第4話 【4】60分

 もし、本職の探偵だったのなら話を聞かせてくれと言われても「はいじゃあ話します」とならないものだろうが、上杉はニッと笑い「何か教えてもらえたら話す」と言い出して山谷がニヤリとした。

 

「被害者は三枝学だ」

「良いんですか? 私達に教えてしまって」

「明日の新聞には載る事だからな」


 この豪邸で被害に遭ったのは三枝学(サエグサマナブ)。その名前に直江がタブレットを操作して「あ」と声を上げた。


「家の元持ち主の名前は三枝です。独立した息子が二人。学は長男ですね」


 元持ち主の老婦人は三枝加代子。身内であれば家のスペアキーを持っていてもおかしい事ではない。

 では何故その息子は既に売りに出された実家に入り込み、殺されたのだろうか。


「あなた達の考えを教えてもらえませんか」


 上林の言葉に上杉と直江は顔を見合わせた。

 山谷は厳つい人情派刑事なのだと感じるが、この上林はルールに忠実で冷静沈着なタイプに見えるのに意外と柔軟な考えを持っているらしい。

 上杉は先程途中になってしまっていた持論をあくまでも個人の考えだと前置きして続けた。


 この豪邸は不動産会社へ売られ大金が支払われたのだ。それを元に三枝加代子は施設に入ったが全額を使い切った訳ではなく、残りは彼女の資産となり、亡くなった時に当然相続の対象となったはずだ。


 動機が相続問題だとすれば、犯人は相続に関係する人物ではないか。親兄弟、子供⋯⋯現時点では憶測の域を出ないがあり得なくはない話だ。

 

「三枝学の兄弟についてデータはありますか?」

「はい。えーと弟の名前は⋯⋯三枝力也。隣町に住んでいますね」

「ありがとうございます。山さん三枝力也に事情を聞きましょう」


 頷き合う刑事二人を横目に上杉は再び桜の木を見上げた。この桜の木は兄弟の成長を見守ってきただろうに。

 良くある兄弟間の相続争い。

 この家が売りに出されなければ兄弟はこの家の権利を争ったのだろう。


「上杉さん。一つ確認したい。君は桜の木の下で何をしていた」

「本当の遺産はこの桜の木にあると思ったので」

「ですよね。「いかにも」ですからねえ」


 やけにあっさりと答える上杉に刑事二人は訝しげな視線を向けた。

 そんな視線に上杉と直江は「何か?」と言わんばかりに顔を見合わせて同時に首を傾げる。その仕草が妙にシンクロしていて山谷は吹き出した。


「⋯⋯で? その痕跡はあったのか?」

「埋めているかなと思ったんですけどね、セオリーじゃないですか? 証拠を埋めるとか」

「二階の主寝室からいつも見える桜ですからね。でも掘り起こした痕跡はありません」


 山谷と上林は苦笑する。いくら「噂」の人物達でもドラマや小説の様な名探偵ではないのだなと。

 上杉と直江の推理は所詮素人考え。不動産会社の持つデータは捜査協力の一つでしかないのだ。


「だから⋯⋯この桜が加代子さんの本当の「遺産」なのかなって」


 上杉の言葉に今度は刑事二人が顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る