俺に貢がせるのが得意な小悪魔後輩が「先輩、浮気するなんて最低です」と罵ってきた。付き合うことになった。
午前の緑茶
幼馴染で隣人で小悪魔な後輩
「先輩、浮気するなんて最低です」
近所のファミレスで本を読んでいる時のこと。目の前の後輩、桜坂玲奈が突然訳の分からないことを言い出した。
「え……」
顔上げて玲奈の顔を見る。一体なにを言い出すのか。
玲奈はストローでドリンクバーのクリームソーダをちゅるちゅると吸いながら、僅かに頬を膨らませてこっちを見つめていた。
「浮気もなにも、俺たち付き合ってたっけ?」
「いえ付き合ってないですよ」
「じゃあなにゆえ俺は浮気認定されてる?」
「こんな可愛い後輩を前にして、ラノベに読み耽りデレデレしているなんて浮気と同義です」
「同義の意味ちょっと調べてこようか?」
自信過剰な発言は今更だが、こんなことで浮気と言われるなんておかしすぎる。これまでも玲奈の前で本を読んだことなんて何回もしているのだから、今更文句を言われる筋合いはない。
「知ってますか。サークルのみんなに私たち付き合ってるんじゃないかって噂されてるんですよ。今日も友達に聞かれました」
「おう、そうなのか。これまでも同じようなことは何回もあったしな。慣れたもんだよな」
「はい。そうですね。おかげさまで生まれて20年。結局一度も彼氏が出来ません」
「それは……悪い。まあ、俺も同じだからそれで許してくれ」
「はぁ。こんな美少女の貴重な20年の青春を奪っておいて、そう簡単には許しません。とりあえずポテトを奢ってください」
随分と安い贖罪だ。玲奈は俺の返事も聞くことなく、呼び鈴を鳴らして店員さんに注文する。遠慮という言葉は頭の辞書にないのだろうか?
ポテトが皿に乗せられ、ケチャップと一緒に運ばれてくる。玲奈はほんわりと幼い頃から変わらない笑みを浮かべて、目を輝かせる。
一本細く白い指先で摘んでケチャップと一緒にぱくりと頬張る。へにゃりと二重の瞳が薄く細められた。相変わらず美味しそうに食べる。
「人の金で食べるポテトは美味しいか?」
「はい。もう最高ですね」
満面の笑み。俺の皮肉は通じていないらしい。鋼メンタルめ。
「……これまでお前にいくら奢ったんだろ……」
「ふふふ、いつも貢いでくれてありがとうございます」
「貢がせるなら他の男にしてくれ」
「他の人にはしませんよ。先輩だけ。特別です」
わざとらしい猫撫で声。しまいにはウィンク付きだ。むかつく仕草ではあるが、似合ってしまうのが恐ろしい。
「そんなに嫌なら私と付き合えば良いんですよ。そしたら迷惑料がなくなります」
「……そうだな。もう貢ぐのも嫌だし、じゃあ付き合うか」
「じゃあってなんですか。そんな仕方なくみたいな」
お気に召さなかったようで、棘が声に篭る。
「俺にどんな反応を期待してたんだよ」
「それはもちろん、感謝して涙ぐみながらお願いしてくる姿です」
「そんな姿見せられて頷く奴いないだろ」
「そうですね。私だったらドン引きしますね」
「理不尽すぎる」
一つ前の発言を思い出せ。自分で言ったことなのに凄い掌返しだ。
「大体、先輩私のこと異性として見てないでしょう? 今更欲情出来るんですか?」
「……ぎりぎり?」
「がーん。今すごく傷つきました。乙女心がぼろぼろになりました。パフェを所望します」
「もう勝手にしろ」
気付けばまた一つ奢らされている。ほんとお上手ですね。季節限定のいちごパフェは甘くて美味しそうだ。メニュー表を見せて玲奈は店員さんに告げる。
その姿を見ながら、くるくると俺はストローで吸って自分のコップの氷を回す。渦巻く烏龍茶がからからと鳴る。
良くも悪くも俺と玲奈はずっと一緒にいたから今の状況があるわけで、社会人になれば距離も空き、互いに別の時間が増えるだろう。
今でさえ大学生まて一緒にいることが奇跡に近い。今後一緒にいるとは限らない。離れることはやはり少し寂しい気がしたけれど、そうは言っていられない。変化は不可逆なのだ。
片膝をついて綺麗なラインの顎を乗せながら、ぼんやりと窓辺を向く玲奈に告げる。
「まあ、いずれ今の環境なんて変わって離れ離れになれば、玲奈ならいい人見つかるだろ」
からからとコップを鳴らしていた玲奈の左手が止まる。一度目だけがこちらに向いてまた戻る。ぽつりと小さな呟きだったが、寂しげな声が確かに聞こえた。
「……私は先輩がいいんですけどね」
「え?」
普段白い頰に差し込む桜色。伏し目の瞳は揺れ、机の上を彷徨う。普段見慣れているはずの横顔が妙に綺麗に見え、思わず息を呑む。
僅かな間。周りの声だけがやけに大きい。からんっと玲奈の前のコップの氷が崩れる。
「な、なんか言ってください」
声が上擦り、噛み噛みな玲奈。ハーフアップの髪型のおかげで玲奈の耳が真っ赤に染まっているのが見える。何度かこっちを見ては、また外に視線を向ける姿が夢ではないことを告げている。
初めて見る幼馴染の恥じらう姿。それはこれまで見てきたどの女の子よりも可愛くて綺麗で愛おしく見えた。
「……やっぱり付き合うか」
「……はい」
俺に貢がせるのが得意な小悪魔後輩が「先輩、浮気するなんて最低です」と罵ってきた。付き合うことになった。 午前の緑茶 @tontontontonton
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