第5話 【5】75分
「⋯⋯ああ、そう言う事か」
「ええ、なくはない話です」
山谷と上林は共に桜を見上げて暫く言葉をなくした。
遺産相続と聞けば大抵の人は価値のある資産を相続するものだと思うだろう。
だがそうではないものもある。
他人から見れば大した価値のないものでもその人には何よりも大切なもの。それは「思い出」だ。
桜の木の下、三枝加代子が幼い子供と穏やかな時間を過ごしている。
一人は三枝学、もう一人は三枝力也。
庭を走り回る子供を愛しそうに眺める加代子と桜。そんな風景が瞼の裏に浮かんだ。
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上杉と直江、山谷と上林は豪邸、旧三枝邸を後にして次なる目的地、山谷と上林は三枝学の弟力也の元へ。上杉と直江は三枝加代子が入所していた施設へと分かれた。
「犯人の方へ行かなくて良かったんですか?」
「大捕物は本職に任せるものよ」
事件の解決はなにも犯人を捕まえるだけではない。旧三枝邸を新しい住人へと渡す際、この家が歩んできた歴史を一緒に渡すのも解決の一つなのだと上杉が語る。
「それに、もう事件解決に必要なピースは全て揃っているのよね」
「どういうことですか?」
「最後のピースは一番最初にあったのよ。それを確認する為に来たの」
三枝加代子が入所していた施設は旧三枝邸から一時間程の場所だった。
静かな環境と穏やかな時間が流れるその場所で彼女は何を思っていたのだろうか。
「加代子さんはとても優しい方でした」
そう言って施設の職員が写真を一枚取り出した。そこには入所者達と笑顔で映る三枝加代子の姿がある。
「いつも笑顔で私達を労ってくれて。この写真はそれぞれ大切にしているものを持ってみんなで撮ったものなんです」
上杉と直江の視線が笑顔の加代子が手にしているものに止まりどちらともなく「あ」と小さな声を上げた。
「あれ? 先輩これ」
「似てるわね」
「これは加代子さんが宝物を入れていた金庫です。こういった小物もおしゃれな方でした」
「これは何処に⋯⋯」
「それが⋯⋯加代子さんの荷物にはなかったので誰かにあげたのかもしれません」
「加代子さんを訪ねてきた方とかいますか?」
「それが⋯⋯」
職員の表情が曇る。
加代子が入所してから家族が面会に来た事がないのだと。息子がいると言っていたのに彼らはこの場所へ一度も来たことがないと言う。
「ああ、でもお一人だけ。女性の方がいらしていました」
「その方のお名前とか教えていただけませんか」
「個人情報なので⋯⋯」
「では、特徴とかは」
「それでしたら」と職員が教えてくれた女性の特徴。それは上杉と直江にとっての「お客様」と一致する点が多かった。
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