そうに結びながら絶対零度のまなざしで見下ろす茶髪をポニーテールに結んだの女の子だった。





 意識が覚醒していく、全身がおもりにつながれたように重く感じた。それと同時に、暑さのせいで、不快感が指数関数的に上昇する。


 「暑っ……」


 保健室特有の消毒液のにおいが漂う中、一枚の布団をどかして、体を起こした。


「あっ……」


 横からびっくりしたような声が聞こえふと横を向くと、なんとびっくりさっき僕を振った女の子ではないか! 


「あ、どうもー…」


 陰キャ特有のはじの「あ」はじめの一歩をジャブとして放った。茶髪の女の子は眉を顰める。

 効いています 効いていますよ!敵10のダメージ!このままアッパーをお見舞いしてやる!必殺「あなたはだ興味ないねr…(・)


「きっしょ・・・」


 一発KO!決まりました。最強にして最強の攻撃‼∞ダメージ。すべての陰キャを灰一つ残さず消し去る魔法の言葉。カウンターを決められ、無事タヒ亡。


  でも俺は…俺は決めなければならない、このこぶし一言は例え死んだとしても放たなければならないんだ!


 主人公は激怒した彼の暴虐無人の王クラスのマドンナ除かねば痛い目を見せてやりたいならないと。


「あの~ここはどこですか?あなたは?」


 俺はもう立派な大人である。理性的な判断ができることから証明されている。いきなり暴言をぶつけてきたとしても、水に流せるくらいの器は持ち合わせているのだよ。だから、さあ小娘ここはどこだ!さっさと白状しな!これ以上僕を言葉のナイフで傷けようものなら武力行使もいとわなぞ!陰キャを怒らせるとやばいんだぞ!


「きっしょ」


 質問に対する返答は先ほどと同じ、コピーandペーストした文言である。しかし、先ほどとは違い、体を擦るような仕草をみせた。ちょうど寒い時に体を温めるような動作に酷似しているような気がしなくもない…


(まだだ、こらえるんだ俺。もうあの黒歴史は繰り返さないって決めたんだろ。)


「だから、質問にこたえて…」


 心なしか言葉に力が入り、もう一度問い詰めようとしたとき、カーテンが勢いよく空いた。


「目がさめたんですねー、体に異常などないですか?」


 ずかずかと入ってきたのは長い髪の毛をおでこで分けている女の人だった。目は糸目で疲れのためか、心なしか言葉に張りがない。しかし、心配そうに眉毛は八の字を形作っている。


「あ、はい、大丈夫です。体に異常は見当たりません。でも心に深刻なダメージを受けました。多分そこにいる子が関係していると思うんですが…こうね。」


 ニヤニヤと茶髪のポニーテールの娘を見ていると、女の子は申し訳なさそうな、バツが悪そうな顔をして頭を下げてきた。これには、当人もびっくりである。あの辛辣な言葉は先生の前では言えまいと勝った気でいた中の突然頭を下げたのである。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で呆けていると。


「手を出したのは申し訳ないとは思っている。しかし今でも、あの時の気持ち悪さは手を出しても許されてしかるべきであると思っている。そもそも…」


 (なんだろ、傷をえぐるのやめてもらっていいですか?(泣))


 謝罪なのか喧嘩を売っているのかどっちかにしてもらいたいものである。いきなりの謝罪に加えて、喧嘩も売ってきたことに対して喧嘩を買うべきかどうかを悩んでいると、


「ちょっと、皐月さつきさん。謝るのにその言葉選びはどうかと思いますよ?

 いくら、気持悪くても、遺伝子レベルで受け付けないような顔をしていても、無闇に相手を傷つけることはあってはなりません。」


(ちょっ、先生!?言っていることと、やっていることが全然違いますけど!?有言実行全然できてないじゃないですか!生徒がテスト期間中に立てる予定表くらい全然行動が伴っていないですよ?]


 額面主義ではなく、内面主義である俺は、人は顔ではないということを熱弁したのだが。自分にすら気を遣えない奴は内面もきたないという正論パンチを喰らい、そのあまりにもの正論に納得したりと、ぐだぐだ会話を続けていた。





「つうか、なんで俺、こんなとこにいるの?さっきから疑問に思ってたんだけどさ…」


 大分時間が経ち先生から、自分がなぜ保健室にいる理由を聞いた。ことの顛末を聞くとこのようであるらしい。

 皐月さんは、クラスの友達と会話をしていたところ、隣にいた男子がいきなり頭を押さえつけて呻るものだから、何事かと様子を見ていたそうな。

 そしたら、俺が鼻から血を垂らして、目が血走っている状態で起き上がって周りを見渡し始めたらしい。

 それでも、顔が血まみれであるため気を使って声をかけようと試みようとしたところ、その不審者(俺)はいきなり息を荒げ始めた。その光景があまりにもショッキングすぎて、気持ち悪すぎて、思わず手が出てしまったということがことの全貌のようである。


(……いい子やん……俺も、鼻血を垂れ流しながら息を荒げている人をみつけたら即刻蹴り飛ばし警察を呼ぶな。わざわざ、保健室まで運んで、謝罪をするために目を覚ますまで待っていたこの子は…)


「こっちもごめんな、そんな奴がいたら俺でも引く自信がある。でもごめん、頭が痛くなった辺りから意識が朦朧として、その前のことを覚えていないんだが…

 なんで俺は、学校にいるんだ?」


「お前、それほんとに言ってるのか?」


 茶髪の子がびっくりしたように聞き返してくる。保健室の教員も驚いたようで糸目を…

 糸目を…開くことはなかった。


 (しかし、なんでそんなに驚いているんだ?俺の馬鹿さ加減に驚いているのか?)


 などと、お決まりの文句を一応心の中で唱えていた。

 しかし、実際には、


 (きちゃああああああ い せ か い て ん せ い だあああああ)


 大喜びしていた。この状況はもう何回も読み慣れた状況であり待ち望んでいた状況である。俗にいう、異世界転生というやつである。


(これに喜ばない人がいるだろうか、いやいない!俺の時代がついにきたぜ!)




 中学2年生の夏休み前の終業式、皆は何を思い浮かべるだろうか?


 両手いっぱいに抱えている宿題の山か? はたまた、何かが起きるというなにひとつ根拠のない未来への希望だろうか?


 そんなみんなが浮足立つ終業式午後3時、異世界転生したと、これからは俺が無双するんだと夢に見ている男がいた。


 この世界が鬱であふれていることに気が付かずただひたすらに、無邪気に笑う主人公馬鹿がいた。

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