第3話 事前準備


画面の向こう側で見慣れた帰り道を、実際に自分の足で踏みしめながら歩く。衝撃的な事実を識ってなお、やはり新しい世界に来たことに対する興奮は抑えることができなかった。  


街路に止まって鳴いている蝉が今日一日のフィナーレだといわんばかりに盛り上がりを見せていいる。


(俺はこの世界で、しっかりやっていけるのだろうか? 主人公として、この物語を盛り上げる役割をしっかり果たすことができるのだろうか?)


夕日に照らされた木が、亮を飲みこまんとばかりに影を伸ばす。正面から照らされる夕日は憎らしい位にオレンジに色づき一日の終焉を醸し出す。


古くからこの時間は、人の姿を見てもだれか見分けることができないため、黄昏時といわれる時間であるためか、周りは美しく夕焼けの「赤さ」に塗り替えられ何もかもが一緒になって混ざって、消えていくような感覚に陥る。


(成程な…この時間なら僕が俺だしても誰も気づかないというわけか…)


この周りと一体感を感じられる時間であれば、この世界の異物であろう亮もこの世界で生きていると実感できた。存在しているということを認めることができた。であることを、自然体でいられることを許してくれる気がした。


そんな、趣深くも、感慨深い時間をセンチな気分に浸りながら、


「きっしょ…」


(……。)


(やはり、一人で帰るべきであったか。この女俺の気分を阻害してきやがる!)


「私も後悔しているぞ。隣でいかにも黄昏れているようなやつがいるのはとても気分が悪いからな。」


そんなことを、平気でのたまうのは毒舌でおなじみの皐月さんである。亮が家に帰ることができるか、見届ける役割を先生から任されていた。


「じゃあ、家に帰れよ。お前の家こっちとは違うんだろ?」


校門を抜けた後、すぐに分かれてもいいのにも関わらずしっかりと亮に付き添っていることからも、皐月の面倒見の良さ、やさしさが見て取れる。そんな純粋なやさしさに触れた亮は気まずくて、現実逃避に走るしかなかった。


「大丈夫だ、私もこっち方面だからな。それにお前が、またいつ記憶がなくなるかわからないからな。念のため付き添っているだけだ。ビンタをしてしまった罪悪感もあるしな。ほら、きびきび歩く」


そういいながらも、亮の歩調に合わせて、こっちを赤いルビーのように透き通っている目を心配そうに向けながら歩いている。


(俺を思う気持ち、純粋なきもちで付き添ってくれるのは、身に染みてわかるんだがなあ)


しかし、亮にはその気持ちがむずがゆかった。それはまるで、無料で読める小説サイトでたくさん小説を読んで慣れてしまったがばっかりに、商業作品の質の高く完成された文が反対に舌に合わなくなってしまう感覚である。その結果、商業作品に対する期待が、童帝が女の子に対して抱く理想像のように膨れ上がるばかりである。



しかし世の中は、残酷である。アニメが好きな女の子なんていないし、かわいい女の子は、自分に近寄ってくることもない。出会いを求め、開催されているイベントにいけば、仲睦まじく会話しているカップルを、一番近くで見なくてはならないのである。


特等席やったね!なんていう、SNSのコメントにキレれ散らかしながら黙々と男どもと作業。隣では盛り上がっている男女のグループ。う!頭が!


(おっとといけない、俺も危うく病むとこだったぜ、これが鬱であふれている世界の影響か! 俺は負けない!

たとえ出会い厨と呼ばれようとも、この世界のどこかに存在する、趣味が同じで、優しくてかわいくて、僕に尽くしてくれて、勇気を出して下の名前で呼んだとき、「え? きもお(笑)」と言って、友達とあざ笑わないような、美人で、かわいくて、愛嬌があり、僕のことを好きになってくれる女の子を見つけるまで、俺は…止まらないからよ…

だから、お前たちも止まるんじゃね…え……ぞ……。)


「きっしょ」


趣深い黄昏時、これから夏本番が始まるある初夏の日、まるで北風に吹かれているかのように、鳥肌を立てている少女がいた。







「わざわざ、家まで送ってくれてありがとうな。」


亮は、最後まで送り届けてくれた皐月にお礼を言った。

途中で、気まずくなったので会話を振ったのだが続かず、ならばと自分の話すことができるアニメの話に持って行き、領域を展開しようとしたが、異世界のため、アニメについても知らないことが判明。その結果、皐月に話かけようとして、ためらう、などと、美少女に横で告白を切り出せない男子みたいな図ができ上っていた。当然タヒにたくなった。


(世の中の陽キャは、なんであんなに会話が続くのだろうか?そして、アニメなどでよく見る沈黙が居心地いいなんて言うのは、嘘だ!!!!!

絶対に、会話が弾んだ方が好感度はいいのは当たり前である。こんなことをいうやつはたいてい女の子と話せなかったことの言い訳である、俺はっきり、わかるんだね。)


「なんども、言っているだろ。気にするなと。まあお前が無事家につけてよかった。」


そう、この会話なんと今で6回目である。会話のレパートリーの少なさに驚愕である。ふつうであるならばしつこいと、キレられるか、愛想笑いが出てきてもおかしくない回数である。


(好感度を上げなければ…同じ言葉しか吐けない壊れたラジオみたいに思われたくない! 相手を気遣い、なおかつがっつきすぎないものはなんだ…そうだ!)


「皐月、家まで送っていこうか?」


「お前は何を言っているのだ?」


(間違えた…)


「また記憶喪失になったのか?それとも、頭が弱いのか?大丈夫か?お前の家はここだぞ?」


皐月は、迷子になった子供に確認するように、心底信じられない感じで、あきれたように亮に聞き返した。


「じゃあな、また明日」


いたたまれなくなった亮は何事もなかったことにした。


「ああそうだな、じゃあな、気を付けるんだぞ」


そう言って、背を向けて歩いていく


なかったことにしてくれるらしい。やっぱり優しい娘や…


「ああそうだ」


何かに気づいたようにそう言って立ち止まった。そして少し振り向いてその赤い目で俺を見る。

振り向いたときに回転したためか、触覚の髪がふわりと浮き上がる。浮き上がった髪が目にかかると同時に、目を少し細めて、いじわるそうに口の端を吊り上げる。周りが暗くなってなお、きれいな赤い目は主張をし、妖しく光っていた。


そして面白そうに、少し馬鹿にした表情で


「明日から、夏休みだぞ。そんなに私に会いたいのか? 意外と積極的なんだな」


笑いが、抑えきれなかったのか、肩を少しふるわせて皐月は言った。

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