第3話 【3】45分

 現場は一階の玄関からリビングへ向かう途中だった。流石に検証中の場を通せないと言った山谷にリビング側の掃き出し窓を開けさせ、上杉と直江は二階の部屋に不審な変化はないかを調べ始めた。


「現場を荒らすなよ」

「管理会社として家の状態を確認する作業ですからこちらの事はお構いなく」

「俺の話、聞いていないだろう」


 監視役のつもりか山谷がピッタリと着いている。それに構わず上杉は次々と部屋を点検し始めそれを直江がタブレットへと入力してゆく。

 二階は八畳の部屋が三つと十畳の部屋が一つ。一通り見終えた上杉が再び最初に見た部屋へと戻り窓辺から庭を見下ろした。


「二階の庭側の部屋はこの主寝室だけなのよね」

「この季節は寝る前にも桜が眺められて贅沢ですね」


 のんびりと外を眺める二人に山谷は眉を寄せる。現場を荒らすつもりは無さそうだが「噂」の奴らだ。何気ない風を装いながらどんな小さな異変でも見逃すまいとしているに違いない。そんな山谷の思惑などどこ吹く風で二人は部屋の隅々まで確認してゆき、山谷は一歩下がって二人の作業を黙って見ていた。その様子はまるで警察の鑑識課員のようだ。


「あれ? 山谷さん、これ何ですかね」

「素手でさわる──な⋯⋯よ」

「手袋してまーす」


 クローゼットの中を覗いていた上杉が、摘み上げたのは小さな鍵。その大きさと形は恐らく手さげ金庫のものだろうか。

 この豪邸は現在は空き家なのにこんなものが落ちているのはおかしいと直江が奥に金庫が無いかクローゼットに入り首を振りながら出てきた。


「おたくの知らないものなら何かの証拠品かも知れない。こちらで預かるがいいな?」

「その方がいいですねえ。うん、ここの確認はもう良いかな。直江、今日は帰るよ」

「え!? もう? 良いんですか?」

「良いも悪いもウチは管理物件に異常がないか見に来たのよ」


 白々しい言い方だ。本当は被害者が誰なのか犯人は誰なのか動機は何なのか調べに来たのだろうにと山谷に乾いた笑みが浮かぶ。


「山谷さん、まだ今日は警察が出入りしますよね。鍵を預けますので終わりましたら弊社に届けてください」

「それはどうも。スペアを渡してくれれば良いのだが」

「この家の鍵はそれだけなんです。スペアを作るにもお客様に引き渡す時に鍵の交換をするので無駄になっちゃうんで」

「あのお嬢さん、こんな事があってもここを買うって言うのか⋯⋯」

「どうしてもこの家が良いんですって。では、失礼します」


 唖然とする山谷にヒラヒラと手を振って上杉はさっさと階段を降り、その後ろを直江がついて行く。

 彼らの入れ替わりで相棒の上林が入って来てようやく山谷は一息をつくことが出来た。


「山さん、彼らは桜の木を見て帰るそうですよ」


 窓から見下ろせば庭先に出た上杉と直江が見える。二人は並んで桜の木を見上げてから座り込み根本の土を確認している様だ。


「上林! 桜の木だ」

「は!? ちょっと山さんっ」


 上杉に渡された二つの鍵の内の一つ。クローゼットに落ちていた鍵で開けるものそれは金庫だ。その金庫は⋯⋯この主寝室から見える桜の木の根元にあるのではないか。あの二人はそれに気付いたのではないか。

 山谷は「噂」の探偵のお手並みを拝見しようじゃないかと階段を駆け降りた。

 



 上杉にもしかしたらこれは簡単な謎解きなのではないかと笑いが込み上げた。


 二階からは主寝室からしかこの桜の木は見えない。この豪邸の持ち主だった老婦人はあの主寝室からいつもこの桜の木を眺めていた事だろう。

 

「先輩、推理って言うのは事件が起きた。被害者は誰? 犯人は誰? 動機は? を解明することですよね」

「そうね。それを逆から考えてみようか」

「逆から?」


 上杉は続ける。大抵被害者の状況から事件を追うが「動機」から考えて見ようと。


「現場はこの豪邸。前の持ち主は資産家の老婦人でしたよね」

「そう。入り用だからとウチが買い取った。でも、先日その方は亡くなったわよね。ご遺族は居なかったのかしら」

「⋯⋯ああ、そうなると動機は、相続ですね」


「面白い話をしているな。俺達にも聞かせてくれないか」



 背後からの声に振り向けば山谷と上林が面白そうな表情を上杉に向け、その先を催促していた。

 

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